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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

1万8千点の収蔵品を有する
総合的な大学ミュージアムとして

會津八一記念博物館

 東洋美術史の研究者として、また歌人、書家としても知られる文人、會津八一(1881~1956)。その會津八一のコレクションを中心に、東洋美術、近代美術、考古学の3つの柱の収蔵品を有するミュージアムが、早稲田大学 會津八一記念博物館である。早稲田キャンパスの正門からほど近い2号館、かつての大学図書館だった由緒ある建物を改装して、1998年に開設された。

文人として知られる會津八一(1881~1956)は、独自の方法論で早稲田大学の美術史研究を牽引した(加藤諄撮影)

 會津八一は、早稲田大学の出身であり、また教員として早稲田大学の美術史研究を牽引した。坪内逍遙に学び、また小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の講義から民俗学的手法を学んだ。美術品の研究と教育には、作品に直に接することが不可欠であるとして、私財を投じて中国の明器、鏡、瓦塼など4000点余りを収集した。

左から中門助手、塚原館長、尾崎事務長

 大正末期に大学に博物館設立を提言したが、その後70年余りを経ての実現となった。會津コレクションのほか、戦前からの考古学の発掘資料、近現代の美術作品、アイヌ民族資料など、学内に保存されてきた独自の貴重な文化遺産が集結され、博物館に収蔵された。開館後も、富岡重憲コレクション(旧富岡美術館のコレクション)をはじめ多数の寄贈を受けており、現在の収蔵品は18000点余りにのぼる。

 早稲田大学の美術史・考古学研究の拠点として、また広く一般に公開される大学ミュージアムとしての活動と理念について、館長の塚原 史(ふみ)法学学術院教授、事務長の尾崎健夫さん、博物館の助手・学芸員を務める中門(なかかど)亮太さんに話を聞いた。

由緒ある旧図書館を保存再生

 會津八一記念博物館は、全学横断で運営されるユニークなミュージアムである。運営の方針などは、各学部から選出された教員、図書館長、坪内博士記念演劇博物館館長ら、約30名のメンバーからなる協議員会で決められる。歴代の館長は文学学術院の教員が中心に務めてきたが、現館長の塚原教授は法学学術院から、前館長の藪野健教授は理工学術院からの人選である。

 「藪野教授は洋画家として著名ですし、その前の館長の大橋一章教授は、仏教美術史・東洋美術史がご専門で、會津八一に関する著書も記しておられます。それに対して、私の専門はフランス思想・現代アートと方角違い(笑)。しかし、ミュージアムは大学全体にとって重要な財産です。より大きな視点から、教育や研究、地域貢献や社会貢献に、当館の存在を活かしていくために、運営方針や具体的なアイデアを打ち出し、実践していかなければと考えています」(塚原教授)

 東京都の歴史的建造物にも指定される建物は、学内で2番目に古く、建築家・今井兼次の設計により1925年に大学図書館として建てられた。多角形をなす屋根、随所に見られる優美な曲線、大扉を飾る八芒星の透かし彫りなど、表現主義の流れを汲むその意匠は、当時の大学校舎としては独創的なものだ。横山大観・下村観山による日本画の大作「明暗」が飾られた大階段を昇ると、2階には天井が高い大空間が広がる。

 「新しい中央図書館が新設され1991年に開館したのち、閉館となった旧図書館を博物館として再利用することが検討されました。当初は閲覧室だった2階の大空間を展示室に改修することについて、間仕切りを作って複数の展示室に分ける案も出され、議論は紛糾しましたが、結果的には、この大空間の魅力をそのまま継承したうえで、展示ケースのレイアウトを工夫し、展示空間を構成することになったわけです」(尾崎事務長)

 2階の展示室に一歩足を踏み入れると、大空間を活用した展示が素晴らしい効果を生んでいる。縄文土器の展示コーナー、近現代の美術品コーナー、アイヌの民俗品、會津八一の書画の大作などが巧みに配置され、総合ミュージアムとしての同館の特徴が生き生きと伝わってくる。博物と美術品を併せもった大学ミュージアムは、全国的にも希少な存在である。

左:2階展示室全景、右:1階ロビーから中央階段を見る

若手研究者が支える展示活動

パブアニューギニア、アベラム族の「精霊の家:ハウスタンバラン」の資料/「オセアニア民族造形美術品展」より

大久保山遺跡出土遺物(縄文時代~平安時代)/「大久保山ー浅見丘陵の土地利用史―」より

 會津八一記念博物館には設立以来、「学芸室」が設けられ、学芸員の資格を持つ専従の研究員が、収蔵品の研究や展示企画の仕事に携わっている。現在、3名の助手、1名の特任教授が、その仕事を担っている。助手の3名は、早稲田大学の大学院博士後期課程修了もしくは在籍中の若手研究者である。また特任教授として、旧富岡美術館で学芸課長を務めた浅井京子氏が2004年度より着任し、2009年に開室した、富岡重憲コレクション展示室での展示の企画運営に携わっている。

 助手の1人、中門(なかかど)亮太さんは、文学研究科の博士後期課程に在籍し、日本考古学、民族考古学を専門とし、東日本の縄文文化や、現代においてもなお土器づくりの風習が残るパプアニューギニアの民族文化を研究してきた。

 「18000点もの収蔵品があるので、自分の専門に関連するものを中心に少しずつ研究を進めており、得られた知見は展覧会や当館の研究紀要などを通じて社会に還元していくことを目指しています。最近では、2010年度に埼玉県鶴ヶ島市から新たに、1089点のパプアニューギニアの民族資料を寄贈いただき、これを受けて1階企画展示室で「オセアニア民族造形美術品展」を開催しました。また2012年度には、本学の本庄キャンパスの下に眠っていた大久保山遺跡の出土品から、縄文時代から現代まで続く人々の暮らしに焦点を当てた展覧会「大久保山―浅見丘陵の土地利用史―」を、企画展示室と本庄キャンパス内の情報資料室で開催しました」(中門助手)

開かれた大学ミュージアムを目指して

作者の前田青邨から寄贈された『羅馬使節』

 国内外の美術館からの要請に応じた作品の貸し出しや、キャンパス内への展示貸し出しも行っている。後者はキャンパス全体が文化発信の場であるべきという、キャンパスミュージアム構想の考えに基づくものである。2013年春には、ローマ国立近代美術館で開催された「近代日本画と工芸の流れ 1868-1945」展に、天正遣欧使節の少年使節を描いた前田青邨の『羅馬使節』を(1927年作品)提供し、同展の「日本美術の成熟」というコーナーに展示された。

 「こうした著名な作品も含めて、創意を凝らした展示を気軽に見に来ていただけることが当館の魅力です。学生さん、地域住民の方々、早稲田大学エクステンションスクールの生涯教育受講生の方々などが、キャンパスの散歩がてら多数立ち寄っていかれます。地方からの修学旅行や、大学の授業、地域の学校の校外授業の場としても、積極的に利用いただいています」(塚原教授)

 2013年秋には、早稲田文化芸術週間に合わせて、「縄文と現代をつなぐもの」というテーマのもと、様々な展示や、一般市民向けのシンポジウムなどの開催を計画している。膨大な資料を背景とした大学の知の拠点として、社会に開かれ市民に開かれた大学ミュージアムとして、さらなる展開が期待される――。

関連リンク

早稲田大学 會津八一記念博物館
早稲田文化(早稲田大学 文化推進部)
早稲田大学 文学学術院
會津コレクション(早稲田大学 文化資源情報ポータル)