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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

ユネスコ世界遺産研究所(総合研究機構プロジェクト研究所*)

世界遺産―ノスタルジーを超えて
歴史文化・自然環境の価値を未来へ継承する

ユネスコ世界遺産研究所所長を務める中川武教授

 世界遺産――その名を冠したテレビ番組などを通じて、日本でも広くその存在を知られるようになったが、その歴史は30年以上前に遡る。ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の主導により「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」という国際条約(通称・世界遺産条約)が1972年に制定され、「顕著で普遍的な価値のある文化遺産や自然遺産を未来に守り伝えていく」ための国際協力が、世界各国へ呼びかけられた。

 2008年までに、条約締約国は世界185ヵ国、日本は1992年に125番目の締約国として参画を果たし、世界各国から878の世界遺産(自然遺産、文化遺産及び複合遺産の総計)が選定されている。日本では1993年に、自然遺産として白神山地、屋久島が、文化遺産として法隆寺地域の仏教建造物、姫路城が選定されたのを皮切りに、14の世界遺産が存在するに至っている。

「世界遺産活動」のホームページ(社団法人日本ユネスコ協会連盟)
http://www.unesco.or.jp/contents/isan/index.html

 こうした情勢の中で、早稲田大学は、世界遺産にかかわる調査研究や国際協力活動に早くから取り組んできた。1990年代初めからスタートした、ベトナムの古都フエ遺跡、カンボジアのアンコール遺跡の救済プロジェクトにおいては、フランスとともに救済プロジェクト全体を牽引する日本政府チームのリーダーとしての役割も果たしてきた。2003年には、学内に「ユネスコ世界遺産研究所」を設置し、様々な分野の研究者を巻き込みながら、組織的な取り組みに力を入れてきた。

 今なぜ、世界遺産なのか。21世紀において、世界遺産を守り伝えていくことにはどのような意味があるのか――。ユネスコ世界遺産研究所の所長を務める、中川武・理工学術院教授に話を聞いた。

(*プロジェクト研究所とは、学内で自発的に組織される共同研究プロジェクトを支援する早稲田大学独自の制度
→総合研究機構 プロジェクト研究所:http://www.kikou.waseda.ac.jp/waseda_open/index.php

単なる修復活動では意味がない

アンコール遺跡・バイヨン寺院南経蔵(修復前)

 「ベトナムやカンボジアでの取り組みを通じて、日本や世界の文化財の保護政策に学術的な再構築が必要とされているという認識を強く持つようになりました。その足掛かりとして、ユネスコ世界遺産研究所という公式な組織を設置しました」(中川教授)

 中川教授は、1994年からのカンボジアのアンコール遺跡の救済プロジェクトで、フランスとともに参加30ヵ国をまとめる日本のリーダーとしての役割を果たしてきた。とりわけ、“危機に瀕した世界遺産”として認定されているアンコール遺跡の救済は、まさにポルポト独裁政権崩壊後のカンボジア和平のシンボルであり、東西冷戦終結時代の世界平和のシンボルとして、国際社会にとって非常に重要な意味を持つプロジェクトである。

壊滅状態の建物のうち、解体しないと修復できない部分について解体し、土台、基礎から復元・再生していく(修復中)

 「単なる遺跡修復プロジェクトではありません。アンコール遺跡を保存していく活動を地域に根づかせ、地域社会の復興につなげていくための、息の長い取り組みです。地域の人びとが、アンコールが持っている価値を再発見していくことが重要なのです」(中川教授)

 こうした目的のもと、参加各国が様々なプランの下で活動を展開してきた。中川教授が率いる日本国政府アンコール遺跡救済チームは、一方では気が遠くなるような緻密な技術で、アンコール遺跡の修復活動を行うとともに、現地の技術スタッフを育成するために、日本の職人技術の技術移転などを積極的に行ってきた。

 「日本の石工職人をカンボジアへ連れていって、現地でのオン・ザ・ジョブ・トレーニングを行うとともに、しっかりした講義プログラムを組みながらやってきました。やはり現地でリーダーとしての役割が担えるような技術者を育成するには、オン・ザ・ジョブで技能を覚えてもらうだけでは不足で、最先端の修復技術の知識を体系的に学んでもらう必要があるのです」(中川教授)

再生すべきは技術や環境の「理念」

アンコール遺跡では、現地の技術者の育成に力を入れてきた。(バイヨン寺院南経蔵の修復作業風景)

 アンコール遺跡の修復・保全にかけられる予算は、決して潤沢ではない。一方で、橋を1脚かけるのに70~80億円もの国際協力資金が当てられるのに対して、中川教授らのプロジェクトが使った資金は、これまで13年間でたったの22億円程度である。他国からは、「元のかたちに戻ればいいだろう」という発想で、もともとの石材ではなくコンクリートで手っ取り早く修復してしまおうという意見も出てくる。しかし、日本国政府チームは、徹底して伝統的な技術、手法、材料にこだわってきた。

 「伝統的な技術システム、さらには社会インフラのシステムそのものを保全しなければ、意味がないのです。例えば、本来、川の水を環流させなければならないところを、井戸水で手っ取り早く代替しようとする人たちもいますが、それでは地盤の陥没を招くことになる。アンコールは水の都といわれ、親水性に富む技術が駆使され、周辺の水系との共生が巧妙に考えられた広域的な都市国家なのです。河川の再生から地道に取り組んでいくことが、長い目で見て持続的な環境保全につながるのです」(中川教授)

ベトナムのフエ遺跡では、建物の多くが失われており、残されたわずかな写真からの復元が必要とされる。最先端のデジタル写真測量技術を駆使し、宮殿建築の建築理念・設計技術の解明に取り組んでいる。

 日本国政府チームのアンコール救済プロジェクトは、1994年に正式スタートし、当初予定されていた第1フェーズ、第2フェーズを終えた後、さらに5年間延長されて、現在は2005年からの第3フェーズの段階に入っている。予算はこれまでの5分の1に縮小されたが、それでも決して手を抜くことなくやってきた。「人員など間接経費はぐっと減らしましたが、仕事の質は絶対に落としません。予算がなければない中で、やっていくしかないのです」

 こうした日本国政府チームの真摯な姿勢は、現地スタッフとの深い信頼関係を形成し、カンボジア政府からの厚い信望を得てきた。

 しかしながら、課題は山積である。最も気がかりなのは、地域の人々が自力で再生活動を続けていけるための社会制度をいかに形成していくかということである。

 「アンコールからも、ベトナムのフエからも、本学の大学院に現地スタッフを複数名受け入れています。すでに学位を取得して本国へ戻り、我々のパートナーとして活躍してくれている人たちもいて、心強いかぎりです。しかし残念ながら、途上国の多くでは一部の権力者が実権を握っており、専門能力を持ったスタッフがリーダーシップを取れない情況があります。彼らが現場で実権を握れるような情況へと少しでも変革していくためにも、今の何倍ものスタッフを育成できる大学院のプログラムが必要と痛感しています」(中川教授)

「海の正倉院、沖ノ島」の再発見

宗像・沖ノ島の調査プロジェクトでは、韓国と日本の研究者、地元のNPO団体などが参加し、壱岐・対馬・韓国にわたる政治・文化交流と伝播についての研究を行っている。写真は、長崎県対馬の和多都美神社。境内から海中へと鳥居が続く。

 近年は、日本国内の世界遺産登録活動への支援にも取り組んできた。その一つに、福岡県の宗像大社を中心とする祭祀施設と、その周辺の沖ノ島の自然環境、考古遺跡などの世界遺産登録活動がある。地元からの要請を受けて、2001年から協力を開始し、「海の正倉院・沖ノ島」を旗印に掲げて、シンポジウム開催など地域への啓発活動を展開してきた。

 「宗像大社と沖ノ島を歴史文化遺産として捉え直すうえで、日韓交流史の視点を欠かすことはできません。東シナ海全域にわたる“海の聖域空間”での交流の中で宗像・沖ノ島を再発見する作業が必要と考えました」(中川教授)

宗像市の制作による「沖ノ島バーチャルミュージアム」
http://www.city.munakata.lg.jp/okinoshima/

 世界遺産の認定には、厳しい審査の壁がある。日本の石見銀山遺跡も2007年に登録されるまでの道のりは平坦ではなかった。最後の決め手となったのは、石見銀山で掘り出された銀が、16~17世紀の東アジアの貨幣流通と西欧との交易に貢献したという国際性の評価にある。一方で、平泉の歴史的文化遺産は、2001年から国内暫定候補のリストに載りながらも、世界遺産には認定されず今日に至っている。平泉は、日本にとっては歴史的な意味のある遺産でも、それが世界にとってどういう価値を持った遺産なのかという点が弱いといわれている。

 そうした厳しい状況の中、2007年に宗像大社と沖ノ島は、2回目の申請で早くも世界遺産の国内暫定リストに選ばれた。「やはり、アジア広域へと視野を広げた着眼点のもとで、地域の方々とともに認識を深めてきた努力が高く評価された結果でしょう」(中川教授)。

世界遺産は21世紀的価値の象徴

東京大学生産技術研究所の池内克史教授との共同研究による、アンコール遺跡バイヨン寺院の超高精細3D映像
http://www.cvl.iis.u-tokyo.ac.jp/research/bayon/

 世界遺産活動への研究者のかかわり方は、ただ調査して、論文を発表して、それで終わりということではない。歴史学、考古学、建築学…、これまで様々な分野ごとに別々に行われてきた学術調査研究プロジェクトとは異なる、学際的なプロジェクトとしての組織的な協力体制が求められている。そこで必要とされているのは、地域の政策形成やまちおこしへの協力といった幅広い観点からの実践的な貢献である。

 「世界遺産活動というのは、いうなれば“21世紀的産業”の象徴といえるものではないかと考えています」と、中川教授は言い切る。

 「滅び行くものを大切にしよう、ここまで生き延びてきたものを保存し共存していくためになんとか活路を見出そう――これは、高齢化が進む社会や環境との共生を目指す社会における、21世紀の経済合理的な価値観の基本ともいえるものではないでしょうか。こうした広い視野の下で世界遺産を捉えたとき、そこに新しい学問体系が発展していく可能性がきわめて高いと考えています」

 世界遺産活動の目的は、伝統への単なるノスタルジーや、観光資源の保全ではない。活動を通じて、地域が自分たちの文化や環境の価値に目覚めていくこと、さらには世界的な視野のもとで、国際的な文化外交政策に目覚めていくための取り組みなのだ――。

早稲田大学 ユネスコ世界遺産研究所(総合研究機構プロジェクト研究所)
http://www.kikou.waseda.ac.jp/waseda_open/houkoku/2000/Cont05_Vitality/19/19.html

日本国政府アンコール遺跡救済チーム
http://www.angkor-jsa.org/

早稲田大学 理工学術院
http://www.sci.waseda.ac.jp/

早稲田大学大学院 国際情報通信研究科
http://www.giti.waseda.ac.jp/GITS/

早稲田大学大学院 アジア太平洋研究科
http://www.waseda.jp/gsaps/

参考記事(早稲田大学研究者紹介)
http://www.waseda.jp/rps/webzine/back_number/vol002/vol002.html