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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

文と理の壁、規制と研究の壁を超え
知財法制のあるべき姿を追求する

知的財産拠点形成研究所

 個人の発明や著作物を、知的財産(Intellectual Property)として法的に保護しようという考え方は、近代の科学技術や産業化の発展と共に急速に広まりその重要性を増してきた。もともと知的財産という考え方は古来よりあり、また特許権も何世紀も前から存在している。しかし知的財産をイノベーションのためのツールとして積極的に活用しようという動きは、1980年代以降の経済のグローバル化の中で産み出されてきた。産業活動が国境を越えて行われるようになり、1つの製品に複数の国で開発もしくは組み立てられた部品が搭載されるなど、経済や科学技術の複雑化が進んできたことが背景にある。

 グローバルな市場で生み出される富が、知的財産の創出に貢献した個人、企業あるいは国家に公正に還元されているのかどうかが問題視されるようになり、米国が1980年代後半にプロパテント政策といわれる知財重点化の産業政策を先駆けた。その後、ヨーロッパに広がり、日本では1990年代後半から法制度の充実化が進められてきた。2003年3月には知的財産基本法が施行され、2005年には知的財産に関する係争を取り扱う知的財産高等裁判所が設立された。

 知的財産を権利化することには、賛否両論がある。例えばそれが、エイズ治療薬や、がんの画期的な新治療法など、広く人々の命にかかわるような発明であれば、権利で囲い込む前に、広く必要としている人々にその恩恵が届くこと=公益性や公共性が優先されてしかるべきである。しかし一方で、そうした画期的な発明が創出され続けていく社会であるためには、発明者個人にきちんとした見返りや評価のリターンがあり、創造的な仕事を維持していけるような、社会的・経済的な価値のサイクルが必要である。このことが、知的財産が法制度化されたことの根幹にある意義だといえる。

 しかしながら、こうした究極の理想像の実現は、法制度の基本的な枠組みを整備するだけで事足りるわけではない。国ごとに異なる知財法制度のギャップを埋める調整、国際間の権利関係の調整も必要である。科学技術や医療やデザインなど多岐にわたる分野の、それぞれの専門的な特質に加えて、社会的・公共的な特質についても議論が必要である。ところが現状では、こうした総合的な議論を推進していくような場が、まだ十分に組織化されていない。

 知財の専門家だけでなく、知財の創出や利用にかかわる多様な利害関係者が一堂に介し、それぞれの利害をぶつけ合うと同時に、利害を超えた大きな視野からの議論を行う拠点を創りたい――こうした目標を掲げて2009年、早稲田大学重点領域研究 の1つとして設置されたのが、知的財産拠点形成研究所である。所長の高林龍・法学学術院教授、研究所員の朝日透・理工学術院教授に話を聞いた。

左:知的財産拠点形成研究所所長を務める高林龍 法学学術院教授
右:朝日透 理工学術院教授

    
総合的な研究拠点形成を目指して

 「我々の研究所はその名が示す通り、将来の拠点形成に向けて議論を深めようという趣旨で設立されました。将来的な目標として、“知的財産総合研究所”と呼びうる拠点の形成を掲げています。そのためには、文理融合による本格的な学際研究が必要です。知的財産において、科学技術分野が大きな比重を占めるにもかかわらず、法制度の専門家と、理工系の研究者が、膝を詰めて知的財産について議論する機会は決して多くありません。シンポジウムなどでの一回限りの顔合わせはありますが、一緒になって共同研究やプロジェクトを進めていくような取り組みは、ほとんど聞いたことがありません。この両者の協働なしに、知的財産の法制度の整備を進めることは不可能だと考えました」(高林教授)

 文理融合による研究所の設立は、ごく自然な流れだった。高林教授は、知財専門の裁判官として法曹の現場で長年働き、知財の法制度とその運用の間に横たわる様々な矛盾やギャップを肌で感じてきた。早稲田大学に着任してからは、2003年度に設置された「《企業法制と法創造》総合研究所※」の副所長として、アジア知財判例データベースの構築プロジェクトなどを推進してきた。その一方で、理工学においても、知財の法制度のあり方に強い関心を寄せる研究者たちがいた。
(※2003~2007年度 文部科学省21世紀COE、2008年度~ 同グローバルCOE)

 早稲田大学が2004年に、医学と理工学の融合研究拠点として設置した「先端科学・健康医療融合研究機構(ASMeW)」では、理工系の研究者たちも技術経営の素養を持つべきだという気運が高まっており、「STO=スーパー・テクノロジー・オフィサー」という理工系研究者向けの新しい人材育成制度が打ち出された。理工系若手教員が早稲田大学アジア太平洋研究科の経営大学院でMBA取得を目指し、海外との研究ネットワーク形成でリーダーシップを発揮し、国際的な研究リーダーとしての素養を積んだ者に、STOという独自の称号を付与するというものである。

 このSTO養成プログラムの第1期生である、朝日透・理工系学術院教授、同プログラムを推進してきた逢坂哲彌・理工系学術院教授らも、研究者にとっての技術経営の観点から、知財の総合研究の必要性を痛感していた。高林教授らの問題意識と、朝日教授、逢坂教授らの問題意識が合致し、文理融合による研究所設置が実現した。

 「日本の研究環境を良くしていくには、研究者が知財の知識を持っていることが不可欠です。研究開発そのものを発展させていくことを目的に、特許をがんがん取っていく研究者がもっといなければだめですね。研究所の成果を、STOの制度にも反映させていきたい。知財のことも分かる、知財の重要性を理解し、知財のマネジメントが分かる理工系の学生を育てていきたいと考えています」(朝日教授)

文理融合のための議論を深める

 知的財産拠点形成研究所では、発足した2009年度以降、文理融合のシンポジウムを中心に様々な分野にアプローチし、学際的議論を活発に展開してきた。シンポジウム「文と理 対峙から協働へ-文理融合型知的財産の活用方法を探る-」(2010年3月)では、青色発光ダイオードの発明者として知られる中村修二氏(カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)らを講演者に招き、トップレベルの研究競争の現場にいる研究者の立場から、知的財産法のあるべき姿についてグローバルな視点で意見を聞くとともに、法律の研究者や実務家との間での深い議論を行った。

左:「文と理 対峙から協働へ-文理融合型知的財産の活用方法を探る-」ポスター/右:川崎和男氏(大阪大学教授・工業デザイナー)を迎えたシンポジウム「文と理の狭間からの飛翔 -デザインの本質と法的保護の未来を探る-」(2010年3月)ポスター。デザインにおける意匠権と知的財産権をめぐる問題点を議論

 医療と法を結ぶシンポジウム「法と医の協働による科学技術と社会の新たな秩序形成-21世紀の医療システムの新展開に向けて-」(2011年2月)も行われた。医療機器や医薬品等の研究開発分野においては法的、倫理的、制度的な規制が、挑戦的な研究開発の阻害要因としても働く。人命を預かる分野ゆえの倫理や規制は必然であるが、医薬の進歩を考えた時には規制と推進との間にどのような一線を守るべきなのかについて、法学者と医学者の間で活発な議論が交わされた。

 健康・医療分野ではこの他にも、シンポジウム「グローバルヘルスと知財戦略:障壁から投資誘因・活用へ-医療技術実用化オープンイノベーション促進のための法基盤整備の新展開-」(2011年6月)、さらには話題の幹細胞による再生医療に焦点を当てたシンポジウム「ES細胞、iPS細胞の研究推進と法的・知的財産法的問題点」(2012年1月)などを実施、法と健康・医療を結ぶ学際的議論を、多面的に展開してきた。

文理融合シンポジウム「ES細胞、iPS細胞の研究推進と法的・知的財産法問題」開催風景

 「臨床と基礎研究の橋渡しをするトランスレーショナルリサーチ、そして規制や制度と科学的知見とのあいだのギャップを埋めるレギュラトリーサイエンスといわれる分野が、医療の発展において鍵を握ります。どちらも従来、縦割りの狭間で手薄になっていた。日本は医療・バイオの実用化開発で世界に遅れているといわれますが、それはこうした橋渡しや規制の問題解決の遅れが大きい。せっかく日本で生まれた基礎研究や技術が、市場につながらない、実用化につながらないのでは、研究者も報われない。“この新しい治療は社会的有用性が高いから、どんどん進めるべきだ”という合意を形成し、規制や規範(=レギュラトリー)を考え直していくことが必要です」(朝日教授)

日本から世界へ発信する意義

 知的財産の価値や意味は、おかれた状況や時代に応じて変容する。知的財産の法制度は、こうした変化に寄り添って応用方法が持続的に議論されねばならない。グローバルな視野からその適正な私益と公益のバランスについても検討されていかなければならない。

 「近代日本は、ヨーロッパの大陸法をベースに法体系が作られてきましたが、戦後はアメリカ法の影響を強く受けてきました。知的財産の分野でも、アメリカの法律や判例の影響を強く受けた法解釈がされているというのが現状です。英米法と大陸法という2つの体系の折衷のうえに法を成立させてきたという点では、日本は中国をはじめアジアの国々の先駆けであり、今後のモデルとしての役目を果たしていかなければなりません。また、グローバルな法の調和を考えていくうえでも、日本の立ち位置からは、米国にも欧州にもない独自の視点から貢献していくことができるはずです」(高林教授)

 こうした視点が、近い将来の「知的財産総合研究所(仮称)」設立というビジョンの背景にある。「設立までには、まだまだ議論が必要」(高林教授)というが、グローバルで総合的な観点から知的財産法制を考えていく場の形成を、世界に先駆けて早稲田大学が推進していきたいという強い思いが、英米法と大陸法の壁、国家間の壁、先進国と途上国の壁、専門分野間の壁を超えた国際的な議論を今後可能にしていくのだろう――。

過去のシンポジウムの記録は、高林教授が編纂する雑誌『I.P.Annual Report知財年報(別冊NBL)』(商事法務)、『年報 知的財産法』(日本評論社)の各バックナンバーに収載

関連リンク

早稲田大学 知的財産拠点形成研究所
早稲田大学 知的財産法制研究センター
早稲田大学 グローバルCOE 《企業法制と法創造》総合研究所
早稲田大学 先端科学・健康医療融合研究機構(ASMeW)