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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

農学・バイオ・社会科学の融合研究で
持続型の食料供給体系を追求する

持続型食・農・バイオ研究所

 早稲田大学では、創立150周年を迎える2032年の大学像形成へ向けた、新たな経営改革指針ビジョン150のもと、総合大学としての強みを生かした新たな分野連携研究として、「農学(バイオ・食)」「環境・エネルギー」「超高齢社会」「安心安全社会」を中心とした、戦略研究拠点の創出を目標に掲げている。このなかでも、早稲田大学にこれまでなかった、「農学」を専門とする教育・研究拠点の創成に取り組む活動が、2014年度から本格的に立ち上がった。

 早稲田大学重点領域研究機構内に持続型食・農・バイオ研究所が設立され、「持続型の食料供給体系−農学・バイオ・社会科学の学際・融合研究体制を基礎として−」という共同研究プロジェクトが始動した。最終的なゴールは、農学部がない早稲田だからこそ可能な新領域「食と農」を生み出すためのプラットフォーム創出であり、同研究所はその母体となる拠点と位置づけられている。幅広い視野をもった同研究所の取り組みについて、研究所長を務める天野正博・人間科学学術院教授に話を聞いた。

持続型食・農・バイオ研究所所長を務める、天野正博・人間科学学術院教授

全学から40名以上の研究者が参画

 「持続可能な開発や生産のシステムを、もはや市場経済だけで担保することはできません。企業社会が持続可能性と利益追求の両立を目指す環境経営にシフトしているように、農や食にもまたこれまでとは異なる新しい生産・供給システムが求められています」(天野教授)

 総合大学としての強みを生かし、環境・エネルギー系、森林・生態系、食品科学系、農業経済系の研究者が集結、学際的融合による〈食と農〉の研究拠点の形成を推進している(図1)。参加メンバーは全学から40名以上、学外の連携メンバーも加えると50名近くに上る。研究課題として、第1に従来の農業の枠を超えた多様な担い手を巻き込んだ生産システム、第2に安全安心かつ健康増進のための食と農の科学技術とその情報提供のシステム、第3に環境開発と持続型の食と農のシステムを両立させる新しい制度・新しいガバナンス(協治)が、3つの柱に据えられている(図2)。

図1 持続型食・農・バイオ研究所 研究体制

図2 持続型食・農・バイオ研究所 3つの研究課題

 農業従事者はもちろん、消費者の参加やNPO・自治体等との協働、他業種との連携、生産から消費までを射程に入れた6次産業化など、社会の現場での実証実験を展開する研究の素地は、本庄キャンパスを拠点とする本庄早稲田国際リサーチパークの活動を通じてある程度形成されている。地元自治体や市民、事業者らとの産・学・公・民連携により、持続可能な郊外都市づくり、近隣に残されている里山の保全と学習活動、農商工連携による新事業や新製品の開発、地方版スマートシティなど様々な地域連携型研究プロジェクトが推進されてきている(写真参照)。

写真左上:里山の生態を学ぶ「里山塾」の開催風景/写真左下:障がい者を担い手として巻き込む農業―福祉連携プロジェクトの取り組み(オリーブ搾油機の見学)/写真右:毎年秋に早稲田本庄キャンパスで開催される「食と農のフェスティバル」。地元の農産品や畜産品の即売や試食をはじめ、様々なイベントが開かれ、地域の生産者や市民の方々が集う交流の場となっている。

多様な担い手づくりの先進的実験

 「担い手づくり」のプロジェクトでは、農業の担い手と消費者をより深く結びつけること、さらには生産・供給システムに消費者を巻き込んで、その一翼を担う存在となってもらうための実証実験に取り組んでいる。W-BRIDGEプロジェクトからの助成を受けて、埼玉県小川町で廃校となった校舎を活用して都市農山村交流、貸し農園、有機野菜作りや有機稲作等の事業に取り組んでいるNPO法人 霜里学校や、日本に初めてロハス(LOHAS:Lifestyles Of Health And Sustainability)を紹介した大和田順子氏(ロハス・ビジネス・アライアンス共同代表)らとの連携のもと、実験的プロジェクトを立ち上げた。

霜里で展開されている都市農山村交流の様子

特定非営利活動法人 霜里学校 ホームページ

 農園を利用する都会の人々を巻き込んで、食と農の生産・消費を融合した新しいシステムとライフスタイルを追求するとともに、里山の生物多様性と有機農法との関係を探り、農産物の生産における水の使用量、二酸化炭素の排出量などを計測・算定し、その価値を目に見える尺度で表すなど、自然科学的手法も取り入れた新しい評価手法の確立を進めている。(図3)。

図3 持続的かつ環境調和型農業生産システム制度・政策の確立

 「昔ながらの里山づくりと堆肥による農法は、生態系の多様性を保持するシステムとなっていますが、現在の経済システムでは評価の対象になりにくい。どのように経済評価し市場価値に組み入れていけるかが1つの研究課題です。最近では国連でもCO2排出クレジットと同じように“生態系クレジット”という概念を確立して市場に持ち込むことを提唱しています。生態系を積極的に評価していかなければ、地球上から質の高い生態系がどんどん消滅していってしまうことが懸念されています」(天野教授)

「協治」による食と農のガバナンスへ

 食の安全安心を保障する情報提供の仕組みを確立していくことも、重要な研究課題である。食品科学系の研究者の参画のもと、科学的に安全でかつ効果的な機能性食品を開発するなど、医食同源の食品革命を掲げた取り組みを進める一方、行動経済学や社会心理学などの研究者との共同研究による安全安心の情報提供の仕組みづくりにも取り組んでいく(図4)。

図4 将来的に目指す安全安心な食料供給体系のイメージ

 「科学的に安全だと唱えるだけでは、消費者の安心は保障されません。科学的な裏付けをしっかりと行う一方で、どのような情報や知識を提供していけば安心や信頼が形成されるのか、新しい技術とコンテンツの仕組みなどを確立していかなければならないと考えています」(天野教授)

 天野教授が率いる食と農のガバナンス研究では、ローカルなコミュニティのガバナンスから、グローバル社会の食の安全保障をめぐるガバナンスまでにわたる、重層的なガバナンスのシステムを研究対象としている。ガバナンスは通常「統治」という訳語が当てられてきたが、最近では市民参加による自治・統治という意味合いを強く出すために「協治」という訳語が当てられることが多い。「多様な担い手による協治」は、国や地域におけるローカル協治であると同時に、先進国と途上国のあいだを結ぶ協治をも意味している。

 「私自身、環境の専門家として途上国の環境破壊が、私たち日本人の食生活と深くかかわっている現状を目の当たりにしてきました。例えば、インドネシアのボルネオ島では、植物油の生産を拡大させるために森林を伐採して、パームヤシを植えているため、短期的に中国やアメリカを抜いてCO2排出国世界一になってしまった。これは、未利用の湿地帯をパームヤシ農園に転換する際に、湿地の乾燥化によって地下に埋蔵されていた泥炭が、乾燥によって分解され、大量のCO2を排出したことによる。背景には、インスタントラーメンを生産する大手食品メーカーからの植物油への大きな需要があります。開発を食い止めるには、日本の企業、ひいては日本の消費者が意識して行動を変えていく――食と農に対する態度を変えていく仕組みが必要です。日本でのローカルな取り組みとグローバルな食の安全保障、環境保全は直結しているのです」(天野教授)

 先進国として日本が食と農の生産・供給システムを考えていくときに、一方では食に高い品質・価値を求める先進的な消費者ニーズに応える方向、他方では人口増加と食糧難の課題を抱えるグローバル社会に対して、量の供給で食の安全保障を担っていく方向がある。両者の間にはジレンマがあるが、日本はこの両方を解決していく方法を確立していかなければならない。そして、どちらにおいても「安全安心」な食を提供していく技術や仕組みが求められている。持続型食・農・バイオ研究所が目指す、未来へ向けた〈食と農〉の協治のシステムづくりに期待が大きい――。

関連リンク

早稲田大学 持続型食・農・バイオ研究所
公益財団法人 本庄早稲田国際リサーチパーク
早稲田大学 重点領域研究機構
早稲田大学 人間科学学術院
早稲田大学 理工学術院