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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

日本企業の変革の鍵は
顧客と向き合う「感性品質」にある

WBS研究センター 感性商品研究部会

 2007年10月より商学学術院総合研究所のもとに発足した、WBS研究センター(アジア太平洋研究センターの国際経営分野が分離独立)は、早稲田大学ビジネススクール商学学術院との連携による研究及び教育活動の発展を推進することを目指して設置された。WBS研究センターには複数の研究会・研究部会が組織され、他の学術院や学外・海外の研究者なども巻き込みながら、戦略的な活動が展開されている。

 その1つ「感性商品研究部会」が主導する研究活動と、これに関連してビジネススクールで展開される寄附講座プログラムの展開が、内外から高い注目を集めている。感性商品研究部会の代表を務め、この分野の第一人者として多数の著書を有する長沢伸也・商学学術院教授に話を聞いた。

感性商品研究部会の代表を務める長沢教授

生活者視点による「感性」の時代

 「1980年代前半頃から、日本では“感性”という言葉が盛んに使われるようになりました。人々の暮らしが豊かになり、生活品が世の中に広く行き渡り、消費者は他人と同じものでは満足せず、より自分らしいものを求めるようになった。当時は、最先端のクリエーターやトレンドリーダーが先鋭的な流行を主導し、“感性の時代”などとも呼ばれた。しかし、やがてさらに消費文化が成熟化し、バブル崩壊なども経て、より生活者の視点、生活者の感性に根ざした、新しい“感性商品”と“感性マーケティング”が求められる時代へと変遷してきたのです」(長沢教授)

 消費者はいまや、商品を通じて単にその実用的価値を買っているだけではない。デザイン、使いやすさ、快適さ、高級感、こだわりなど、プラスαの情報的価値や意味的価値を同時に買っているのであり、その比重は時代とともに高まってきている。

 「多かれ少なかれどんな商品でも、客観的な物理特性や原価価値だけでは測り切れない、消費者の主観的で感性的な評価に依存する要素を持っています。その意味で、すべての商品は“感性商品”であり、すべてのマーケティングは“感性マーケティング”であると、我々は捉えてきました」(長沢教授)

 感性という言葉は、じつは日本から世界へ発信されたものだ。自動車メーカー、マツダの山本社長(当時)が、1986年に米国で「日本の自動車開発を成功に導いたのは、日本独自の感性エンジニアリング(kansei engineering)である」という趣旨の講演を行ったことが契機となった。「感性」は極めて日本的な概念であると評価され、それ以降「kansei」として海外でも使われてきた。

 「しかし残念ながら、感性という概念の意味定義についてはあまり統一されておらず、研究グループや研究者ごとに、微妙に違う定義を用いてきました。私は、感性とは人と対象とのあいだの、感覚―知覚―認知―感情―表現までを含む統合的・包括的な概念と定義しています。感性マーケティング、感性評価の研究に長く携わってきましたが、経験的にこれが最も多くの方々が納得できる定義なのです」(長沢教授)

 感性とは、人間の感覚~認識~表現のプロセスのどこか一部を指すのではなく、全体を包括する概念だと定義されることで、感性の研究は、広く人間科学や人間工学、官能評価と統計解析、センサリングやモデリング、コミュニケーションやマネジメントまで含めた総合学術領域であることが見えてくる。

図1 感性の定義と範囲(長沢伸也編著『感性をめぐる商品開発-その方法と実際-』日本出版サービス、2002年)

多分野融合の共同研究を展開

 こうした問題意識のもと、2009年から感性商品研究部会の活動がスタートした。部会の設置目的は、感性商品の開発・管理の研究を通じて、日本の製造業に革新力をもたらすことである。主要メンバーは、文学学術院の竹村和久教授(消費者行動論)、商学学術院の長内厚准教授(技術経営・イノベーション経営)、小林啓孝教授(管理会計・原価計算)、伊藤嘉博教授(管理会計・原価計算)、学外招聘研究員として、立命館大学情報理工学部の、亀井且有教授(感性・情動評価とモデリング)、奈良工業高専の、小坂洋明准教授(感性工学、感性評価)と、人文・社会・理工にわたる多彩な顔ぶれである。

 「日本の製造業の悩みは、“性能・機能の高いもの”は作れるのに、“売れるもの”が作れないということ。他社より0.05mm薄い携帯電話を開発するといった、技術・製品設計中心の品質を向上させるのには素晴らしい力を発揮する一方で、人間の感性を中心に据えた品質を作り込むことには弱い。これではもはや競争力は築けません」(長沢教授)

 日本には多くの海外ブランドが上陸しているが、鮮度が命の生菓子、パンなどの食品では、日本で生産体制を構築する必要がある。幸い日本には、高い技術力と信頼性を誇る食品メーカーが多数あるため、海外の有名ブランドは積極的に日本企業への委託ビジネスを行い日本市場に進出してきた。例えば、フランスの洋菓子ブランド「ダロワイヨ」は不二家が、同じくフランスのパン屋「Paul」は敷島製パンが、それぞれライセンス契約を結んで日本での生産や販売を展開している。

 「しかし、高い技術力を持つ日本のメーカーこそ海外のブランドに頼るのではなく、魅力あるブランドを自力で構築すべきです。そのために感性商品の開発手法や管理手法をメソッド化し、広く日本企業に浸透させていくことを目指して研究活動を推進しています」(長沢教授)

研究成果は種々の著作にまとめられている。左から、
『シャネルの戦略-究極のラグジュアリーブランドに見る技術経営-』(2010年、東洋経済新報社)
『ラグジュアリー戦略-真のラグジュアリーブランドをいかに構築しマネジメントするか-』(2011年、東洋経済新報社)
『ルイ・ヴィトンの法則-最強のブランド戦略-』(2007年、東洋経済新報社)
『感性をめぐる商品開発-その方法と実際-』(2002年、日本出版サービス)
『感性商品開発の実践-商品要素へ感性の転換-』(2003年、日本出版サービス)
『数理的感性工学の基礎-感性商品開発へのアプローチ-』(2010年、海文堂出版

世界から注目のLVMH寄附講座

 また、一連の研究活動と連関しながら展開されているのが、ビジネススクールのMBA教育プロフェッショナルプログラムとして2012年度から開講した「ラグジュアリーブランディング系モジュール(LVMHモエヘネシー・ルイヴィトン寄附講座)」である。

 「ラグジュアリーとは、日本語では“高級”“贅沢”“豪華”などの意味を持ちますが、どれもぴったりの訳語とは言えず、あえてラグジュアリーとそのまま使っています。海外のラグジュアリーブランドは、“どんなに高くてもこれでなければダメ”という、こだわりの顧客を惹き付ける魅力を作り上げています。時代とともに顧客や市場と向き合いながら革新も続けてきている。これこそまさに感性商品の典型であるといえます」(長沢教授)

表1 ラグジュアリー戦略は、従来のマーケティングとは逆張りの発想がベースとなる(長沢伸也編著『シャネルの戦略』東洋経済新報社、2010年)

 LVMHグループから寄附講座を受けているのは、フランスのESSECビジネススクールと、早稲田大学の2校。世界的に大変注目されている。長沢教授の主導で文学学術院の土屋淳二教授や社会科学学術院の野口智雄教授も巻き込んだプロジェクト研究所「ラグジュアリーブランディング研究所」が立ち上げられ、教育プログラムの開発に総力を挙げて取り組んできた。開講から2年を経て、2014年度からはフランスのESCP(パリ商科大学院大学)との連携プログラムとして受講者はパリを訪問し、3日間のうち2日はESCPの5人の教員からの講義を受け、1日は現地の企業を実地訪問する。ゆくゆくは、ESCPとのダブルディグリー(両校からの学位授与)制度の確立も射程に入れているという。

 「寄附講座では国際的な視点で、フランスと日本が互いに学び合えるプログラムを開発し実践しています。世界でいちばん洗練された市場と消費者は、日本にあるのです。だからこそ、ルイ・ヴィトンはパリ、ニースに次ぐ店を1978年に一挙6店を日本に出店し、日本から世界戦略を始めた。ルイ・ヴィトンが日本という感性市場を発見し、日本がルイ・ヴィトンというラグジュアリーブランドを発見したのです。ルイ・ヴィトンはまだ創業から200年も経っていないのに対して、創業300年、400年という老舗企業が多く残っている日本でこそ、ラグジュアリーブランディング戦略が花開くべきです」(長沢教授)

 2013年12月、日本食がユネスコの無形文化遺産に指定された。世界が日本食をラグジュアリーブランドと認めたといっていい。日本の伝統産業や精緻なものづくり産業もまた「世界中から憧れをもって見つめられる」魅惑のブランドへと、飛躍と革新への期待が膨らむ。

関連リンク

早稲田大学 WBS研究センター
早稲田大学 ラグジュアリーブランディング研究所
早稲田大学 商学学術院 総合研究所
早稲田大学 ビジネススクール
早稲田大学ラグジュアリーブランディング系モジュール(LVMHモエヘネシー・ルイヴィトン寄附講座)