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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

占領期メディアと対日占領政策に
戦後日本のアイデンティティを探る

20世紀メディア研究所

 戦後日本の文化が、アメリカの多大な影響を受けてきたことは、誰もが認めるところであろう。とりわけ戦後高度成長期を通じて、テレビ、音楽、映画、芸能、スポーツ、ライフスタイル…、様々な分野で、先進的で洗練されたアメリカの文化を取り入れて発展してきた。そうしたアメリカの影響の出発点といえるのが、終戦と同時に日本に設置されたGHQ(連合国軍総司令部)による、厳しいメディアの検閲と言論統制であった。

 終戦直後の日本では、戦時中の厳しい統制から一挙に解放された自由な空気の中で、空前の出版ブームに沸いた。大手出版社の新雑誌から地方の草の根のガリ刷り同人誌まで、雨後の筍のように言論や思想の表現が湧き出てきたのである。しかしながら、意外にもこれら戦後日本文化の出発点ともいえるメディア群について、じつはまだあまり学術的な調査研究が進んでいないのが実情である。

 幸いなことに、戦後5年間のメディア出版物は、GHQが検閲目的で網羅的に収集しており、その資料はすべて保存されている。マッカーサー総司令官の下で働いた歴史学者のゴードン・W・プランゲが、これらの資料の歴史的重要性に着目して関係各方面を説得し、米国メリーランド大学にこのうちの図書、雑誌、新聞等を移管し保存することに成功し、廃棄を免れたのである。その後、メリーランド大学で1962年から資料の整理が行われ、1978年から「プランゲ文庫」として公開されてきた。さらに1991年からは、日本の国立国会図書館がこれらの資料のうち、雑誌と新聞について、順次マイクロフィルムに撮影するとともに、目録を整備してきた。

20世紀メディア研究所の山本武利顧問(右)と土屋礼子所長(左)

 資料の整備は進められてきたものの、調査研究が進んでこなかった最大の要因は、資料が膨大でありながら、記事ごとの索引もなく、マイクロフィルム資料から必要な箇所を見つけ出して閲覧することにも大変な労力を要することにあった。こうした問題を打破し、貴重な資料に斬り込んでいくために立ち上げられたのが、「20世紀メディア研究所」である。

 2001年から10年間をかけて、この膨大な資料の記事データベースを順次作成し、キーワード検索を可能にしてきたのが、同研究所が推進してきた「占領期メディアデータベース化プロジェクト」である。その一連の取り組み、さらに2009年からは早稲田大学の重点領域研究に採択され、これらの資料にもとづく占領期のメディア研究や占領政策研究を本格的に展開していこうとする取り組みについて、同研究所顧問の山本武利・早稲田大学名誉教授(前・政治経済学術院教授;一橋大学名誉教授)と所長の土屋礼子・政治経済学術院教授に話を聞いた。

占領期の雑誌・新聞を網羅

 「この10年間、文部科学省の科学研究費補助金の研究成果公開促進費を得て、プランゲ文庫にある雑誌・新聞のデータベース化を推進してきました。我々のプロジェクトは、毎年全国で最高額の研究成果公開促進費を得てきましたが、この資料が我が国において非常に貴重な学術文化財産であり、そのデータベース化の意義が高く評価されてきた結果だと捉えています」(山本顧問)

 2000年度~2004年度の第1期では、プランゲ文庫コレクションの全雑誌約1万3千タイトル、記事レコード数約196万件に及ぶ資料のデータベース化を成し遂げた。全号の表紙・目次等から著者名、記事・論文タイトル名、本文小見出し、分類番号、分類項目、検閲に関する情報、巻号、発行所(出版者)、発行年月日、発行地などの情報をすべて入力しデータベースを構築、「占領期雑誌記事情報データベース」(写真1)は2006年2月に完成し、広く一般に全面公開された。これにより、ウエブを通じて世界中から誰でもデータベースにアクセスし、キーワード検索を行うことが可能になった。

写真1 占領期メディアデータベース化プロジェクト委員会による占領期新聞・雑誌情報データベース

 さらに2006年度からの第2期では、日本新聞協会(当時)加盟紙の全記事の、見出し、記事冒頭80字(リード部分がある場合はリードのみ)、人名、国名、地名など固有名詞(各記事最高5個)、検閲の有無、写真の有無(ある場合はキャプション)、掲載紙名、掲載日、掲載ページ、発行形態(朝刊・夕刊・附録・号外)情報、広告(広告主、商品名)をマイクロフィルムから入力する作業に取り組み、現在もなお作業は続いている(2011年度中に完了予定)。

 「プランゲ文庫の資料が貴重なのは、GHQの民間検閲支隊CCDによる検閲資料が一緒に保存されていることです(写真2)。どのようなメディアの、どのような言論内容に対して、どのように統制がなされたのかが、つぶさに分かります。思想や政治に関する雑誌はもちろん、婦人雑誌、教育雑誌、科学雑誌、娯楽雑誌、さらには地方の同人誌まで、徹底的に収集しています。当時は特に、地方での出版がにぎやかで、中央とはまた違った社会現象・文化現象があったことは、大変興味深いことです」(土屋所長)

 こうした資料の存在を世に広く知ってもらうために、抜粋した記事から「占領期雑誌資料大系」というシリーズの書籍も編纂した(写真3)。大衆文化編全5巻(2008-2009)、文学編全5巻(2009-2010)からなる大掛かりなものだが、プランゲ文庫の全容からすれば氷山の一角である。

写真2 プランゲ文庫の資料例。発行前のゲラ刷りの状態で検閲された資料やその検閲内容の
報告書も保存されている。

写真3 プランゲ文庫のコレクションから編纂されたシリーズ書籍
「占領期雑誌資料大系」(写真は岩波書店ウエブサイトの大衆文化編紹介ページ

5千人の研究者コミュニティ

 2011年度には新聞のデータベース化を終え、プランゲ文庫のプロジェクトは一段落する。今後は整備されたデータベースをいかに活用していくかということへ重点がシフトしていく。20世紀メディア研究所の次なる取り組みである「占領期・1950年代のアメリカの対日情報・文化戦略と日本・日本人」という研究プロジェクトは、早稲田大学の重点領域研究機構という学内の競争的研究資金プロジェクトに採択され、2009年よりすでに着々と進められている。

写真4 第56回研究会風景(2010年9月、早稲田大学にて)

 「重点領域に採択されたことで、大学の研究資金を得て、拠点となる場所やデータベースのサーバを確保し、新しい研究体制を得ることができました。このプロジェクトが力を入れているのは、占領期データベースを活用して研究に取り組む研究者の裾野を広げ、学際的な研究者コミュニティとして組織化を図っていくことです。我々のデータベースに利用登録をしている会員は、国内外ですでに5千人を超えます。この方々もすべて研究者コミュニティの一員であると捉えています」(山本顧問)

 10年前からこうした研究者の交流を広げる研究会を組織し、データベース公開後は会員にも参加を呼びかけてきた。研究分野を問わず、国籍を問わず、また在野の研究家に対しても、広く門戸を開けてきた。こうした努力が実り、当初は数人で始めた研究会も、いまや常時50〜100名を集める大きな会へと発展してきた。開催回数も10年間で60回を数える。(写真4)

 「メンバーの研究分野は多彩です。メディア、ジャーナリズム、インテリジェンス(情報機関・情報活動)が中心ですが、政治史、デザイン史、教育史など、学際的な広がりを見せています。研究資金から旅費を出せるときには、地方や海外からの参加の支援も行っています。ときには研究会開催に合わせて来日する海外の研究者もおられます」(土屋所長)

写真5 雑誌「Intelligence(インテリジェンス)」

 メンバーの研究成果を発信するメディアとして、雑誌「Intelligence(インテリジェンス)」を2002年に創刊、10年間で11号を発行してきた(写真5)。毎号特集テーマの下で、多くの研究者が寄稿している。例えば、最新号「日米情報戦の深層」「占領期の言説」、10号「戦争と文化財・資料―その略奪と行方」といった具合である。また、内外からゲスト講演者を招いての国際シンポジウムも折々に開催してきた。メンバー間での新たな共同研究プロジェクトを組織していくことも、重要な課題である。

 「占領期のデータベースは膨大で、1人2人でとても太刀打ちできるようなものではありません。資料集を作るだけでも大仕事で、その量の多さに押しつぶされそうになってしまいます。グループを編成して、組織的に調査分析に取りかかっていく必要があります。ともかくもう私たちの世代だけでは到底手に負えず(笑)、若い世代の研究者を育てて、これを引き継いでもらわなければと考えています。若い人たちにはまったく未知な時代だけれども、混沌とした活気に満ちていて、新鮮に感じられる時代だろうと思います」(土屋所長)

戦後日本の根幹をひも解く

 占領期にGHQが収集した資料については、ほかにも調査されていないものがある。例えば、戦後爆撃調査団という、アメリカが落とした焼夷弾や原爆などがどのような効果を及ぼしたかを調べるために組織された活動の中で、日本の食料事情や生活意識、反米感情などの調査を実施している。この調査資料が国立国会図書館にあるが、何千ページもあってとても通読できるようなものではない。

 「キーワード検索はできるのですが、マイクロフィルムが整理されていません。読み解くための工夫が必要で、これも我々の仕事だろうと思っています。ほかにやれるようなグループがないですからね。さらにいえば、戦前の上海租界での日本人コミュニティのメディアが上海図書館に残されているのですが、これをなんとかデータベース化したい…などと、欲を言えばきりがないし(笑)、我々にできることにも限りがありますけれどね」(山本顧問)

 今後、占領期メディアの膨大な資料を系統的に探査し、戦略的かつ緻密な調査分析にもとづいて、説得力ある理論やモデルが創出されていくことが期待される。それはいわば、戦後日本のアイデンティティの根幹を初めてひも解く作業といっても言い過ぎではないだろう――。

関連リンク

20世紀メディア研究所
http://www.waseda.jp/prj-m20th/

早稲田大学重点領域研究機構20世紀メディア研究所
http://www.kikou.waseda.ac.jp/jyuten/WSD322_open.php?KikoId=06&KenkyujoId=3C&kbn=0

早稲田大学現代政治経済研究所
http://www.waseda-pse.jp/ircpea//

占領期新聞・雑誌情報データベース
http://m20thdb.jp/login

グローバルソメリーランド大学 プランゲ文庫
http://www.lib.umd.edu/prange/index.jsp