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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

《企業法制と法創造》総合研究所(2008年度グローバルCOE*採択)

21世紀市民社会の基盤へ日本から企業法制を創造する

 2007年の米国サブプライムローンの破綻、2008年のリーマンショックに始まる経済危機は、世界中に負の連鎖を呼び、いつ終わるともしれない世界同時不況を引き起こしている。2008年の師走から2009年の年明けにかけて、日本のニュースは全国各地の工場のリストラ報道に明け暮れ、東京・日比谷公園に臨時設営された「年越し派遣村」に集まった多数の人々の姿に、日本国民の誰しもが、他人事とは思えない不安を喚起された。

 米国型の自由主義経済は、ヨーロッパや東アジア、さらには旧東側諸国や発展途上国をも巻き込んでグローバルに拡大してきた。しかしここに来てその経済原理がはらむ矛盾やリスクが一挙に露呈するかたちとなった。今回の危機は、過度な自由をすれすれで操るアメリカ型金融・資本市場システムの限界を、改めて世界に見せつけている。

「緊急シンポジウム:アメリカ発金融危機の総点検-日本からのメッセージ」(2009年1月31日、早稲田大学井深大記念ホール)

 早稲田大学《企業法制と法創造》総合研究所のプロジェクト、〈成熟市民社会型企業法制の創造―企業、金融・資本市場法制の再構築とアジアの挑戦〉は、「自由と配分の正義、基本的人権や文化、歴史や思想、魅力溢れる都市、弱者へのいたわり、といった価値を最大に尊重し、そうした価値を高め、共存する企業法制や、金融・資本市場のあり方を探り、成熟市民社会を構築していく」という大きな志を掲げ、「欧米の法制度が担う企業法制の真の姿を確実に理解し、欧米モデルの弱点をも克服した本格的な理論モデルを構築し、アジア諸国の国益に適う」ことを目指している(同パンフレットより)。日本こそが現在の金融危機の制度的問題を正しく指摘するとの気概がここに示されている。

《企業法制と法創造》総合研究所所長 上村達男教授

 なぜこのような構想が描かれ、具体的にどのような活動や成果が展開されているのか――《企業法制と法創造》総合研究所所長を務める上村達男・法学学術院教授に話を聞いた。

(*「グローバルCOE」は、文部科学省による、国際的に卓越した教育研究拠点形成のための重点的支援プログラム。COEはセンター・オブ・エクセレンス=卓越した研究拠点の略)

縦割りだった法分野を拠点に結集

《企業法制と法創造》総合研究所のアプローチ

 《企業法制と法創造》総合研究所の発足は、2003年に遡る。1990年代から、日本ではバブル経済崩壊の経験を踏まえて、真に資本市場を使いこなせる会社法制の確立を行わなければならないところ、むしろ不良債権処理や企業の破綻処理、ベンチャーや事業再編といった、不健康対応のために制度の著しい劣化が進んだ。そのような状況のまっただ中で、同研究所の活動はスタートした。

 「こうした状況の下で、企業法制を根本的に再構築するためには、企業と市場の関係だけではなく、欧米の企業社会が、個人すなわち市民社会との関係に深くこだわっていることに着目し、日本の市民社会の再生といった国の最重要課題にも肉薄するような姿勢が必要だと、考えました。〈企業法制・資本市場法制のあり方こそが、市民社会の質を規定する〉という理念を掲げ、《企業法制と法創造》総合研究所を立ち上げました」(上村教授)

 もう一つの狙いは、法律学の分野間の壁を超えて、学際的活動を強力に推進することである。日本の法律学の世界は、憲法、民法、労働法…と分野ごとに縦割りで発展してきており、相互の関連性や人的・知的交流がきわめて薄い。

 「会社法と労働法の関係にしても、諸外国では密接に関連し合って形成されているのに、日本ではまるで別世界。日本の派遣切りなんて、契約の自由という民法の論理だけで押し切られていますが、欧米では考えられないことです。この弊害を克服しなければ、日本の法律学ひいては社会に未来はありません。我々の拠点では、あらゆる法分野が壁を超えて横断的研究を行っています」(上村教授)

 2003年、文部科学省の21世紀COEプログラム(*)への応募が、発足の契機となった。「COEというからには、大きな志をもって臨もう、日本の法社会と法律学を根底から考え直すための拠点を、早稲田に形成しようと考えたのです」(上村教授)。

高い志を掲げた大胆な提案は、高い評価を受けて採択された。法律学の分野を正面から扱うのは、本拠点のほかに、東京大学、京都大学のみである。結果からいえば、早稲田大学の5年間の取り組みは、最終評価において、唯一最高位Aランクの評価を得ており、引き続き2008年度からのグローバルCOEプログラムへと事業継続されるに至っている。

(*「21世紀COE」は、文部科学省による世界的な教育研究拠点形成のための重点的支援プログラム。一連の大学COE形成支援事業の初期のプログラムとして、2002年度からスタートした)

欧米の法制を咀嚼し、超克する

21世紀COE紀要『企業と法創造』(2004年から刊行、通巻14号を刊行)

 2008年度からスタートしたグローバルCOEプログラムは、基本的には21世紀COEの枠組みを継承しつつ、新たなテーマ名として《成熟市民社会型企業法制の創造》を打ち出した。

 「成熟市民社会という観点からは、とりわけヨーロッパの法制度から学ぶべきことが多いと考えます。日本では、制定法が法制の最上位に来ると捉えられており、制定法を絶対視する傾向にありますが、ヨーロッパでは制定法よりも、自主的な規制・ルールの方が強い場合も多い。

早稲田大学21世紀COE叢書『企業社会の変容と法創造』(第1巻~第8巻刊行予定のうち、2009年3月末までに5巻が既刊;日本評論社)

 例えば、イギリスには憲法典もありません。その代わり、マグナ・カルタからの歴史的な法精神が、市民社会の基盤に今なお息づいている。人々の精神に法意識がしっかりと醸成されており、紳士ルールによってものごとをおのずと規定していく力が、社会に備わっているのです」(上村教授)

 グローバル経済の基本原理とされる自由主義経済は、ときとして実体を伴わないバブル経済を呼び、その破綻が今回の危機のような途方もない「市場の失敗」を巻き起こす。しかしながらヨーロッパは、長い歴史の中で様々な失敗を経験し、資本主義に独自のルールを埋め込むすべを身に付けてきた。そこには学ぶべきものが豊富にある。早稲田大学には、ヨーロッパの法学や法体制の実態に精通している研究者が多いという強みもある。

 「日本ほど世界中の外国法を勉強し、それを現地語である日本語で独自の学問体系として発展させている国はほかにありません。百年以上前から、アメリカやヨーロッパの法制を、第三者的な観点からつぶさに見てきているわけです。私たちの狙いは、欧米が経験からの学びに任せて理論化していないところにまで踏み込んで、欧米の法制を咀嚼し、理論化し、それを超えたところに、危険予知能力のある企業法制を築き上げていくことです」(上村教授)

アジアの企業法制に貢献する

全人代法制工作委員会と早稲田大学、東京証券取引所との三者協定調印式(2005年12月、北京)

 アジア諸国の企業法制の構築に貢献していくことも、拠点の重要課題の一つである。急速に市場開放を進めてきた中国では、近年、企業法制の整備が急ピッチで進められている。

 「改革を進めるにあたって、中国はもちろん欧米を見ている。しかし欧米から直接学ぶよりも、日本を通じて学んだほうが絶対にいいのです。例えば、アメリカが自分たちの法制を客観的に理解しているかといったら、そんなことはまったくない。そこを日本はしっかり客観化できているからこそ、日本を通じて学ぶことに価値がある。中国もそれに気づきつつあります」(上村教授)

全人代法制工作委員会訪日団との地震対策制度・対策研究会議風景

 中国では、全人代常務委員会法制工作委員会が、立法の責務を担う最高機関となっている。早稲田大学は、法制工作委員会との間で、案件によっては東京証券取引所との三者協定を結びながら、これまでに証券法、会社法改正、独禁法、保険法、知財法、さらには地震対策法など、多岐にわたる案件に参画し、早稲田大学がハブとなって各分野の日本のトップレベルの研究者、専門家を巻き込みながら、立法協力を重ねてきた。

 「なかでも最初の証券法、会社法のときには、中国で三日間朝から晩まで、徹底した議論を重ねました。我々は、学の独立ということをモットーに活動していますから、日本の失敗の経験など政府関係者ではなかなか説明できないところも、はっきりと伝えていくことができる。それが中国にとってもメリットだったと思います。日本にとっても、中国が失敗したら、アメリカの失敗どころではない深刻な影響がふりかかってくるのですから、最大限の手助けをしなければならないのです」(上村教授)

総合研究所としての活動を重視

アジア知財判例データベース画面例

 アジアにおける知財判例のデータベース化プロジェクトにも取り組んできた。すでに2,500件ほどが集積されており、英語で検索・閲覧できるため、世界中からアクセスを集めてきた。今後はさらにヨーロッパの判例へと広げ、知財判例データベースの国際標準を構築しようという構想も進んでいる。これは21世紀COEからの取り組みであり、常に高い評価を受けてきた。

 「総合研究所という名称をあえて付けたのは、研究のみならず、政策提案や情報発信、データベース事業など、シンクタンクとしての活動を重視したかったからです。日本の立法にも直接的に貢献していきたい。金融庁、法務省、経済産業省など、関連各府省のキーパーソンを巻き込んだ研究会なども積極的に組織しています」(上村教授)

 なぜ、このようなスケールの大きな法制研究のCOEが、東大でも京大でもなく、早稲田大学でできたのだろうか。「まず、既存の枠を超えて、新しい学問を創っていこうという熱気が、今の早稲田にはあります。そして、法学学術院の教員が一丸となって、研究者養成と法曹養成の総合的な機構を構築していこうという気運が高いといえます」(上村教授)

 もとより5年、10年のスパンでのプロジェクトではない。COEプログラムの枠を超えて、法律学の総合的教育研究機構として、さらには日本における法制度形成のプラットフォームとしての機能が、総合研究所の目指すところである――。

《企業法制と法創造》総合研究所

《企業法制と法創造》総合研究所は、文部科学省グローバルCOEプログラムの支援をうけております。

《企業法制と法創造》総合研究所
http://www.21coe-win-cls.org/

早稲田大学法学部
http://www.waseda.jp/hougakubu/main/index.html

早稲田大学大学院法務研究科
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早稲田大学大学院法学研究科
http://www.waseda.jp/gradlaw/index.html

早稲田大学大学院商学研究科
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早稲田大学高等研究所
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