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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

解釈レベル理論という新しいアプローチで
消費者行動研究に新領域を拓く

消費者行動研究所

 人間は決して、従来の経済学で想定されていたような、合理的で効率的な選択を行わない。それどころか、むしろ非合理で感情的な選択を行っている。――こうした人間の経済行動が、決して気まぐれなどではなく、体系だった法則をもっていることを明らかにしたのが、経済学と心理学の学際領域に登場した「行動経済学」という分野である。行動経済学の創始者は、ダニエル・カーネマンと故エイモス・トヴァスキーの2人の心理学者で、カーネマンは2002年ノーベル経済学賞を受賞した。行動経済学は、古典的な経済学が想定してきた「経済人」という合理的人間像を根底からくつがえす理論を提起して、一世を風靡した。

 例えば、1つの店で125ドルの商品Aと15ドルの商品Bの両方を買い物する人にとって、どちらが5ドル安くなっても、140ドルの支出が135ドルの支出になるため差はないはずであるが、実際にはその影響は異なる。15ドルの商品Bが5ドル安くなるほうが、値引きの効果が大きく働くのである。このように人は合理的な視点では説明のつかない行動を示すことが少なくない。

消費者行動研究所所長を務める阿部周造・特任教授

 しかしながら、こうした現象は行動経済学の分野だけで扱われてきたわけではない。マーケティング論の分野でも消費者行動論として様々な非合理な消費者の行動を扱ってきたし、また新しい研究も進められている。その1つが、社会心理学における「解釈レベル理論(Construal Level Theory)」という考え方だ。1990年代後半から消費者行動研究に用いるアイデアが出され、2000年代に入って注目される論文が次々発表された。2007年には、米国の消費者心理学会誌で特集が組まれたりもしている。

 この「解釈レベル理論」を用いた消費者行動の研究への本格的な取り組みが、早稲田大学消費者行動研究所でスタートしている。早稲田大学の重点領域研究の1つでもある同研究所の取り組みについて、所長を務める阿部周造・商学学術院特任教授に話を聞いた。

心理的距離と評価の変容に着目

 消費者行動研究所は、2009年に商学学術院の教員らが中心になって設置された。その最初の共同研究プロジェクトが、学内の重点領域研究に採択された「解釈レベル理論に基づいた顧客満足規定要因とコミュニケーション戦略に関する国際比較研究」である。

 「行動経済学の隆盛にみられるように、心理学的な視点や方法論を用いて消費者行動の非合理な面を分析するというアプローチが、経済学だけでなく、マーケティング研究領域においても注目されてきています。消費者行動研究所は、行動経済学とは異なる新しい理論――解釈レベル理論をベースに高い新奇性をもった研究を推進し、海外へも発信していくことを目指しています。新しい理論の導入を通じて、早稲田大学の商学研究における強みである、マーケティング・コミュニケーション研究、消費者行動研究の両分野を横断し、消費者行動から長期的な顧客満足のあり方、企業と顧客との関係形成までを射程に入れた研究を発展させていくこともねらいの1つです」(阿部所長)

 解釈レベル理論というのは、人は出来事や対象に対する心理的距離が遠いときにはより抽象度の高い解釈レベルで考えようとし、逆に心理的距離が近いときにはより具体的なレベルで考えようとする傾向があって、そうした解釈レベルの違いが、選択肢の評価や選択そのものに影響を及ぼすとする理論である(表1参照)。心理的距離には、時間的距離、空間的距離、親しさの距離などが含まれるが、消費者行動研究では、そのなかでも時間的距離に注目した研究が盛んに行われてきている。

 例えば、大学で新入生に「あなたが4年生になったときにどんな科目を履修しますか?」と聞いた場合には、「自分は将来こういう方向を目指しているから、こういう科目を取ります」と、より抽象的、本質的な解釈レベルで評価しようとする。これに対して、もうすぐ4年生になる学生に同じ質問をすれば、「単位はもう落とせないので、確実に単位が取れるこの科目を取ります」「授業は月曜の午後にしたいのでこの科目を取ります」と、より具体的、付随的な解釈レベルで評価しようとする。このように、時間的距離の違いによって、評価基準の違いが出てくるというのが、解釈レベル理論の基本的な枠組みである。

表1 解釈レベル理論の基本的な枠組み

 商品を評価しているときと、いざ実際に選択・購買の行動に移るときとでは、じつは別々の基準が働いていることも重要なポイントである。商品を吟味しているときには、品質・機能といった本質的な面を高く評価していたのにもかかわらず、実際にそれを購入したのかというと、必ずしもそうではない。お店に行ってみたら、別の商品のデザインがどうしても気に入ってしまい、品質・機能の多少の違いはどうでもよくなったということは、よくあることだ(表2参照)。

 「例えば、ハンカチの消費嗜好調査のために、何人かの方にグループ・インタビューに集まってもらって意見を出してもらうと、いろんなデザインのハンカチの中で、いくつかのファッショナブルなハンカチの人気が高かった。ところが終了後、どうぞ好きなハンカチをおみやげにお持ち帰りくださいというと、意外とみんな無地などの無難なデザインのハンカチを持って帰ろうとするんですね。すごく矛盾していますけれど、実際の人の行動というのは、そういうものなのです。評価は丹念な情報処理過程なのですが、選択ではぐっと大まかな直感のようなものが前面に出てきてしまうわけです」(阿部所長)

表2 購買との時間的距離による評価軸の変化(大学生へのグループ・インタビューによる分析)

行動経済学理論との違いも検証

 消費者行動研究所では、解釈レベル理論にもとづいた調査や実験による様々なデータ収集に取り組んできた。2009年には、大学生に対してパソコン、スマートフォン、デジタルカメラなどに関する商品評価や購買意識のグループ・インタビューを実施している。先に挙げた表2も、そのデータ分析結果の1つである。解釈レベル理論では時間的距離が重要な柱となるため、購買との時間的距離によって評価軸がどう変化するのか、あるいはまた、購買前と購買後で評価軸がどう変化するのかといったことが、調査の柱となっている。

 表3は、デジタルカメラ、スマートフォン、パソコンについての、購買前・購買後の評価軸の変化例を示したものだ。調査によって、消費者は気まぐれに評価軸を変えているわけではなく、時間的距離との関係で評価軸が変化する一定のルールが見出される。この分析結果では、購買前は機能性を中心に評価しているのに対して、購買後には使いやすさが顧客満足度を左右していることが分かる。

 「購買前と購買後の評価軸の変化を見極めることは、顧客満足を高め、顧客との長期的な関係を形成していくうえで、とても重要な研究です。高く評価してその商品を買ったにもかかわらず、結局は品質・機能をうまく使いこなせずに終わってしまったとか、高品質・高機能ゆえの不便さにわずらわされた、ということも少なくありません」(阿部所長)

表3 購買前と購買後の評価軸の変化(大学生へのグループ・インタビューによる分析)

 行動経済学の主要な理論であるプロスペクト理論との比較にも取り組んでいる。例えば、6ヵ月先に当選発表がある宝クジがあったとする。1等3億円、2等2億円の当たりくじに対して、プロスペクト理論にもとづけば、1億円の金額差はあまり大きな価値の差とは受けとめられず、ほとんど評価に差をつけないということになる。それに対して、解釈レベル理論では、まだ抽選は先のことなので、当選確率という付随的な事柄は重視されずに、当たったらそれで何ができるかという、本質的なところに注意が行く。3億円だったら家も買って車も買って……と夢がふくらむところが、2億円ではそのうちの何かを止めなきゃならないという違いが、評価のうえでも効いてくる。

「プロスペクト理論では、確率とか利得を人がどう解釈するかがポイントになってくるのに対して、解釈レベル理論では、クジが当たった“結果”という本質と、確率という付随的なことの心理的な距離によるウエイトの変化がポイントになります。どのような場合に行動経済学を用いた分析があてはまり、どのような場合に解釈レベル理論があてはまるのかを明らかにすることも、研究の重要な目標です」(阿部所長)

多国間、地域圏間の国際比較研究へ

 こうした先進的な研究プロジェクトの推進は、教育面においても大きな効果がある。
「例えば、学部での専門教育は、教科書をベースに確立された理論を教えていくわけですが、授業のなかで、“この理論は、今は定説だけれども、新しい理論が出てきていて、いつかは定説ではなくなる可能性もある”といったことがいえるかどうかで、学生の知的関心の喚起に大きな違いが出てきます」(阿部所長)

 研究プロジェクトでは、研究の発展段階として3つのステップが想定されている。第1ステップは概念モデルの構築、第2ステップはそのモデルにもとづいたデータ収集と分析・検証である。ここまでは先に述べてきたように、2009~2010年度で着々と進められている。今後の第3ステップでは、国際比較研究への展開である。

 「日本を含めて中国、韓国など複数の国からなるアジア地域圏と、北米あるいは欧州の複数の国からなる地域圏というかたちで、複数の国を合わせて、国の間の違い、地域圏間の違いのどちらが強く出るのかなど、説得力ある国際比較を展開していきたいと考えています」(阿部所長)

 2009年度からの重点領域研究への採択に加えて、2010年度からは科学研究費補助金(基盤研究B)にも採択された。データ検証と概念モデルの掘り下げをさらに深めたうえで、2011年度以降には本格的に国際比較研究のプロジェクトをスタートさせていく計画である。

関連リンク

早稲田大学 消費者行動研究所
http://www.kikou.waseda.ac.jp/jyuten/WSD322_open.php?KikoId=06&KenkyujoId=2T&kbn=0

早稲田大学 重点領域研究機構
http://www.kikou.waseda.ac.jp/jyuten/jyuten.php

早稲田大学 商学学術院
http://www.waseda.jp/foc/index.html