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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

先進グリッド技術研究所

次世代スマート電力網の構築へ向けて
国家プロジェクトを牽引する

 21世紀のエネルギー問題の解決には、エネルギーの安定供給(Energy security)、地球環境保全(Environmental protection)、経済成長(Economic growth)の「3つのE」を調和させつつ達成していくことが不可欠といわれる。相並び立たせることに困難を伴うこの「3つのE」をいかにして同時解決しうるか――地球環境問題が本格的に叫ばれるようになって以降、様々な模索がなされてきた。

 その究極の解決策として、ここに来て急展開を見せているのが、「スマートグリッド」といわれる次世代送電網への取り組みである。スマートグリッドとは、電力の流れを供給側(=従来の大規模電力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギー電源)と需要側(=エネルギー消費機器や蓄エネルギー機器)の両方から情報通信技術(ICT)を駆使して制御し、CO2排出量が少なくなるように電力バランスを最適化することのできる“賢い送電網”のことである。「3つのE」の同時解決だけでなく、好循環による相互発展を可能にする次世代の社会インフラとしておおいに期待を集めており、世界中で次々と大型プロジェクトが立ち上げられている。この背景には、低炭素社会の実現を目指したCO2排出量が少なく環境に優しい電化社会の構築がある。環境に優しい太陽光発電の大量導入、ヒートポンプ等による熱エネルギー利用の電化、蓄電池によるエネルギー貯蔵の電化、電気自動車の普及による移動手段の電化が、巨大な電力ネットワークの中のあちこちで起こることで、面的な広がりを持った大きなCO2排出削減効果や省エネ効果を生み出すからである。

 火付け役となったのが、米国のオバマ政権が打ち出した、再生可能エネルギーへの1500億ドルの投資(10年間)や500万人のグリーン雇用の創出などの、いわゆる「グリーンニューディール」政策である。日本においても民主党の鳩山政権において、環境関連産業の市場規模を5年間で70兆円から100兆円へ拡大し、80万人以上の雇用増を図っていくとする「日本版グリーンニューディール」が、2009年に打ち出されている。

先進グリッド技術研究所所長 林泰弘教授

 こうした政策が従来のエネルギー政策・環境政策と異なるのは、グリーンニューディールを一国の経済成長政策の柱となるものとして位置づけると同時に、環境ビジネスの振興や次世代電力網の構築に対して、政府が大規模な公共投資を行っていくことを宣言している点にある。

 国際競争、国家間競争の様相を呈するスマートグリッドだが、日本の研究開発拠点として各界を牽引するプロジェクトを展開しているのが、2009年に創設された早稲田大学重点領域研究機構先進グリッド技術研究所である。同研究所の所長を務める林泰弘・理工学術院教授に、早稲田大学のスマートグリッドへの取り組み、そして日本全体の取り組みの動向について話を聞いた。

世界最高の安定性を誇る日本の送電制御

 電力網というのは、じつにナイーブなシステムである。ふだん安定して動いている分には、利用者は気づくこともないが、少しでも供給電力と消費電力のバランスが崩れると、送電がストップしてしまう。安定した送電を行うには、電力網全体で、常に発電量と消費電力量がぴったりと釣り合っている状態を維持しなければならない。周波数50ヘルツの安定した波で送電を維持し、変動はわずか±0.2ヘルツの範囲で収めなければならないのだ。この範囲を超えてどちらかに傾くと、最悪の場合には停電の事態に至る。このような状況下で、日射量や風速に左右されて発電電力が一秒ごとに大きく変動する再生可能エネルギー電源の大量導入は、環境にはやさしいが、電力の安定供給の制御には厳しいものとなる。

 「日本の送配電の制御技術・制御システムは、年間の停電時間が世界で一番短いことからわかるように世界一の高安定性を誇っています。それゆえ、日本は欧米と違い、すでにスマートグリッドを構築済みであると言われる方もおられます。ならば、その優位性を活かして、再生可能エネルギー電源の大量導入、電気自動車、蓄電池、ヒートポンプ等の普及などこれまでにない新しい電気の創出と利用が急速に進展しつつあるなかで、環境、エネルギー、経済の3つのEのバランスを取るためのスマートグリッドを世界に先駆けて構築し、日本全体を元気にすれば良いのではと、ずっと考えてきました」(林教授)

 そしてここ数年、日本でも省エネやCO2削減の観点から、供給側だけでなく消費者側も太陽光や風力などの自家発電を行い、余剰電力を供給側に向けて流していくという、大きな観点からの次世代送配電としてのスマートグリッド構想が、実現に向けて急速に動き始めている。

 欧米でのスマートグリッド構想が、日本ではまだ冷ややかに見られていたころから、林教授はスマートグリッドの実現をにらんだ研究を推進してきた。海外では、家庭の電力消費のスマート化を図るために、スマートメーターなどのホームシステムやインタフェースの研究に力が入れられてきたが、林教授は日本型スマートグリッドの展開を見据え、供給側と消費側の双方向の送電制御など、送電網全体のスマート化に重点を置いた実証実験を展開してきた。

 「第1に送配電ネットワークの研究、第2に太陽光発電の研究、第3に需要家側の負荷研究、この3つの研究が三位一体で進められることが、日本型スマートグリッドを成功させるうえで絶対不可欠の条件だと考えてきました(図1参照)。これらをトータルで推進していけるのは、世界でも唯一、日本だけだといっても過言ではありません」(林教授)

図1 三位一体の先進最適協調体系による未来の電気エネルギー供給形態の実現

国内唯一の模擬実験装置を構築

 日本は2006年まで、太陽電池の年間生産量で世界トップを走ってきたが、生産量を急伸させてきた欧州勢に抜かれてしまった。日本政府は現在、日本版スマートグリッドの柱の1つを太陽光発電の本格的な普及に据えて、巻き返しを図っていく計画である。経済産業省は、2020年度までに太陽光発電を2,800万kw(原発28基相当)に、2030年には5,300万kw(原発53基相当)にまで伸ばしていく大胆な目標を立て(図2)、様々な振興策を展開している。

図2 我が国の太陽光発電導入目標(最大導入ケース:経済産業省2010年度概算要求)

 「太陽光発電に関しては、すでに技術力でも生産力でもトップレベルにある日本の強みをベースに、あとは各家庭で自家発電された太陽光エネルギーを、いかにして次世代電力網に還流させ、効率的な利活用を行っていくか――すなわち、供給側・需要側の双方向の送配電を安定化させるきめ細かい制御技術が、スマートグリッド実現の鍵を握ってきます。次世代送配電網の制御技術で圧倒的優位を築くことで、スマートグリッドの日本の優位性が揺るぎないものになるでしょう」(林教授)

 こうした国家的戦略を背景に、経済産業省資源エネルギー庁電力・ガス事業部電力基盤整備課の公募による平成22年度次世代送配電系統最適制御技術実証事業がスタートした。早稲田大学を含む3大学、10電力関係事業者・団体、15企業の計28法人が参加する大型プロジェクトだ。林教授は、「配電系統の電圧変動抑制技術開発」のグループリーダーを務める。

次世代先進グリッド実験模擬装置ANSWER(Active Network System With Energy Resources)

 林教授が平成17~19年、(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の産業技術研究助成事業に採択された際に構築した実験装置が、国内唯一の本格的なスマートグリッド模擬実験装置(写真参照)であることから、これを大幅に拡充し、家庭用太陽光発電の発電出力をできるだけ抑制させないための配電ネットワーク側での最適な電圧制御技術の開発と実証実験を、日本の9電力会社との連携のもとで行う。

 「電力系統のシミュレーションというと、コンピュータ上の計算実験だけで終わってしまいがちですが、私はそれではだめで、実際の電力利用と同じような物理的な模擬実験ができなければ、実証実験の意味がないと考えました。そこで、30分の1のパワーではありますが、配電線路装置、単相負荷装置、インバーターを配して、実際の電力系統を再現した実験装置を組み上げたのです。この装置を使って、未来の電力系統を先ほどの三位一体のシステムとして制御していく実験を行っていきます」(林教授)

 実際に日本国民が太陽光発電を行い、生活電化や電気自動車の利用などの新しいライフスタイルへ移行し、蓄電池に蓄えられた余剰電力を送電網に還流していくような10年後、20年後の世界を、模擬的に再現していく。

グローバルスタンダード競争へ

 さらに林教授は、経済産業省が2010年5月にスタートした「スマートメーター制度検討会」の座長にも就任している。近未来、各家庭に配置されることになるスマートメーターは、電力消費量の正確な遠隔自動計量というメーター本来の機能に加え、省エネ・省CO2につながる“賢い電力消費”のコントロール端末としてだけでなく、エネルギーと通信の融合による新しいホームサービスの端末としての機能にも期待が大きい。これから数年のうちに、世界各国がこのスマートメーターをはじめとして、スマートグリッド関連技術のグローバルスタンダードを取っていくための激しい国際競争を繰り広げていくことになる。

日本型スマートグリッドを牽引する各界のキーパーソンが一堂に会した公開講演会「次世代電気エネルギー社会が目指すもの」が、2010年6月1日、早稲田大学において開催され、300人以上の多くの聴衆を集めた。

 「まさに半世紀に一度の、一大イノベーションの時期が到来しています。国民にとっては新しい持続可能な経済成長への転換期であり、産業界にとってはまたとないビジネスチャンスでもあります。久しぶりに、みなさんが未来に夢を描いて進もうとしています。地に足の着いた議論に基づいて、この機運をあるべき方向へと高めていくうえで、大学の果たす役割はきわめて重要だと思います」(林教授)

 早稲田大学も、大学をあげてこのテーマに取り組んでいる。2009年11月には、重点領域研究の1つに、先進グリッド技術研究所が推進する「未来の電気エネルギー供給形態のデザインと構築」が選出された。さらに2010年5月には、平成22年度文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(文部科学省ホームページ)の採択を受けて、今後5年間で、この分野での高度な教育と研究を担う拠点形成を目指した「未来の電気エネルギー供給形態のスマートデザイン研究拠点の形成」もスタートしている。

 早稲田大学には、1993年に創設された電力技術懇談会という伝統ある産学協同組織のベースもある。次世代スマートグリッド社会を担う、次世代の技術の創出、そして次世代の人材の創出を、今まさに早稲田大学の先進グリッド技術研究所が牽引していこうとしている――。

[インタビュー・構成:田柳 恵美子]

関連リンク

早稲田大学先進グリッド技術研究所
http://www.kikou.waseda.ac.jp/jyuten/WSD322_open.php?KikoId=06&KenkyujoId=3B&kbn=0

早稲田大学重点研究機構
http://www.kikou.waseda.ac.jp/jyuten/index.php

早稲田大学理工学術院
http://www.sci.waseda.ac.jp/

電力技術懇談会
http://www.den-ryoku.com/index.html