早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > 研究力 > WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

早稲田大学イスラーム地域研究機構 イスラーム地域研究所

グローバル化と先鋭化の進むイスラームに「地域」から迫る

 イスラームの民族、宗教、文化は、長い時間をかけて世界中に拡大・浸透してきた。いまや東は東南アジアから中東や東欧をへて、西はアフリカ西部にまで及んでおり、現代では欧米諸国や日本にも少なからず居住し、それぞれの社会の重要な構成要素となっている。

 各地での様々な衝突や対立は、これまでは局地的な問題であったが、インターネットの時代に入ると、地域の出来事が一瞬のうちに世界中に広まり、グローバルな問題として共有されるようになった。このような「イスラームのグローバル化」を背景に、NYの9・11同時多発テロに象徴される「イスラームの先鋭化」という現象が、世界を揺るがす問題として前面に出てきた。

 この「イスラームのグローバル化と先鋭化」を前提としつつ、イスラームの本質をそれぞれの地域に根ざした多様性の側から探ろうとする共同研究プロジェクトが、2006年度にスタートした人間文化研究機構* 地域研究推進事業(略称:NIHUプログラム)の〈イスラーム地域研究〉である。同事業は、早稲田大学、東京大学、上智大学、京都大学、東洋文庫という、4大学1研究機関のイスラーム研究拠点が手を組んだネットワーク型の国際的な共同研究である。

 このプロジェクト全体の中心拠点として、複数拠点のまとめ役を務めるのが、早稲田大学のイスラーム地域研究所である。同事業の研究代表者である佐藤次高(つぎたか)・早稲田大学文学学術院教授、同イスラーム地域研究所所長に、プロジェクトの狙い、運営体制、研究の特色や成果について話を聞いた。

(*「人間文化研究機構 NIHU」は、文部科学省管轄の大学共同利用機関法人で、国立歴史民俗博物館、国文学研究資料館、国際日本文化研究センター、総合地球環境学研究所、国立民族学博物館の5つの研究機関から構成される)

4大学1研究機関からなるネットワーク型共同研究事業で早稲田大学は中心拠点としてのリーダー役を担っている

なぜイスラーム「地域」なのか

「NIHUプログラム イスラーム地域研究」研究代表者、佐藤次高教授

 イスラームとは何か。メッカに向かって1日5回礼拝をする、ラマダーン月は断食をする――特徴的ないくつかの慣習については知られていても、それ以上に具体的なことはほとんど知られてはいないのではないか。

 「イスラームの統一性・共通性ばかりを強調するのでなく、地域に根ざした多様性に目を向ける必要があると強く感じています。過激な行動だけをみると、あたかもイスラームそのものの内部に先鋭化の本質があるように見られがちですが、その背景には、西欧社会に対してイスラームが好戦的にならざるを得ない現代の状況があります。対立や分離が強調されればされるほど、ますますイスラームの先鋭化に拍車がかかるという、悪循環の図式に陥っています」(佐藤教授)

 例えば、東南アジアに伝播して定着したイスラームと、中国に伝播して定着したイスラームでは、生活習慣にも思想にも相当な違いがある。「それぞれの地域の特徴とイスラームとの関係を、柔軟な視点で動態的に見ていかなければ、イスラームを理解することはできません」(佐藤教授)。対立の悪循環を緩和するためにも、地域に根ざしたイスラームの多様性を探り、理解や対話の糸口を見出していくことが、共同研究の使命ともいえる。

 こうした狙いのもとで、政治学、経済学、宗教学、歴史学、文化人類学、社会学、建築学、地理学と、人文・社会系のおよそありとあらゆる研究分野が混成してイスラームにアプローチする、学際的なプロジェクトが組織された。参画する研究者の数は、5つの大学・研究機関とそれ以外の諸大学を含め、200名以上にのぼる。

アラブ書道で「イスラーム文明研究」と書かれたプロジェクトのシンボルマーク(本田孝一氏作成)

 「各拠点には得意分野がありますから、東京大学は政治思想、上智大学はイスラーム神秘主義や東南アジアの研究といったかたちで、それぞれの特色を打ち出して役割分担しています。我々は中心拠点ということもあり、〈イスラームの知と文明〉と、やや大きく風呂敷を広げています」(佐藤教授)

 早稲田大学ではこの大テーマのもと、2つの研究グループが編成されている。1番目のグループ〈イスラームの知と権威:動態的研究〉では、ムスリムの知識人が世論形成でどのような役割を果たし、いかにして社会的な運動をリードしていったかを、2番目のグループ〈アジア・ムスリムのネットワーク〉では、マドラサといわれる宗教学校のネットワークをはじめ、世界各地に散らばるムスリムの間でどのような情報の流通や知の共有が行われているかを探究している。

ネットワーク型共同研究を先駆ける

全拠点の研究者が一堂に会する合同集会は、年2回開催される。1回目は各拠点持ち回りで、2回目は中心拠点である早稲田大学で開催される(写真は早稲田大学での2007年度第2回合同集会の第2部・公開シンポジウムの会場風景)

 このプロジェクトでは、複数の大学・研究機関が横断的に連携するネットワーク型共同研究という、これまでの日本のアカデミックな研究にはほとんど見られなかった運営体制が取られている。「最近ようやく、大学間・研究拠点間の連携が文部科学省の重点政策になってきましたが、我々のプロジェクトはそのモデル事業として先導的役割を果たしてきたと自負しています」(佐藤教授)

 そもそも本事業の前身となったのが、1997~2001年度に実施された旧文部省の創成的基礎研究事業〈現代のイスラーム世界の動態的研究〉というプロジェクトで、このときからすでにネットワーク型共同研究の運営体制が取られていた。「イスラームの研究者は、各大学に分散していて、多いところでも全学からかき集めてようやく5~6人いるかといった状況でした。国内でまとまった共同研究をするために、比較的多くの研究者を抱えるところで連携してみようというのが始まりです」(佐藤教授)

合同集会では、一般向けの公開シンポジウムも併催。2006年度はアラブ音楽、2007年度はイスラーム世界の食文化がテーマに。

 さらに特徴的なのが、国立大学に混じって、上智大学や早稲田大学といった私立大学、東洋文庫のような民間の研究機関が事業に参画していることである。「国の研究助成事業の枠組みに、私立や民間が入ってくるというのは、非常に画期的なことでした。しかも私立大学である早稲田大学が中心拠点を担うというのは、従来の常識からするとほとんどありえない話です。国の側も制度をもっと柔軟に運用していかなければという流れの中にあって、我々のプロジェクトが先例的に認められたということだと思います」(佐藤教授)

 2008年度には文部科学省の新たな支援施策である「人文学及び社会科学における共同研究拠点の整備の推進事業」がスタートし、〈イスラーム地域研究〉の4大学・1研究機関もその拠点として採択された。「我々の長年の経験が評価されて、モデル事業として白羽の矢が立つかたちになったのでしょう。この採択によって早稲田大学は、大学共同利用研究機関の事業に参加する私立大学の第1号となったわけで、これは歴史的な出来事といえます」(佐藤教授)

次々と刊行される研究成果物

クアラルンプールで開催した国際会議“New Horizons in Islamic Area Studies”

 正式な事業分担者として、海外の研究者が参画していることも、このプロジェクトの先駆的な点である。「やはり研究対象となるイスラーム地域の、現地の研究者に参加してもらって共同研究を行うことがとても重要です。その意義を認めてもらった結果です」(佐藤教授)

 海外の研究拠点との交流や連携も活発化している。2008年11月には、マレーシアの名門マラヤ大学とNIHUプログラム イスラーム地域研究との共催で、クアラルンプールで国際会議を開催した。日本の研究者が海外へ出て行って国際会議を開催するということは、特に人文・社会系ではほとんど前代未聞、これも一つの歴史的な出来事といえる。欧米はもちろん、日本、中国、韓国、アジア諸国ほか、世界の22ヵ国から約200名のイスラーム研究者が集まった。

国際会議で併催された若手研究者のポスター展示風景

 このとき新しい試みとして、通常の講演や研究発表だけでなく、若手研究者のアピールの場としてポスターセッションが併催された。「理工系の学会ではよく行われますが、人文・社会系では珍しい試みです。自分の研究内容と成果を1枚のポスターに表現して、来場者とフェイストゥフェイスでじっくり質疑に答える機会を設けました。マレーシアから10名、早稲田大学をはじめ日本側からは15名がポスター発表を行いました」(佐藤教授)

 2009年12月には、エジプトのカイロで同様の国際会議を開催予定である。国内のイスラーム研究者にとって、いまやこの〈イスラーム地域研究〉は、ほかの安定した研究職を棒に振ってでも参加したい魅力あるプロジェクトとして評価されている。それだけやりがいのある研究、質の高い研究ができる場があるということだろう。

 3年目を迎えた〈イスラーム地域研究〉は、研究成果も徐々にまとまってきている。イギリスのルートリッジ、オランダのブリルといった、そうそうたる学術系出版社から、「ぜひ研究成果をシリーズで出版させてほしい」というオファーが来ている。その一方で、高校生から社会人までを対象に、気軽に読めるブックレットシリーズ「イスラームを知る」の第1期12冊も、すでに準備に入っている(山川出版社より刊行予定)。

過去のプロジェクトの研究成果は、海外の著名な学術系出版社からシリーズで続々と刊行されている

 「2011年度から始まる第 II 期の事業については、第 I 期の成果をふまえて何をしていくべきか、これから真剣に構想を練っていきたいと考えています」(佐藤教授)。まずは、学内にイスラーム地域研究機構という新しい組織を設置し、内部体制の強化に着手している。

 独創的な切り口での研究活動、ネットワーク型共同研究という運営体制、どちらの面からも〈イスラーム地域研究〉の今後の活動から目が離せそうもない――。

イスラーム地域研究所

早稲田大学イスラーム地域研究所は、人間文化研究機構地 域研究推進事業(NIHUプログラム)「イスラーム地域研究」(2006-2010年度予定)の中心拠点として採択されています。(イスラーム地域研究所は、2008年から新たに設置された早稲田大学イスラーム地域研究機構へ編入されました)

NIHUプログラム イスラーム地域研究
http://www.islam.waseda.ac.jp/

共同利用・共同研究拠点 イスラーム地域研究拠点(2009年2月公開予定)
http://www.islamicareastudies.jp/

大学共同利用機関 人間文化研究機構 地域研究推進事業
http://www.nihu.jp/areastudies/

文部科学省 共同利用・共同研究拠点
http://www.mext.go.jp/a_menu/kyoten/

早稲田大学 文学学術院
http://www.waseda.jp/bun/

早稲田大学 人間科学学術院
http://www.waseda.jp/human/

早稲田大学 国際教養学術院
http://www.waseda.jp/sils/