早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > 研究力 > WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

最先端の宇宙ミッションを推進し
暗黒物質の謎の解明に挑む

宇宙科学観測システム研究所

 2012年7月、スイスのCERN(セルン;欧州原子核共同研究機構)の世界最大の衝突型円型加速器で新たな粒子が発見され、この粒子が宇宙理論における質量の起源を証明するヒッグス粒子ではないかというニュースが世界中を湧かせた。

 現在の宇宙理論では、我々の宇宙はその誕生後、質量のない素粒子が光速で行き交い、やがて真空の対称性が破れて抵抗が存在するヒッグス場の海によって質量が誕生したと考えられている。質量という、いわば万物の起源を証明するものとして、別名「神の粒子」とも呼ばれるヒッグス粒子の存在の発見によって「素粒子の標準模型」がほぼ完成することになる。

 しかしながら、現在の素粒子物理学においては「標準模型」では説明できない多くの課題がある。その一つとして、重力、弱相互作用、電磁気力、強相互作用の4つの力の統一問題がある。このうち、弱相互作用と電磁気力は、理論的にも実験的にも統一出来ることがわかっているが、その他の力との統一は、「超対称性理論」や「超弦理論」で現れる「標準模型」には存在しない重い粒子が必要となる。

 じつは宇宙の物質のうち、現在の理論で説明できるもの、存在が分かっているものは、全体のわずか4%にすぎない。残り96%の内、「暗黒物質(dark matter)」と呼ばれる未知の物質が23%を占め、あとの73%は「暗黒エネルギー(dark energy)」とされている。暗黒物質は宇宙構造の観測などから「弱い相互作用をする重い粒子:Weakly Interacting Massive Particles (WIMPs)」であることが分かっており、素粒子物理学で必要とされる新たな粒子である可能性がある。このように、暗黒物質と新たな粒子の発見は、宇宙の起源や進化の謎を解明し、宇宙理論の最先端を切り開くだけでなく、素粒子物理学にも大きな展望を与える、きわめて重要かつチャレンジングな研究テーマである。

 この最先端のテーマに、宇宙空間での観測実験で挑戦しようという共同研究プロジェクトの推進拠点として2010年秋に設置されたのが、早稲田大学の宇宙科学観測システム研究所である。国家レベル、国際レベルの大型プロジェクトをいくつも推進するその取り組みについて、研究所長の鳥居祥二・理工学術院教授に話を聞いた。

宇宙科学観測システム研究所所長を務める鳥居祥二教授

宇宙科学における早稲田の系譜

 早稲田大学の宇宙科学には、独自の歴史と伝統がある。今回のプロジェクトの中核をなす流れの1つは、理工学研究所(現在は理工学総合研究センターの一部門に改組)における宇宙科学への取り組みである。すでに退官した道家忠義、菊池順らの教授陣が、宇宙用センサや粒子測定器などの開発に先駆的に取り組み、その技術はJAXAの宇宙開発にも採用されてきた。こうした系譜のなかで、今回の研究所メンバーの多くが研究活動を行ってきた。

 また、大学単独としては珍しい、超小型衛星の開発プロジェクトにも取り組んできた。機体設計から熱制御系、姿勢制御、データ処理、通信系、電源系、実験系まで、まさに理工学の技術を総動員しながら、宇宙空間でのスペシャルミッションに耐えられる、超小型衛星の開発に取り組むプロジェクトである。2号機のWaseda-sat2は、文部科学省の小型衛星の公募にチャレンジして見事採用され、2010年に打ち上げを果たした。

 さらに理論物理学においては、素粒子理論などの基礎理論を拓いた並木美喜雄(故人)や、中性子星の質量を理論的に予測した山田勝美らが、「物理の早稲田」の名声を理論物理の世界に轟かせてきた。その歴史を受け継ぐ物理学者たちによって組織された、宇宙物理学研究所というプロジェクト研究所のメンバーが、現在、本研究所の理論解析チームを担っている。こうした理学から工学までの、幅広くかつ層の厚い研究者たちが一堂に集結している。

 「これまでは、宇宙科学に関わる研究者たちはそれぞれ、外部予算の獲得やJAXA(独立行政法人 宇宙航空研究開発機構)との共同研究などを独自に行い、世界的レベルの研究成果を挙げてきました。もちろんお互い何をやっているかは知っていますし、連携も行ってきていますが、早稲田としてまとまって公式に宇宙科学に取り組もうという動きは最近になって、この研究所を立ち上げようと動き始めた2009年頃からですね」(鳥居教授)

 現在、研究所では大きく7つのプロジェクトが走っている(図1)。宇宙科学観測システム研究所という名称の通り、これらすべてのプロジェクトに対して、宇宙での観測・実験から、収集データの分析まで、ミッション系のシステム全体を開発することを基本方針としている。そのため、1つのプロジェクトが比較的長いスパンで展開される。その間、観測や分析方法の研究フェーズ、搭載するシステム機器の開発フェーズ、打ち上げを終えて宇宙からのデータダウンロードと分析のフェーズ、さらに分析データから理論研究のフェーズ…、と、かなり性質の異なる研究開発フェーズを行き来することになる。

 

 「この分野でプロジェクトリーダーをやろうと思ったら、頭の中がいくつもセクション分けされていて、ある時は工学屋、ある時は分析屋、またある時は理論屋と、切り替えていく能力が必要とされますよ(笑)」(鳥居教授)

図1 宇宙科学観測システム研究所で推進中の7つのプロジェクト

実験棟きぼうのミッションを主導

 1つのプロジェトだけでも研究所が組織できるようなレベルのものが、これだけのバラエティで集結する宇宙科学の研究拠点は、私立大学としては他に例がない。早稲田大学の取り組みは、東大や九州大のような旧帝大系国立大学の宇宙科学研究拠点と並んで総合力が高く、国際的なプレゼンスも高い。

 例えば、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟(きぼう)の船外実験プラットフォーム第2期計画において、早稲田大学独自開発のミッション系システム「CALET: Calorimetric Electron Telescope」は、船外実験プラットフォームの1つのポートをまるごと占有し、鳥居教授はじめとする研究チームが開発プロジェクト全体を統括する役目を担っている(図2)。

 通常、大学が単独でこうした観測ユニットを任されることはほとんどない。しかしCALETは、宇宙空間において高エネルギー領域での電子、ガンマ線、陽子・原子核成分を観測し、宇宙線の加速・伝播のメカニズムを通じて暗黒物質の謎を解明しようという、宇宙物理の最先端を行くミッション系プロジェクトであり、それが日本の国家プロジェクトとして選定されたのである(図3)。

図2 国際宇宙ステーション日本実験棟の曝露部
宇宙空間に曝露される7つの観測ユニットの1つが、早稲田大学のCALETに充てられている

図3 CALETのミッション
宇宙の物質のうち、存在が解明されているのはわずか4%。残りの96%は暗黒物質であり、そのうち73%はエネルギーとしても解明されていない暗黒エネルギーである。

 「高エネルギー物理学の分野での本学の実績と、総合的なシステム開発力を高く評価されてのことです。そのため、我々はアイデア、要素技術開発、理論的分析といったサイエンスミッションのすべてを任されており、その一方でハード開発や打ち上げ・運用にかかる予算はJAXAが分担するというかたちになっています」(鳥居教授)

 しかしそれだけに、研究所の抱える責任も大きい。実装機器の開発のために要求仕様を定義し、開発メーカーから上がってくる膨大な設計仕様書を確認し、納品に至る工程をJAXAとともに確認していかなければならない。また、ミッション遂行に向けて、JAXAとの連携や調整をはじめ、アメリカやイタリアの大学との共同研究プロジェクトの推進、宇宙空間からのデータのダウンリンクを担当する筑波宇宙センターとの調整など、作業は山積している。

 「宇宙からNASA、筑波宇宙センターを経由して、早稲田大学へデータが届くまでわずか数秒間しかかからないんですよ。すべてのデータはまず早稲田大学へ送られてきて、我々が共同研究先のアメリカやイタリアの大学へデータを転送することになります」(鳥居教授)

JAXA-早大連携協力協定を締結

 このほか、月探査衛星かぐや(セレーネ)のプロジェクトは、宇宙でのデータ収集が終わり解析プロセスに入っている。独自に開発した核ガンマ分光計により、世界最高レベルの月表面の高精度な鉱物分布を明らかにするなど、月形成過程の研究に大きく貢献している。次期衛星計画「セレーネ2」では、月面に着陸するローバに搭載した装置により、さらに高精度な観測が目指される。

 また、那須の電波干渉計のプロジェクトは、唯一、地上での電磁波観測による宇宙科学研究を行っている。これも大学としては珍しい独自の高性能電波望遠鏡を有しており、最近では変動する電波源の発見により大きな注目を集めている。研究所においては、フェルミ衛星やCALETで観測されたガンマ線との同時観測など、他プロジェクトとの連携研究による成果が期待される。

 (※ガンマ線衛星やX線衛星のプロジェクトリーダーを務める片岡淳准教授の取り組みについては、2010年5月号「知の共創」で紹介)

 こうしたプロジェクトを進めるうえで、いずれもJAXAとの協力関係が前提となる。以前はそれぞれが個別に連携を行っていたところを、2006年には理工学術院とJAXA総合技術研究本部及び航空プログラムグループの間で、部門間の研究協力協定を締結、さらには研究所設置に先立つ2009年5月に、早稲田大学とJAXAとの間で連携協力協定を締結するに至っている(図4)。これにより、プロジェクト推進の協働に留まらず、研究所のメンバーがJAXAに赴いて研修やセミナーを定期的に開催するなど、継続的な関係形成も促進されている。今後はさらに、人文・社会科学なども含めてより幅広い連携のあり方を追求していく意向である。

図4 宇宙航空研究開発機構(JAXA)との連携協力協定に基づくプロジェクトの推進

 「連携協力協定を結ぶことで、JAXAに対して――すなわち日本の国家プロジェクトに対して、本学が組織的にどのような貢献を果たしていくのかがより明確に共有され、互いの信頼関係と責任感を強化することにつながっていると感じています」(鳥居教授)

 宇宙科学観測システム研究所の設置により、早稲田大学の宇宙科学は新たなステージへ歩を進めようとしている。宇宙や物質の存在、人間や生命の存在の謎を解明する新発見が、世界に先駆けて創出されることに期待が膨らむ。

関連リンク

早稲田大学 宇宙科学観測システム研究所
早稲田大学 重点領域研究機構
早稲田大学 理工学術院総合研究所
早稲田大学 理工学研究所
早稲田大学 理工学術院
宇宙航空研究開発機構(JAXA)