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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

ナノ世界と現実世界をつなぐ―「メソ化学」のパイオニア
「実践的化学知」教育研究拠点

第2回グローバルCOE「実践的化学知」国際シンポジウム(2008年7月、早稲田大学大隈講堂)

 「ライフサイエンス」「情報通信」「環境」「ナノテクノロジー・材料」――日本政府が科学技術基本計画において掲げる4つの重点分野である。このなかでも、ナノテクノロジー・材料分野は、他の3分野の発展をも下支えする「基盤」となる分野といっていい。ナノレベルでの制御技術、デバイス・材料の研究開発は、医療、半導体、情報機器、電化製品、食品…、あらゆる産業分野において、次世代イノベーションへの重要課題となっている。

 日本だけではなく、アメリカ、ヨーロッパ、世界各国で、ナノサイエンスの研究開発は、国策レベルで総力を挙げて展開されてきている。ところが、そこに意外な落とし穴があることには、案外気づかれていない。

 ナノの世界と、私たちを取り巻く現実の世界のあいだには、「10」(10億倍)ものオーダーの違いがある。ナノサイエンスとは、物質を「原子の大きさより少し大きいくらいのナノメートルのレベル」で制御し、デバイス・材料として使おうというものであり、そこには私たちの想像をはるかに超えた、特殊な時空間次元の特性をもつ物質世界が広がっているのだ。

「実践的化学知」拠点リーダー黒田一幸教授

 こうしたナノ材料やナノ制御の研究開発の成果を世の中に役立てるには、いうまでもなく、現実的な世界でのモノやサービスのレベルへと落とし込まなければならない。そのとき、ナノスケールではうまく機能していた特性を、大きなオーダーの製品に実用化しようとしたときにうまく働かないということが起こってくる。この問題が、じつは従来のナノサイエンスではあまり留意されない、欠落した領域となっていた。

 この問題の重要性にいち早く着目し、「メソスケール化学」という斬新なコンセプトを掲げ、世界に先駆けてその研究に取り組む拠点として、2007年に創設されたのが、早稲田大学の《「実践的化学知」の教育研究拠点》である。拠点リーダーを務める、黒田一幸・先進理工学研究科教授に話を聞いた。

(*注:「グローバルCOE」は、文部科学省による国際的に卓越した教育研究拠点形成のための重点的支援プログラム。COEはセンター・オブ・エクセレンスの略)

ナノ化学で世界を先駆ける

図1 「実践的化学知」教育研究拠点の概要

 メソ(meso)とは、中間を意味する言葉で、「メソスケール化学」(あるいはメソ化学)は、ナノスケールと現実世界のスケールとの、中間のスケールの化学を意味する。

 「メソ化学という言葉そのものは、化学の世界では、まだなじみの少ない言葉です。これを一つの学問領域として確立していこうというアイデアは、我々が世界に先駆けて提唱したものです」(黒田教授)

早稲田大学が、メソ化学を提唱するに至ったのには、これも先駆的に取り組んできた「ナノ化学」のプロジェクトを通じて培われた問題意識が強く働いている。今回の《実践的化学知》教育研究拠点の前身として、早稲田大学ではすでに2002年から、《実践的ナノ化学》の教育研究拠点(文部科学省の21世紀COE拠点に採択)を展開してきた実績がある。

「2002年というと、ナノテクノロジーという言葉がようやく世の中に出回り始めたころで、ナノレベルのケミストリーをやろうなどということは、まだ誰も言っていなかった。世界的にみても非常に早かったと思います」(黒田教授)

5年間の取り組みの中で、「ナノ化学を実践的なものにするには、どうしてもメソスケールの化学が必要だ」という結論に至る。ナノ化学からメソ化学へと推移した2つのプロジェクトは、《実践的化学》という同じ目標へ向けた発展形と位置づけられている。

「化学の醍醐味は、ボトムアップで未知なる物質を創成していくことであり、その本義はもちろんまっとうしていきます。個々の研究領域を深く掘り下げる一方で、実践的な目的に向けて研究成果を複合していくトップダウンの研究開発を、両輪として追究しています」(黒田教授)

図2 メソスケールの細孔をもつ粒径30nm程度のシリカ粒子の高分解能走査型電子顕微鏡写真。この多孔構造を利用して薬剤のキャリアとして使うというアイデアがある。粒子の中にみえるメソ孔の空隙と、粒子と粒子の間の空隙の、2種類の異なる空隙に、薬剤を担持できる。

 メソスケールの化学とは、どのようなものか。分かりやすい事例を想定して考えてみよう。

 薬剤を人間の身体の中で自在に移動させ、特定のターゲットに向けて治療を行う新しい医療として、ドラッグデリバリーシステムが注目されている。その将来のアイデアの1つに、磁石特性を持つナノ金属粒子を薬剤のキャリアに用い、磁場によって薬剤のデリバリーやリリースを自在にコントロールしようというアイデアがある。

 「このとき、粒子をある程度の大きさにしないと磁石特性を持たない一方で、細胞の中に入れることのできる小さな粒子でなければならないという、相反した複合的な条件を満足させることが求められます。実際には、10~100ナノメートル程度の大きさで粒子を作製する技術が必要となります」(黒田教授)

 細胞レベルで、すでにナノサイエンスがターゲットとしている世界よりも一段も二段も大きいスケールだというのだから、ナノスケールがいかに極微細な世界であるかが実感できる。ナノサイエンスの成果をもとに、複合的なデバイス・材料を実現させるには、メソスケールのサイエンスやテクノロジーが圧倒的に重要になってくるのだ。

産学連携で実践的研究者を育成

 ナノ化学からメソ化学への展開に伴って、拠点名称は、以前の《実践的ナノ化学》から、《実践的化学知》へと変わった。《実践的化学知》の英語名は、「Practical chemical wisdom」とされている。その名が示すように、「知」は、ナレッジやインテリジェンスを超えた、ウイズダム(智恵)を意味する。

 「そもそも、早稲田大学の建学の精神の一つは学問の活用ですから、実践を目指すのは自然なことです。加えて、これからの研究者は、細分化された研究領域の中での自己満足で終わってはだめだ、大きな世界を常に俯瞰しながら自分の研究を進められる力、学際的な研究を展開できる力をもたなければだめだ、という考えが込められています」(黒田教授)

 「俯瞰」という言葉には、決して狭い意味での産学連携や社会貢献への視点だけではなく、もっと広い視野を意味していると、黒田教授は言う。「地球環境、エネルギー、人口、食料、水、さらには、テロリズム…、50年、100年のスパンで、人類が直面するであろう問題を一方で常に意識しながら、研究に取り組む姿勢を持ってほしいと思います」

 拠点では、産業界との連携を重視しながら、「メソ化学実践ラボ群」と呼ばれる、挑戦的な研究テーマに取り組む研究室を多数組織している。「半導体工学、生物工学など、アプリケーションに近い研究者、異分野の研究者が率いるラボも混成しています。化学だけの独りよがりにならないことが大切なのです」(黒田教授)

 こうした姿勢は、拠点での教育活動においても踏襲されている。学生たちはラボの研究活動に参加し、ORT=オン・ザ・リサーチ・トレーニングを通じて、実践的な化学を学ぶ。とりわけ目玉となるのが、通称「若手缶詰」と呼ばれる、博士後期課程の学生を対象とした合宿である。学生1人ひとりが研究発表を行い、これに産業界から招いたマネジャークラスの研究者や他大学の准教授クラスの大学教員たちが、徹底的に質問や問題点の指摘を行う。

 「あまりの厳しさに、学生はもう泣きそうになります。私も内心、ああ学生じゃなくてよかったと思うほどです(笑)。しかし、鍛えられて地力をつけていくのが目に見えてわかります」(黒田教授)

世界に通用する若手研究者の育成が目指されている(写真左/「若手缶詰」合宿、写真右/集中英語講座)

世界へ発信し、世界から人が集まる

 拠点では、「ナノ化学」「メソ化学」のパイオニアとして、世界に向けて情報発信していく活動も積極的に行ってきた。世界の研究拠点とのネットワークを活かして、すでに、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、韓国、中国、オーストラリアと、世界中へ出向いて、シンポジウムやセミナーを開催してきた。

国際シンポジウムでのポスターセッション風景

 「我々、出前シンポジウムと呼んでいます。チームのメンバーが世界中を駆けめぐり、文字通り、シンポジウムを“出前”してきました(笑)」(黒田教授)

 こうした活動が実り、いまや世界中から若手の学生やポスドク研究者たちが、「ぜひ早稲田で学びたい」と集まるようになってきた。毎月のように、新しい滞在者がやってくるラボ群は、じつに国際色豊か。日本の学生もその中で鍛えられている。「最近では、ふだんの会話も含めて、英語でのコミュニケーションが当たり前になってきました。言葉だけではなく、海外の若者たちの積極的な姿勢や考え方に、日本の学生たちも非常に触発されて、ラボは活気に満ちています」(黒田教授)

 最近では、博士学位論文の外部審査員に、欧米の研究者を入れる制度も本格的に導入している。海外では当たり前だが、日本ではなかなか着手されていない。英語でプレゼンし、英語でディフェンス(質問への応酬)する。海外では当たり前のことを、日本の学生も当たり前にやれるようにならなければならない。

 いまや優秀な研究者たちは、より卓越した拠点で学び、研究しようと、グローバルに移動する時代である。「もともと早稲田の化学のレベルは、世界的にみても非常に高い。しかし、これからは国際的なネットワークの中でより広く認知され、研究者のモビリティを高めていかなければ、研究拠点として生き残っていけません」(黒田教授)

 世界から、実践的化学の一流の研究者を目指す人材が、ここに集まってくる――そのような理想が、すでに実現しつつある。

参考リンク

早稲田大学グローバルCOE  「実践的化学知」教育研究拠点
http://www.waseda.jp/prj-GCOE-PracChem/

早稲田大学21世紀COE 「実践的ナノ化学教育研究拠点」
http://www.waseda.jp/prj-prac-chem/

早稲田大学理工学術院
http://www.sci.waseda.ac.jp/

早稲田大学ナノ理工学研究機構(インスティテュート)
http://www.kikou.waseda.ac.jp/all-nano_open/index.php