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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

持続可能な資源ライフサイクルを
経済学と工学の融合で探究

産業エコロジー研究所

 21世紀に入って、企業経営イコール環境経営という考え方、すなわち環境負荷低減のための行動が当たり前の前提条件と考えられる企業経営への急転換が進んできた。そこで重要になってきたのが、「環境に優しい」を客観的・定量的に評価することである。例えば、「電気自動車は環境に優しい」と言っても、その電気自動車を生産する過程で以前よりも多くの資源やエネルギーが消費されたり、想定されている材料や部品のリサイクル効率があまりよくないものであったりするなら、それは決して環境に優しい取り組みとはいえない。

 いまや企業は自社が取り扱う資源について、自社内でのリサイクルに留まらず、調達前の原材料や調達先企業の段階から、消費者の手に渡った後の使用や廃棄のプロセスにまでわたるトータルな物質フローを見据えることに社会的責任を担っている。そこでは以前の漠然とした環境活動から一歩も二歩も進んで、科学的な評価分析手法に基づいて資源ライフサイクルの効率性やコストを精緻に分析し、社会へ情報開示するとともに、さらなる改善策を追求する取り組みが広がっている。

 こうした取り組みを支えるのが、「産業エコロジー(industrial ecology)」という、比較的新しい学際研究分野である。産業社会における資源の生態を見据え、限りある資源を有効利用していくために、リサイクルなどによって資源を有効に使うための、物質のフローとそのコストを評価分析していく手法が探究されている。いまや主要な企業、政府・自治体などでは、環境経営規格のISO14000シリーズで導入が定められている「ライフサイクルアセスメント(LCA)」をはじめとする様々な環境影響の評価分析手法を導入している。こうしたツール類は、産業エコロジー研究とともに発展し普及してきた。

 産業エコロジーは、主に欧米の研究者や技術者が中心になって先導してきた。その一角で、特に産業エコロジーへの産業連関分析の適用でアジアから貢献してきたのが、早稲田大学の中村愼一郎・政治経済学術院教授、近藤康之・政治経済学術院教授、大和田秀二・理工学術院教授らの学際的な研究グループである。理工系と経済学系を架橋する10年以上の共同研究をさらに発展させるべく、2010年10月に早稲田大学の重点領域研究のプロジェクトとして、産業エコロジー研究所を発足させた。その取り組みと展望について、所長を務める中村教授に話を聞いた。

産業エコロジー研究所所長を務める、中村愼一郎教授

産業エコロジーという新領域

 「環境と経済学の学際研究というと、環境経済学を思い起こされる方が多いと思うのですが、環境経済学はあくまで経済学に軸足を置いて、環境要因を取り入れた経済分析を行う分野であるのに対して、産業エコロジーはより理工系の知見に軸足を置きながら、異なる企業や産業を横断して資源がどのように生産され消費されていくのか、経済学の産業連関分析の手法などを活用し、そのフローを評価分析する手法を探究しています」(中村教授)

 「産業エコロジー」という名称の国際学会が2001年に正式に発足し、オランダで最初の会議が開かれてから、まだわずか10年余りしか経っていない。当時すでに中村教授らは、早稲田大学現代政治経済研究所の研究部会として「廃棄物処理の経済分析」(1997-2000年度)を組織し、理工系から経済学系にわたる教員の連携研究を進めていた。持続可能経済を研究していくには、原材料やエネルギーの現実データを無視した抽象的・定性的な経済分析では限界があるという問題意識のもと、学内外の多分野にわたる研究者、企業の技術者・専門家らなどを巻き込み、産業エコロジーに関する研究活動をいち早く展開してきた。その中で、中村教授らが独自の分析手法として開発したのが、後に内外でWIO(Waste Input-Output)として広く認知されることになる廃棄物産業連関である。

 廃棄物産業連関表のモデル図。この図では5種類の生産部門、3種類の廃棄物処理部門、および最終需要部門からなる経済について、その財と廃棄物の循環が記述されている。廃棄物処理で受け入れた廃棄物が他の種類の廃棄物へと変換される。従来の産業連関表は緑で表示した行部門と列部門についての財とサービスフローを金額表示したものであるが、WIOはこれを廃棄物処理と廃棄物・副産物の物量フローについて拡張し、これにより産業連関分析が製造・使用・廃棄からなる製品ライフサイクルのすべての段階を把握することが可能になった

 「当時、本学では理工学部の高田祥三教授らが中心になって、環境調和型製品設計という概念を打ち出し、1999年に国内初のエコデザイン国際会議(正式名称:第1回エコデザインおよびインバース・マニュファクチャリングに関する国際シンポジウム)が本学の国際会議場で開催されました。環境経営が叫ばれる時代、世界に向けて日本の優れた製品設計の技術を発信していこうというのがその趣旨でした。本学の多くの教員が、この新しい潮流に知的関心を寄せていました。この会議はWIOを初めて発表した国際会議でした。WIOのWはwasteですが、じつはwasedaのWでもあるのです」(中村教授)

 もともと中村教授は、計量経済学という統計的手法による経済分析を専門としていたが、早稲田大学で、資源リサイクル工学の専門家である大和田秀二教授や、地方自治研究が専門の寄本勝美教授ら、廃棄物の現場に精通したベテラン研究者と出会う中で、産業連関分析をベースとする廃棄物の経済学へと関心を移してきた。こうした教員たちとの研究会活動は引き続き「循環型社会研究会」「廃棄物産業連関・MFA(マテリアルフローアナリシス)研究会」へと順調に発展を遂げてきた。

写真左:廃棄物処理の経済分析研究会(1997-2000年度)の成果をまとめた『廃棄物経済学をめざして』(早稲田大学出版会、2002年)/写真右:廃棄物産業連関・MFA研究会(2001-2005年度)の成果をまとめた『ライフサイクル産業連関分析』(早稲田大学出版会、2007年)

産業連関分析と工学データの融合
 学内連携の研究活動の一方で、中村教授は、同じく政治経済学術院の近藤康之教授とともに独立行政法人 科学技術振興機構(JST)の社会技術研究開発事業「循環型社会」プログラム

の中で、東北大学環境科学研究科の長坂徹也教授がリーダーを務めるプロジェクト「サステナビリティ指標としての物質・材料フロー」(2003-2005年度)に参画し、資源・物質フローの産業連関分析という新たな専門分野の研究を深く掘り下げてきた。金属工学の研究者である長坂教授と出会ったことで、産業連関分析を金属マテリアルフロー分析と結びつける工学と経済学の学際研究が本格的に進んだ。

 「もともと日本の産業連関分析の研究水準の高さは、世界的に認知されています。産業連関分析と金属工学を融合させた研究の取り組みには、国際的にも高い期待が寄せられてきました。机上の計算でモデルを出しているだけではだめで、実験系の工学が持っている現実のデータを統合したかった。欧米でも熱力学や冶金の知識なしに、金属に関する産業エコロジーの研究は成立しないといわれています。長坂教授はまさにそうしたデータに精通されている工学者で、金属マテリアルフロー分析に必要なデータと私たちの手法を統合して、新しい分析手法(WIO-MFA)を開発することができました」(中村教授)

 JSTのプログラム終了後も、東北大学の長坂教授らとの共同研究は続いている。金属リサイクル系の有力なグループとして国際的にも認知され、国連環境計画(UNEP)が発行する金属リサイクルについてのドキュメント作成にも参画してきた(2012年刊行予定)。廃棄物の産業連関分析についての専門書を、海外の一流学術出版社の産業エコロジー叢書の1巻として刊行(写真参照)するなど、目覚ましい業績を挙げている。

 こうした流れの中で、早稲田大学の学内競争的研究資金制度である重点領域研究に応募し、2010年に産業エコロジー研究所が設立された。これまでの10年間の業績を踏まえて、早稲田大学の組織的な取り組みとしてさらなるステージアップを図ることが目指されている。研究テーマとして「持続可能資源管理の産業エコロジー」を掲げ、これまでも強みとしてきた金属のマテリアルフローにターゲットを絞った研究活動を展開している。

 「産業エコロジーの分野は、学術的にも、政策的にも、また環境ビジネスとしても、急速に発展を遂げています。わずか10年で、専門論文誌 “Journal of Industrial Ecology” のインパクトファクター(1論文当りの被引用回数平均値による学術的影響指数)も2.4を超える高いレベルに上がっています。今後、基礎的な学術研究分野としても、産学連携研究による実践的な研究分野としても、ますます産業エコロジーの重要度は高まることになるでしょう。本学には、産業エコロジーへの寄与が期待される教員がまだ大勢います。これからさらに多くの教員を巻き込んで、研究を広げていきたいと考えています」(中村教授)

産業エコロジー研究所の中村教授、近藤教授(共に早稲田大学政治経済学術院)の共著による、廃棄物産業連関分析の専門書。Nakamura, S., and Kondo, Y. (2009). Waste Input-Output Analysis: Concepts and Application to Industrial Ecology (Eco-Efficiency in Industry and Science, Vol. 26). Springer.

EUの連携大学院参加校に選出

 研究だけでなく教育においても、産業エコロジーにおける早稲田大学の展開は目覚ましい。EUのエラスムス・ムンドゥスという国際連携型の大学院教育において、2011年秋期から開設された産業エコロジーの大学院修士課程を構成する7校のうちの1校に選出されたのだ。EUからはオーストリアのグラーツ大学、スウェーデンのチャルマース工科大学、オランダのライデン大学、デルフト工科大学、アメリカからロチェスター大学、そしてアジアからは早稲田大学とタイのアジア工科大学が参画している。EU圏の学生であれば参加校のネットワークの中で自由に学ぶことができ、非EU圏の学生はEUの4校のどこかで学ぶという制度である。早稲田大学は経済学研究科がホストとなり、EU圏の学生を受け入れていく。

 「EUエラスムス・ムンドゥスに採択されたことは、大学院教育が国際的に高い水準にあると認められたことを意味しており、本当に誇るべきことです。2011年の9月期に世界中から公募して選出された第1期の25人の学生がすでにEUの各大学でこのプログラムの下に参加しています。2012年の秋学期から早稲田での受け入れも可能になります」(中村教授)

EUエラスムス・ムンドゥス 産業エコロジー修士課程プログラムのPRポスター

 産業エコロジーの研究を進めるなかで、思いがけない斬新なアイデアも生まれている。金属材料のリサイクル技術を極めることによって、金属に含有されたまま不純物として廃棄されている物質、半導体産業や情報家電などの生産に不可欠のレアメタル(希少金属)を抽出することができれば、日本が必要とする相当量を確保することも夢ではない。産業エコロジー研究から、環境経営の時代にふさわしい新たな産業戦略が創出される将来も、そう遠くはないのかもしれない――。

WIO-MFAを拡張したUPIOMによる自動車に体化された銑鉄フロー。マテリアルが加工されて最終製品に体化されていく過程が視覚化されている

関連リンク

早稲田大学 産業エコロジー研究所
早稲田大学 重点領域研究機構
早稲田大学 政治経済学術院
早稲田大学 理工学術院
Erasumus Mundus Master's Programme in Industrial Ecology