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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

世界の若く優秀な才能が
目指し集まってくる「場」を創る

早稲田大学 高等研究所

 「高等研究所」という言葉に聞き覚えのある方なら、真っ先に頭に浮かぶのは、やはり米国プリンストンの高等研究所(Institute for Advanced Study)ではないだろうか。相対性理論(物理学)のアインシュタイン、不完全性定理(数学)のゲーデル、コンピュータ理論のフォン・ノイマン…、20世紀の科学界でも傑出した才能を育んだ世界最高峰の研究機関の1つである。研究の優秀さもさることながら、ユニークなのはその組織と研究運営の方法である。どこにも所属しない独立した研究機関であること、物理学、数学、社会学、歴史学の4部門からなり、文・理の壁を超えた分野横断型の研究機関であること、スーパーバイザー的な役割を務める教授陣の下に、毎年世界各地から選抜されて集まる研究者たちが、学究のしのぎを削り合う場であること。最高の研究者が、最高の研究に取り組むための「理想郷」といわれる環境がそこにはある。

WIAS

英語名の略称“WIAS”をデザインしたロゴタイプ。Instituteの「I」をあえて小文字にしたのは、慣習にとらわれず、independent(独立した)で、innovative(革新的)な研究所でありたい、という意味が込められている。

 早稲田大学高等研究所(Waseda Institute for Advanced Study)は、早稲田大学が創立125周年事業で掲げた「第二の建学」という将来構想への取り組みの一環として、2006年9月に設立された。その名に「高等研究所」と冠したのは、偉大な先達にならい、「卓越した研究大学のための、卓越した人材を育む場を創成する」という思いが込められている。学内のどの学術院にも所属しない、独立した組織。自然科学系・社会科学系・人文科学系にわたる分野横断型の研究活動。若手の優秀な研究者を広く学内外・国内外から選抜する一方、世界の名立たる研究者をシニア・リサーチフェローとして招聘し、世代を超えた相互作用を促す――。こうした思い切った制度を取り入れた研究所は、日本ではこれまでほとんど例がない。

高等研究所を率いる、竜田邦明所長(中央)、宮島英昭副所長(右)、宮城徳也副所長(左)

 早稲田大学では、国の助成金に依存することなく、あえて自前の資金による大学独自の事業として、高等研究所をスタートさせた。その意思決定には、研究大学としての飛躍へかける「攻めの姿勢」がみてとれる。2007年度からはさらに、理工学系のテニュア・トラック制度(*)が、高等研究所の中に導入された。この挑戦的な取り組みを率いる、所長の竜田邦明・理工学術院教授(2009年8月号「知の共創」で紹介)、副所長の宮島英昭・商学学術院教授(2008年12月号「知の共創」で紹介)、同じく副所長の宮城徳也・文学学術院教授に話を聞いた。

*平成19年度文部科学省科学技術振興調整費「若手研究者の自立的研究環境整備促進」事業に採択。テニュア・トラック制度とは、任期付きの雇用による若手研究者が、自立した研究環境において研究者としての経験を積み、厳正な審査を経てテニュア(専任)教員となる制度)

2009年8月号「知の共創」理工学術院 竜田邦明教授
http://www.waseda.jp/rps/information/magazine/profile/profile_090811.html

2008年12月号「知の共創」商学学術院 宮島英昭教授
http://www.waseda.jp/rps/information/magazine/profile/profile_081209.html

異分野の刺激を糧に、広い視野を養う

 日本では現在、ポストドクターといわれる博士学位取得後の若い研究者の数に比して、大学や研究機関での専任雇用のポストの数が少なく、博士号は取ったもののその先のキャリアが確実でないことが問題になっている。専門分野によって状況はかなり違うが、総じていえることは、若い研究者のやる気と可能性を引き出すために、伝統的な研究室制度とは異なる、まったく新しい仕組みが必要とされているということだ。独立心を育む自由な研究環境と適正な競争環境を用意し、次代を担う優秀な研究者を育成していくための新しい「場」が必要とされている。この使命に応えるべく、高等研究所は設立された。

毎月の研究発表会「月例研究会」は、異分野の若手研究者が一堂に会して意見を交換しあう刺激的な場である。

 「高等研究所では、自然科学、社会科学、人文科学と、分野横断型の研究所にしたことで、通常の研究者では経験できないような、異分野の刺激を受けることができます。研究者が専門分野に入り込んで、ほかの世界とかかわり合いがないというのは、学問の広がりという意味でも、また人間形成としても、あまり好ましいことではありません。もちろん一握りの天才はそれでも許されるのでしょうが、ここでは、自分の専門性を深く掘り下げつつ、広い視野を持って、異なる価値観を理解できる人材、それによって自分をさらに成長させていける人材を育てることを重視しています」(竜田所長)

 現在では、自然科学系10名、社会科学系13名、人文科学系9名に加え、理工系のテニュア・トラックに14名、合計で46名の若手研究員を擁している。一人ひとり独立した研究室を持ち、それぞれの研究に取り組んでいるが、毎月の月例研究会では、各分野の研究員が2人ずつ交互に研究発表を行い、ディスカッションする。
「これからの研究者には、学際的なコミュニケーション能力が不可欠です。異分野の方から研究発表にコメントをもらうことが、悩んでいた問題の突破口になったり、思いがけないアイデアにつながったりということも、決して少なくないのです」(宮島副所長)

早稲田大学高等研究所の活動概要

可能性に挑戦する「場」を提供

 若手研究員には、3年間の任期付き(テニュア・トラックの場合は、最長5年間)ポストが提供される。他学部等で授業3コマを教えることができるとともに、国の大型共同研究プロジェクトや、早稲田大学独自の分野横断型の共同研究制度であるプロジェクト研究所の活動などに、積極的に参加することが奨励されている。例えば、自然科学系の岩田浩康准教授(テニュア・トラック;2009年11月号「知の共創」で紹介)は、人間共生ロボットTWENDY-ONEのプロジェクトリーダーを務めてきたし、人文科学系の北村毅准教授(2008年6月号「知の共創」で紹介)は、早稲田大学アジア研究機構 琉球・沖縄研究所のプロジェクトに参加といった具合に、多様な研究活動を展開している。

 「人文科学系では、例えば1つのテーマに何年もかけて取り組み、長期間のフィールドワークを実施して集めた観察データやインタビューなどをじっくり分析していく、という研究方法を取る人もいます。その場合は、毎年何本も論文を書くことの他に、数年がかりで行った研究を1冊の本にまとめることで、貴重な成果が得られる場合があります。自然科学、社会科学、人文科学とそれぞれの研究分野に合った研究スタイルを理解しておく必要があるのです」(宮城副所長)

 2007年度から導入された、理工学系のテニュア・トラック制度は、最長5年間をかけて専任教員に足る人材を育成していくプログラムである(下図参照)。早稲田大学は、この科学技術振興調整費による事業に私立大学で初めて採択されたが、その際に「未踏領域を開拓し、世界的研究大学の確立に寄与する人材を育成する」ことを大きな目標として掲げた。

 「誰もやっていないことに挑戦し、リスキーな研究にも果敢に取り組んでほしい。そのために競争型がよいのか育成型がよいのか試案中です。油断すると“この程度で大丈夫だろう”と安易に成果の出る安全策をとってしまいます。それではこの制度の意味がありません。“この人のためにまったく新しいポストを用意しよう”と大学が考えるくらいのところを目指してほしいのです」(竜田所長)

 テニュア・トラックにいる全員が必ずしもプログラムの最後まで到達して、テニュアのポストを獲得できるわけではない。3年目にあたる2009年度には、中間評価が実施された。
「すぐにでも専任雇用したい人、数年後には確実に育つだろうという人、もうちょっと背中を押してあげなければいけない人、今ひとつ伸び悩んでいる人、それぞれいます」(竜田所長)
「なかには、企業の研究者やコンサルティングファームなどが向いているような人もいる。将来を見据えて、その人に合ったキャリアを一緒になって考えていくようにしています」(宮島副所長)

 テニュア・トラック制度が定着するには、ほかの大学でも広くこの制度が普及していく必要がある。「私たちとしては、特に私立大学のあいだでこの制度が広がってほしい。日本では、私立大学の数が多く、教員数でも国立大学を上回っています。私立大学の研究力を高めていくことが必要ですし、そのためには、私立大学間での人材の流動性が高まることが重要だと考えています」(竜田所長)

2009年11月号「知の共創」高等研究所 岩田浩康准教授
http://www.waseda.jp/rps/information/magazine/profile/profile_091110.html

2008年6月号「知の共創」高等研究所 北村毅准教授
http://www.waseda.jp/rps/information/magazine/profile/profile_080610.html

早稲田大学高等研究所 テニュア・トラック制度の概要

10名の研究員枠に600名が応募

海外の一流研究者を招いてのセミナーも、ひんぱんに行われる。写真は、日本やアジアに関する著書も多い政治学者、ケント・E・カルダー氏(ジョンズホプキンズ大学高等国際研究大学院教授・エドウィン・O・ライシャワー東アジア研究センター所長)の講演。

設立から3年、高等研究所の評判はすでに海外へも広がっている。2010年度の研究員公募には、10名足らずの募集枠に対して、約600名もの応募があった。
「評判が評判を呼んで、年ごとに優秀な人が集まってくる好循環がすでに生まれています。これは研究所のステイタスを高めていくうえでとても大切です。世界中の知り合いの研究者たちに、“若くて優秀な人がいたらぜひ応募させてみてくれ”と伝え、層を広げてきました」(宮島副所長)

 「応募者の数が増えるだけではなく、それが質の向上につながらなければ意味がありません。今後は、テーマに捉われない公募と、本学ならではの重点領域での公募とを、戦略的に組み合わせながら、よりステイタスの高い研究機関を目指していきたい。海外の若い人たちが、早稲田の高等研究所にターゲットを絞って研究員に応募してきてくれる、そんな研究所にならなければと考えています」(竜田所長)
実際、アジア研究、ロボット技術、ナノケミストリーなど、早稲田大学が世界最先端をいく分野では、欧米から早稲田を目指して武者修行に来る人たちが増えているという。

 近いうちに、高等研究所(Institute for Advanced Study)の名を称する、世界中の約20の研究機関が集まり、会合を開こうという動きもある。大学間のネットワークとはまた異なる、高等研究所の国際ネットワークが、さらに新しい刺激を与えてくれることになるだろう――。

関連リンク

早稲田大学高等研究所
http://www.waseda.jp/wias/index.html

早稲田大学高等研究所テニュア・トラックプログラム
http://www.waseda.jp/wias/tenure_jp/index.html

若手研究者の自立的研究環境整備促進プログラム:若手研究者公募ホームページ(文部科学省科学技術振興調整費)
http://www.jst.go.jp/shincho/wakatelink.html