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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

地域住民を主体とした
〈医療の質〉評価システムの開発
(2014年度学内公募採択課題)

人間総合研究センター 研究プロジェクト

 世界のトップを切って超高齢社会に突入した日本――。団塊の世代が75歳に達する2025年には、医療費増加による公共財政の破綻、医療サービスの供給不足や質の低下が起こり、高齢者が簡単には病院を頼ることのできない社会になることが予測される。地域社会は今、「2025年問題」といわれる様々な課題を克服していくために、人々の健康・医療・福祉を守るための社会システムの改革に取り組なければならなくなっている。

 高齢単身世帯の増加、認知症行方不明者の急増など、超高齢社会の深刻な問題が次つぎと顕在化するなか、追い打ちをかけるように国の医療政策は、「高齢者の最期は病院ではなく、できるだけ在宅で看取る」という指針を打ち出した。戦後まもなくは、病院で亡くなる人は1割程度だったのが、その後の医療体制の拡大に伴い、現在では8割以上の人が病院等の医療施設で最期を迎えている。これをまた昔のような在宅化へと戻そうということである。従来の高齢要介護者向けサービスの充実化課題も十分には解決されていないところに、さらに病院で手厚いケアを受けてきたような高齢患者の在宅化ケアという大きな課題が、新たに加わることになる。

 少子高齢化は必然的に、労働人口比率の減少、税収の減少など、経済的な活力低下という課題ももたらす。低成長時代の地域社会は、どのように超高齢社会と向き合い、健康、医療、福祉の質を担保していけばいいのか――。地域を支える社会システムの改革により大きな政策的視野から取り組むとともに、実際にITを活用した支援や情報共有のシステムを構築していこうという実践的研究活動が、早稲田大学人間総合研究センター研究プロジェクトとして取り組まれている。研究代表を務める、小野 充一(みちかず)・人間科学学術院教授に話を聞いた。

研究代表を務める
小野充一教授

“病院から在宅へ”の流れを見据えて

図1 超高齢社会の医療・福祉・在宅連携体制

 「2025年問題を見据え、“病院から在宅へ”という高齢者の医療・介護の移行をどう支えるか、地域社会のあり方を真剣に考えていかなければという問題意識が、我われの共同研究の根幹にあります。そのためには高齢者のこと、医療のこと、健康のことなど、個々の課題を切り離して議論していてもだめで、世代間共生や市民参加など含めて、大きな視野から地域社会の仕組み全体の変革を見据えてかかる必要があります。風呂敷を思い切り広げれば、超高齢社会の生老病死における“生きる意味”を再構築し、低成長地域社会における健康・医療・福祉のあるべきモデルを追求し、これをITなどの先進技術を駆使しながら社会システムとして確立することが、我われが目指すより大きな研究目標といえます」(小野教授)

 2014年度は「地域住民を主体とした〈医療の質〉評価システムの開発」(正式名称:地域住民の主体的ケア評価システムとしてのMedical Quality Support Systemの評価ツール開発と有用性の検証)というテーマが掲げられた。2013年度の同・研究プロジェクト「超高齢・少子化社会を支える共有・生存のケア・パラダイムと地域システムの開発」から発展的に継承されたプロジェクトである。超高齢・少子化社会において限られた資源を有効活用し、サービスの質を上げていくためには、自治体や政府の政策任せではなく、サービスの享受者である市民がみずからの価値基準、評価基準をしっかり持って、サービスを選び取る努力をしていく必要がある。医療や福祉にユーザ目線の評価を持ち込み、健全な市場原理を働かせると同時に、市民一人ひとりが医療や福祉の制度を理解し、適切な情報や知識を入手・活用していける環境を整えることを目指した実践研究である。

図2 プロジェクトの研究開発領域

所沢ヘルスケアプロジェクトの展開

 実践研究のフィールドとされているのが、大学院人間科学研究科および人間科学部スポーツ科学部の教育研究拠点である早稲田大学所沢キャンパスが立地する所沢市である。一連のプロジェクトと並行して「所沢市ヘルスケアコミュニケーションシステム共同開発プロジェクト(THCP)」が立ち上げられ、所沢市の健康推進部保健医療課、市民医療センター、保健センターをはじめ、市内の関連機関・団体、東京女子医大や慈恵医大など、産学官民の連携によるプロジェクトが組織され、2014年1月には、第1回の会合が開かれた。

 「こうした場をプラットフォームとして、各メンバーが研究代表を務める科研費の共同研究を同時に展開しています。加瀬裕子教授の認知症高齢者支援プログラム、西村昭二教授のeラーニングを活用した健康危機対応トレーニング、そして私は専門である緩和医療学や臨床死生学の立場から、在宅ケアの時代の心の問題に真っ正面から取り組んでいます。所沢にキャンパスができて、地域との連携は本学の長年の課題であったわけですが、そう簡単には進んできませんでした。研究による地域貢献はもちろんですが、多くの学生が教育やボランティア活動のフィールドとして地域へ出て、地域の方々と交流を深めていくような仕組みづくりを進めています」(小野教授)

 認知症高齢者支援では、学生たちが街に出て高齢者の語りを傾聴する活動にも取り組んでいる。自分自身の歴史=ライフヒストリーを語ることが、認知症の予防や進行の緩和に効果があることが分かってきているからだ。そのほか、携帯端末やスマートフォンを用いた情報共有システムの地域での実証実験や、多世代にわたる市民が地域社会での共生について学び話し合う場づくりなどに、学生も積極的にかかわっていく。

 所沢市との連携では、すでに2013年度のプロジェクトでも研究成果を挙げている。所沢市民9,099人を無作為抽出して質問紙調査を行い、一人ひとりの市民の具体的な医療行動とその満足度を調査するという本格的なサーベイに取り組んだ。この成果をベースに2014年度の、市民による〈医療の質〉評価の研究へと展開している。

図3 所沢ヘルスケアコミュニケーションシステム 概念図

医療の質を担保する専門人材育成へ

国際学生フォーラム「持続可能な健康生活と社会」Al-Farabi Kazakh National Universityにて(カザフスタン、2012年9月)

核と健康に関する討論会後、Semey State Medica University学長を囲んで(カザフスタン、2012年9月)

 2025年には、地域の医療・福祉の体制はがらりと様変わりしているだろう。そのとき、満足度の高い医療サービスを享受し続けるには、地域社会全体の医療・福祉体制をマネジメントする高度なノウハウが必要となるだろう。地域医療のための「クオリティ・マネジメント」のメソッドが確立され、これをコンサルテーションできるような高度専門人材が必要とされるようになると思われる。

 「限られた資源の中で、健康・医療・福祉のサービスが、一人ひとりの市民に最も効率的・効果的なかたちで届けられる方法を模索していかなければなりません。そのための社会システムについての見識を持った専門人材を、大学院で育てていきたい。共同研究の成果をベースに、近い将来、専門的なコースを確立していくことも目指しています」(小野教授)

 地域医療の先進地域として知られる、オーストラリアのモナシュ大学との教育交流により、互いの学生が相互に学び合うプログラムも展開している。また、医療制度の整備が遅れているカザフスタンとも教育交流を行うなど、日本の現状を諸外国との比較で学び、他国の若い世代と議論を交わす機会も設けている。

 「2025年問題を乗り越えて、幸せな生活を保障する地域社会を築いていくためには、市民が〈賢い患者=スマート・ペイシェント〉になる必要があります。そのために、まず市民に参加意識を持ってもらうことが不可欠です。ただ市民の意識を調査することだけが目的なのではなく、市民と一緒になって未来を創り上げていくプロセスだと捉えています」(小野教授)

 超高齢・少子化時代の低成長型地域社会とは、あまねく日本全国の地域、ひいては先進国各地域にとっての共通課題である。プロジェクトが目指す、あるべき健康・医療・福祉の社会システムのモデル確立に、期待が大きい――。

関連リンク

早稲田大学 人間総合研究センター
早稲田大学 大学院人間科学研究科
早稲田大学 人間科学部
早稲田大学 スポーツ科学部