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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

流体数学への斬新なアプローチで
世界トップレベルの研究拠点を目指す

非線形偏微分方程式研究所

 人は昔から、自然を数学によって理解しようとしてきた。「自然という偉大な書物は、数学という言語で書かれている」という言葉を遺したガリレオ・ガリレイをはじめ、ケプラー、ニュートン、ライプニッツら、16~18世紀に活躍した学者たちは、いずれも自然現象を数学的な法則によって説明しようと試みた。最初に「非線形偏微分方程式」によって自然を記述しようとした人物は、18世紀のオイラーだった。今日に至るまでの文明社会、産業社会を牽引してきた科学技術の発展は、こうした先人たちが築いた基礎的な偏微分方程式によってその基盤を支えられてきたといっていい。

 20世紀までの偏微分方程式は、「線形」の世界、すなわち原因と結果が比例または反比例した世界を解析することにおいて、高度に発展を遂げてきた。19世紀末頃から、自然の中から連続した現象の法則を様々に切り出して、偏微分方程式は工学の原理として、応用された。また産業技術の発展が新たな偏微分方程式を生んできた。工学とは、物理・数学を技術に応用するばかりでなく、現実にある技術を、数学を用いて体系化する学問である。もとより数学と工学は、密接に関連し発展してきたものである。特に20世紀に飛躍的に発展した産業技術は、線形性の理解の上に成り立っていた。

 そして21世紀を迎えて、時代は今、線形から非線形の世界へとパラダイムシフトしつつある。例えば、右肩上がり(線形)に成長してきた経済が、一転して不況のどん底へと突き落とされるような非線形の現実を目の当たりにし、誰でも非線形性を理解することの重要性を認識するようになった。線形では解けないような複雑な現象を、周縁的な揺らぎを含めたより包括的な現象として記述するための、非線形偏微分方程式を探究するとともに、非線形偏微分方程式によって可能となる新しい工学、新しい産業技術を開拓するフェーズへ入っている。

 こうした世界的な潮流のなかで、その最先端を牽引する拠点となることを目指して、2010年10月に早稲田大学の重点領域研究機構の研究拠点の1つとして設立されたのが、非線形偏微分方程式研究所である。「非線形偏微分方程式の解明とその工学的応用」という課題のもとに、学部や専門分野の壁を越えて学内の研究者が集結し、21世紀のフロンティアを切り開くための戦略的な連携研究の拠点としてスタートした。その取り組みについて、同研究所の所長を務める、柴田良弘・理工学術院教授に話を聞いた。

羽をはばたかせることで空気の渦を作り、複雑な動きをみせる蝶の飛翔運動も、非線形運動の1つだ

研究所のメンバーの中から、柴田良弘所長、吉村浩明・理工学術院教授、山本勝弘・理工学術院教授、鈴木幸人・理工学術院主任研究員(写真左から)。

流体にターゲットを絞り総力戦で

 非線形の数学は、生命現象や社会現象などにみられる、より複雑な動的原理を科学的に記述することを可能にする。新しい数学は工学を通じて、エネルギー産業、化学産業、鉄鋼業、資源産業、航空宇宙産業、土木・建築などの工業分野だけでなく、生体・医療から地球環境、金融工学などあらゆる科学技術・産業分野に、これまでと違ったアプローチを持ち込み、製品開発から社会システムまで、広範なイノベーションをもたらすことが期待される。数学と工学の連携により、数学的基礎となる偏微分方程式の解明と、工学領域への応用とを同時並行で進めていくことが、この分野でトップを行くための必須条件となる。そこでは、基礎と応用とを行き来しながら、互いの知見を活かし合っていく連携の体制が、発展の鍵を握る。

 「非線形偏微分方程式、そして非線形偏微分方程式を応用した工学の発展は、間違いなく、21世紀の人類のフロンティア領域の1つです。世界各国の研究拠点間で国際競争が繰り広げられ始めているなかで、我々、早稲田大学のチームは、世界トップの一角をなす拠点形成を目指しています」(柴田所長)

 早稲田大学の強みは、まずその研究者層の厚さである。非線形偏微分方程式研究所には、全学から、数学、応用物理、工学などの各分野から10人が集まった。いずれも非線形の世界に、基礎研究から応用研究まで、様々な角度からアプローチしている強者たちである。

 「理学・工学系の専攻を持っている大学であれば、非線形の分野を研究する教員は必ず何人かいるはずですが、本学ほど広範かつ多数の研究者を抱えている大学は、国内では他にないと思います。しかしこれまでは、学部も専攻もあちこちに散らばり、研究室も別々のキャンパスにあるなど、なかなかつながりを持つ機会がなかった。今回の研究所設置により、メンバーが実際に集結して研究ができる場所を作ることができました。これを契機に連携研究を一挙に展開していきます」

非線形偏微分方程式研究所の編成
学内に分断して存在していた関連研究者を一堂に集結し、連携研究のための強い体制を形成している

 北大、東北大、東大、京大、阪大と、主たる国立大学も非線形偏微分方程式の研究に力を入れ、この分野は注目を集めていると言える。が、その中でもこの早稲田の研究所は、数学的な研究だけでなく、工学の応用分野と深く連携している所に特徴がある。

 「我々のチームは、もともと流体を対象とする研究で強みを持っているメンバーが多く集まっています。そこで非線形現象の中でも特に流体をターゲットとして、異分野連携の総力戦で臨んでいます。流体とひとくちにいってもその応用範囲は幅広く、宇宙、航空、気象、海洋などの分野はもちろん、医療でいえば血液の流れであるとか、あらゆる流れのある領域に関係します。流体数学の分野で、本学でしかできない研究を展開し、国内はもちろん世界を牽引する研究拠点を確立していきます」

流体の関連領域、シュレディンガー方程式、非線形楕円方程式、液体工学、数値シミュレーションなどに強みを持つ早稲田大学では、「流体数学」というべき分野を、研究のターゲットに据えている

150年前からの未解決問題に挑む

 流体数学は、日本が得意とする、ものづくりの世界にイノベーションをもたらす可能性も大きい。例えば、卑金属と貴金属を化学反応させる研究では、流れの中では安定して反応が起きることが実験的に理解されている。また、泡の発生するメカニズム、流れの中での泡の振る舞いなども、注目しているテーマだ。

 流体運動は空気や水の流れのように身近なものでありながらその予測は非常に難しい。遠い宇宙の日食や月食が何十年も先まで正確に予測されていることと比較すれば驚くべきことである。これは、流れには速度の差による変形(非線形移流)、粒子同士が押し合いへしあいする効果(圧力)、速度の速い流体が速度の遅い流体や壁に引きずられる効果(粘性)、密度や温度の差による浮力など多くの要素が連動して関わっているためである。

 このような流体現象を記述する最も基本的な非線形偏微分方程式として、150年ほど前に提唱された「ナビエ-ストークス方程式」というものがある。今日までこの方程式にもとづいて、飛行機や自動車の風洞シミュレーションなども行われてきた。しかしじつは、このナビエ-ストークス方程式は、数学的にはまだ解かれていない方程式なのだ。

150年前に提唱されたNavier-Stokes方程式。21世紀のミレニアム問題として100万ドルの懸賞金がかけられている

 「ナビエ-ストークス方程式は、2000年に設定された“21世紀に解くべき7つの数学問題”の1つに選ばれており、その解に対して100万ドルもの懸賞金がかけられています。ミレニアム問題と呼ばれるこの難問に挑戦することも、我々の目標の1つです」(柴田所長)

メゾとマクロの架橋で世界を先駆ける

研究所設立を記念して開催された研究集会(2010年11月9、10、11日)。内外の一流研究者を招聘してミニコースと講演が行われた

 応用分野で着目されているような複雑な流れを研究するためには、ナビエ・ストークス方程式のように人の目に見えるような運動を記述する<マクロ>なレベルの研究と、顕微鏡を使っても見えないような分子レベルの<ミクロ>なレベルの研究を結びつける必要がでてくる。万物が原子・分子で出来ていることはよく知られており、それらの運動がハミルトン・ヤコビ方程式で記述されることも分かっている。ところが、それらが(例えば1024個程度の)莫大な数の集合体として流体を形成し運動したとき、それがどのようにナビエ・ストークス方程式に従うようになるかは、実は完全に解明されているわけではないのである。

 「ミクロなレベルの方程式を、マクロなレベルの方程式に直接結びつけていくのには困難が伴います。そこで、マクロとミクロを繋ぐため、その中間である<メゾ>のレベルのターゲットを幾つか設定しています。例えば非常に激しい水流の中で発生・消滅する気泡の挙動のように、マクロな視点だけでは十分捉え切れない現象に着目し、そのメカニズムを数学と工学との連携研究で探っています」(柴田所長)

 流体数学は、日本が得意とするものづくりの世界にイノベーションをもたらす可能性も大きいという。最近になって様々な効用が見出されているナノバブルの発生メカニズムと流れの中の振る舞いなども注目しているテーマだ。

 「ある周波数で振動を与えると、水の中の小さな気泡が安定した状態になることが実験的に分かってきていますが、現象を記述するモデルを数学的に解析した結果でも同様のことが見いだされています。また例えば、流れをうまく制御すると、微粒子に効率よくかつ正確に貴金属のめっきを施すことができることが実験的に確認されています。こうした不思議な自然現象を数学的に解明すると同時に、その特性を工学的に応用して新しいものづくりの技術などへ活かしていくことも狙いの一つです」

 そして柴田所長は締めくくる。「このように、マクロとミクロという異なる階層間の架け橋となるメゾレベルの探求、ミクロからマクロへの階層構造の厳密な数学理論の確立という、世界に類を見ない斬新な目標を掲げ、流体数学の世界を先駆けていく気概で取り組んでいます」

 国際的な学術交流、情報発信にも力を入れている。2009年から、流体数学の日独共同大学院プログラムにドイツのダルムシュタット工科大学とともに参画し、この分野での先端的な国際連携教育を展開している。研究所では世界中からトップ研究者が集う国際会議、研究集会を開催して人材交流を促進するとともに、海外の一流研究者を招聘してのミニコース開講など、若い世代への教育拠点としての役割も追求していく。21世紀の新しい数学で裏付けられた、新しい理工学、新しい科学技術の発展への貢献に、期待は大きい――。

関連リンク

早稲田大学 重点研究機構 非線形偏微分方程式研究所

早稲田大学 理工学術院

日独共同大学院プログラム 流体数学(早稲田大学-ダルムシュタット工科大学)