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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

アジア市場を基軸として
サービスビジネスが国際化する

アジア・サービス・ビジネス研究所

 ポスト工業社会といわれて久しい。21世紀は、工業化の次に来る「サービス化」が経済成長の基盤となるといわれてきた。20世紀の産業社会は、製造業を中心に人々の大量の雇用を生み出し、モノの生産によって経済を急速に発展させ、快適で豊かな暮らしを可能にしてきた。しかし、自家用車、高級家電、薄型テレビ、パソコン、携帯電話…、多様な商品が次々と送り出される市場はすでに飽和を見せ、高度な研究開発やマーケティングにより創られた商品も激しい価格競争にさらされ、高い利益を生み出すことが困難になっている。

 日本経済の持続的成長を支えていくうえで、脱製造業依存、脱ものづくり依存の必要性は、すでに1980年代頃から叫ばれてきた。しかしなかなかその決め手となる変革像が見えてこない。サービス産業への雇用のシフトはすでに見られるが、既存のサービス産業だけでは国の経済成長を支えていくことはできない。新しいサービスビジネスのモデル、あるいは製造業のサービス化のモデルの創出と実践が、喫緊の課題となっている。

 そうした停滞状況をいかにして乗り越えていけるか――。そこに、世界の経営学者や経済学者が注目する新しい観点で、解を見出そうというグループがある。アジアが世界の一大拠点となって、21世紀のサービスビジネスのグローバル化が進展していく潮流を見据え、新しい経営と経済のモデルを探究しようという「アジア・サービス・ビジネス研究所」(ASB)である。早稲田大学の早稲田大学 重点領域研究機構として2010年度にスタートした研究所の取り組みについて、所長の太田正孝教授(商学学術院)、研究所員の池上重輔准教授(Center for International Education)に話を聞いた。

所長の太田正孝教授(右)、所員の池上重輔准教授(左)

“CAI”トライアングルが世界の中心に

 1980年代頃までは、アジアは近代化が遅れてきた発展途上地域であり、アジアの中では日本だけが先進国であるという認識だった。ところがこの20~30年で、中国、韓国、台湾、そしてASEAN諸国の市場は急成長し、世界の成長センターになっている。それも欧米先進企業の生産基地としてだけではなく、自立した経済圏として目覚ましい成長を遂げている。

 「最近私は、“CAI”と呼んでいるのですが、China=中国、Asean10ヵ国、India=インド、このトライアングルが非常に重要になると考えています。これだけで人口約30億人、これに日本、韓国、台湾などを合わせると世界の総人口70億人のじつに半分近くが、このエリアに集中しています。アジアは間違いなく21世紀の世界経済の中心になります。その市場で日本の企業は、欧米企業、世界の多国籍企業に対して、市場への地理的・文化的な近接性という、経済活動における最も基本的な優位性を武器として持っているのです」(太田教授)

メタナショナル化する競争環境と人口からみた市場規模
出典:太田正孝 (2008 )「アジア新興市場とアジア新興多国籍企業」『国際ビジネス入門』 中央経済社、p 216. を加筆修正

 日本の経済と産業の成長は、このアジア市場への展開なくしてはありえない。そしてこのアジア市場の発展は、これまでの製品ビジネスの発展によってではなく、サービスビジネスの発展によって牽引されていくことになる。そうしたビジョンのもとに、アジア・サービス・ビジネス研究所は設立された。

 「サービスビジネスは本来、地域の文化や慣習に合わせてローカライズしなければ通用しません。製品ビジネスのようなかたちでは簡単にグローバル展開できないところが、サービスビジネスの弱みでもあり強みでもある。しかし、サービスビジネスの成熟発展に伴って、特定のローカル市場で成功したビジネスを、言語や文化の壁を超えて他国・他地域の市場で、本格的に国際化展開していく取り組みが見られます。アジア市場の成長と、サービスビジネスの国際化は、同時進行で起きています。両者は根底でつながりながら、相乗効果的に発展していくことになるでしょう。私たちの研究はこの大きな潮流の全体を見据えたものなのです」(太田教授)

 例えば、日本発のユニークなサービスに宅配便がある。時間指定や料金着払いあるいはクール宅急便などが可能で、一戸一戸のご家庭へきめ細かく配送できる、こんなサービスは世界でも日本にしかない。そのサービスがいよいよアジア市場へ進出を始めている。ヤマト運輸のクロネコヤマト宅急便が、2010年から上海とシンガポールへ、2011年からは香港へも進出し、宅配ビジネスをスタートさせているのだ。

 「もちろんヤマト運輸の展開も、万事がスムーズに進んでいるわけではありません。宅配業者が個人宅の玄関を訪れるようなサービスは、日本以外の国では安全面でなかなか受け入れられにくい。日本の隅々にまで浸透し、日本人のために徹底的にローカライズされたサービスが、いかにしてアジアの各国各地域で受け入れられていくサービスになりうるのか。その進出プロセスは、本研究所の重要な調査研究対象の1つであり、上海、シンガポール、香港と調査訪問を行ってきました」(池上准教授)

ヤマト運輸のアジア進出調査の様子

多彩な経営学者と経済学者が集結

 アジア研究においては定評ある早稲田大学だが、これまでのアジア研究では、アジアが西洋の文明や文化を吸収し西洋化していく過程での、アジア諸国にとってのゲートキーパー(門番)としての日本の歴史的役割が1つの基軸となってきた。しかし21世紀のアジア研究では逆に、アジア市場が国際化していく過程で、欧米をはじめとする海外企業がアジアを理解し参入していくためのゲートキーパーとしての役割を、日本が果たしていくことを目指さなければならない。

 「そこで注目されるのが、日本の研究者の“解釈力”です。社会的現象、歴史的現象を解釈する力は、日本の学者の得意とするところで、海外からも高く評価されています。私たちの研究所は、21世紀のアジアのサービスビジネス、サービス経済、そして雇用の行方を読み解いていく最先端の拠点として、欧米の研究者からも期待が寄せられています」(池上准教授)

 新しいアジアの解釈学を築いていくために、研究所を組織するにあたって、経営学、経済学、理工系などの研究者がバランスよく混成されたチーム編成が行われた。また、純粋なアカデミックバックグラウンドのみではなく世界的な戦略コンサルティング会社の日本法人あるいは人事系コンサルティング会社のアジアのトップを務めた実務家出身の研究者も複数参加している。

 「経営学だけでも、異文化マネジメント、組織論、人材マネジメント、ベンチャーキャピタル論、会計学など多彩な研究者が揃っているうえに、開発経済学や国際経済学を専門とする理論経済学者が加わっているのがユニークです。経営学と経済学、近いテーマをやっているのに、研究のアプローチがまったく異なることもあり、これまではなかなか連携の機会がなかった。今回はその点を逆手にとって、企業のフィールドワークを全員で一緒にやり、まったく違う目線と視点で同じ現場を調査し観察することの中から、新しい解釈を構築していくことを目指しています」(太田教授)

アジア・サービス・ビジネス研究所の研究体制

 さらに加えて、世界トップクラスの研究者が海外から参加しているのも特徴的だ。新興国市場BOP(ベース・オブ・ピラミッド)の研究で世界を代表するコーネル大学のスチュワート・ハート教授、インド企業の研究を牽引するペンシルバニア大学ウォートンスクールのジテンドラ・シン教授、世界競争力ランキングで有名なスイスのビジネススクールIMDのドミニク・テュルパン学長ら、そうそうたる研究者たちが、アジア・サービス・ビジネス研究所の研究員として名を連ねている。

 研究所では、「ASBセミナー」と銘打って、海外の研究者を招いての研究会や国際シンポジウムを開催している。2011年12月には、ジテンドラ・シン教授とハビール・シン教授の著書『インド・ウェイ 飛躍の経営』の邦訳出版記念シンポジウムを開催。2011年6月には、スチュワート・ハート教授を招いての「BOPビジネスの最先端」、異文化マネジメントの世界的権威ヘールト・ホフステッド教授を招いての「異文化マネジメントセミナー:文化の影響力に終焉はない」を、連続して開催。2012年2月には、頂新グループの展開に焦点を当てた「中国市場展開の再考~台湾企業、日本企業連携の視点から~」を開催している。一連のセミナーには、学界、産業界から、のべ700名以上の参加者を得ている。

インド企業についての講演を行う、ジテンドラ・シン教授(2011年2月)

頂新グループの中国進出に関するパネルディスカッション(2012年2月)

アジアから見えてくる日本型経営

 「製品ビジネスの特徴が、生産と消費が別々の過程で行われることだとすれば、サービスビジネスの特徴は、生産と消費が同時に行われることです。生産者と消費者が“価値共創”するのが、サービスビジネスの本質といえます」(池上准教授)

 製品ビジネスの経済が、同じ機能が繰り返し安定して発揮されること=いわゆる効用経済であるのに対して、サービスビジネスの経済は、モノではなくコトが財となる「経験経済」である。そこでは「いい話が聞けた」「頭の整理ができた」「リラックスできた」といった経験そのものが商品となる。例えば、GoogleのようなITビジネスにしても、当初はIT技術の優位性が競争力の決め手となっているようなところがあったが、技術が成熟化するにつれて、技術よりもコンテンツやサービスそのものに、競争力の焦点が移ってきている。

 「サービスの本質的な価値とは、企業や人間の中に蓄積されてきた知識や経験の中から、1人ひとりの消費者に最もフィットしたかたちのサービスを創造し提供することです。価値共創のサービスにおいては、暗黙知、コンテクスト、コネクティビィティ、関係、信頼、文化といった、画一化も機械化もできないものが重要な要素となってきます。そう捉えれば、日本の企業と日本人に向いているビジネスモデルが十分に確立できるように思います。アジア・ビジネスの研究が進むことで、これまで欧米との対比で語られてきた日本型経営についての新たな解釈も見えてくるでしょう」(太田教授)

 アジアの中での日本企業の国際化、日本人の国際化に、アジア・サービス・ビジネス研究所があるべき方向性を示してくれる近い将来の成果に期待が大きい――。

『インド・ウェイ』出版記念セミナーのパネルディスカッション風景

関連リンク

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早稲田大学 重点領域研究機構
早稲田大学 商学学術院