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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

天然ガス自動車の社会的価値を
マーケティングの観点から掘り起こす

マーケティング・コミュニケーション研究所

 早稲田大学のプロジェクト研究所として、2004年4月に発足したマーケティング・コミュニケーション研究所は、マーケティング戦略、消費者行動という2本柱のもとで様々な業種業界の企業とマーケティング分野での共同研究を多数行ってきた。

 同研究所では、ここ数年「天然ガス自動車」という日本ではまだ市場も製品も十分に確立していないテーマに取り組み、産学官を巻き込んだコンソーシアム的な活動を展開して話題を呼んでいる。日本は資源小国であるため、エネルギー源を多様化することで、リスク分散を目指してきた。東日本大震災時には石油系燃料が逼迫したことから、運輸部門の燃料の多様化がさらなる課題として浮上した。すなわち天然ガス自動車の普及は今後、環境面のみならず、経済活動を発展させるうえでも重要となるわけだ。

 世界的にみても天然ガス自動車の普及が遅れている日本では、その市場化・実用化へ向けて何をすべきなのか――。調査研究プロジェクトを推進する同研究所の所長、恩藏(おんぞう)直人・商学学術院教授と若手研究員たち(写真)に話を聞いた。

恩藏教授(左から2番目)を囲んで、右から大平進・商学学術院助手、永井竜之介・同助手、左端が岩下仁・九州大学大学院経済学研究院専任講師。

ガス事業者と普及戦略研究会を組織

 天然ガス自動車とはその名の通り、家庭の台所やお風呂で使われているのと同じ、天然ガスをエネルギー源とした自動車である。天然ガスは環境性能のきわめて高いクリーンなエネルギーである。日本では電気自動車の開発や実用化は進んでいるが、天然ガス自動車というと、今ひとつ馴染みがない。

 「じつは私自身も、このプロジェクトに取り組むまで、天然ガス自動車のことはほとんど知りませんでした。欧米でもアジアでも、都市環境政策の一環として、天然ガス自動車の普及に熱心に取り組んでいるのに、日本はなぜか遅れている。この状況を何とかしたいということで、大阪ガスの友人から声をかけていただいたのが、そもそもの発端です」(恩藏教授)

 世界ではすでに2千万台が普及しているのに対して、日本ではまだ約4万台(2014年末現在)しか走っていない。佐川急便がいち早く天然ガス自動車の導入を企業理念として掲げ、1997年から積極的に導入を推進してきており、世界的にも注目されてきているものの、まだ国内での本格導入事例は少ない。

図1 世界の天然ガス自動車普及状況(2013年3月末)
出典:http://eee.tokyo-gas.co.jp/product/ngv/outline/diffusion.html
初出:「The Gas Vehicles Report」2014年3月号

 2012年度には、ガス事業者5社(東京ガス、大阪ガス、東邦ガス、西部ガス、北海道ガス)との産学連携による「天然ガス自動車の普及戦略研究会」を発足し、共同研究活動をスタートさせた。物流・運送業者、各業界の荷主企業、関係省庁、地方自治体も巻き込みながら、関係者を招いての研究会、日本の現状調査やアンケート調査、海外の現地調査などを重ねてきた。

 「行政やガス事業者の意識は高いのですが、コストやインフラなど市場がなかなか付いてこない。未形成の市場をどう創っていくか、これまで我われがやってきた消費財のマーケティング研究とは異なる、公共財のマーケティング、いわゆるソーシャル・マーケティング的なアプローチが必要とされています」(恩藏教授)

 2014年にはフランス、イタリアなど海外で先駆的な取り組みを行なっている企業や自治体を見てまわり、現地関係者との情報交換を行い、日本への導入可能性を探るなどの取り組みも行った。

 「海外では政策主導で強力に推進しています。フランスでは2020年頃までにパリ市内を走るすべてのトラックを天然ガス自動車などの環境対応車に置き換えるという政策を打ち出しています。大手スーパーのカルフールやモノプリなどがパリ市内の配送車を天然ガス自動車にしているほか、ゴミ収集車も約8割が天然ガス自動車です。既存のディーゼル車と比べて音も静かなので、早朝や深夜のゴミ収集にも打ってつけです」(大平助手)

 この他にも、例えば米国ロサンジェルス市街では2200台の大型バスすべてが天然ガス自動車に、韓国ソウル市内のバスもほとんどが天然ガス自動車に置き換わるなど、本格的な普及が広がっているという。

CNH INDUSTRIAL VILLAGE(伊、トリノ)にて

GNVERT社が運営する天然ガススタンド(仏、パリ)

3つの環境条件でダントツにクリーン

 世界でここまで普及が広がっていることの理由として、やはり天然ガスがクリーンエネルギーだという点が挙げられる。CO2排出量だけでみると、ディーゼル車よりは少し良いという程度だが、PM(粒子状物質)、Nox/Sox排出量をあわせて総合的に評価すると、間違いなく天然ガスが最もクリーンなのだ。

 「日本では、ディーゼル車のクリーン化が進んでいるので、わざわざコストをかけて天然ガス車に替えなくてもディーゼル車でいいじゃないかという声もあります。でもやはり天然ガス車に替えると空気が違うんです。札幌市では中央卸売市場で使われるターレット(1人乗りの荷物運搬車)とフォークリフトをすべて天然ガス車に替えているのですが、現地調査に行ったところ、市場内にフルーツの良い香りが漂っていることに驚きました。ターレットが500~600台も走り回っていると、排ガスの匂いが立ちこめてしまうのですが、天然ガスに替えることで空気がいかにクリーンになったかを体感しました」(恩藏教授)

フルーツの香りが漂う成果市場内(左)と市場で活躍する天然ガスのターレット(右)(札幌中央卸売市場)

 天然ガス自動車の社会的価値を広く啓発するために、一連の調査研究の成果を出版物として刊行してきたほか、「天然ガス自動車普及戦略シンポジウム」と銘打ったシンポジウムも2013、2014年と連続で開催している。ガス事業者、佐川急便など運送業者、イオンなど流通小売業者、自動車メーカーをはじめ、海外からシェル石油のマネジャー、国土交通省の担当官などが、基調講演やパネルディスカッションで濃密な議論を交わした。

 「さらに2014年には、国土強靭化・前防災担当大臣の特別講演や、国土交通省、経済産業省、環境省の各担当課長を招へいするなど、戦略的な人選で臨みました。多くの関係者が集まり、手応えを感じています。近い将来シェールガスの輸入が解禁されれば、コストの問題も大きく解決されていくことが見込まれます」(恩藏教授)

左:恩藏直人他著『エネルギー問題のマーケティング的解決』(朝日新聞出版、2013)
右:早稲田大学マーケティング・コミュニケーション研究所編『大災害時に物流を守る 燃料多様化による対応を』(早稲田大学出版部、2014)

天然ガス自動車普及戦略シンポジウム
(2014年10月23日、早稲田大学にて)

若手研究者の教育効果もねらい

 こうした産学連携の共同研究は、ポスドク研究員、大学院生など若手研究者を育成する格好の機会でもある。若手メンバーの永井助手、大平助手、岩下・九州大講師(恩藏ゼミ出身)らは、大学院生時代から研究所の活動に参加し、産学連携の現場で多くを学んでいる。

 「若い研究者は狭いテーマにターゲットを絞って研究するのですが、ここでは自分のテーマと関連づけながらより幅広いテーマに取り組み、ビジネスの現場ともかかわれる。否応なく視点を広げざるを得ないところが、逆に恵まれていると感じています」(永井助手)

 「売り手企業と買い手企業のリレーションシップが、購買行動や製品価値にどう影響するかを研究しています。天然ガス自動車の市場が普及していく現場で、より実践的な研究に携われること、また業界トップ企業の方々と接することなど、大きなメリットがあります」(大平助手)

 「大学院のビジネススクールで社会人を教えていますが、マーケティング・コミュニケーション研究所で携わらせていただいた様々な企業との共同研究の知見が、レクチャーの際に非常に生きています」(岩下・九州大学講師)

 2015年度には、大手自動車メーカーが国内初の大型天然ガストラックを開発販売する予定で、研究所に新たなマーケティング研究のテーマが生まれそうだ。一方、従来からの消費者行動に関する研究では、コープさっぽろや、薬樹と組んで、売場に流す音楽と購買行動の研究などに取り組む計画もある。社会的価値と経済的価値、消費財と公共財を架橋する、大きな視野からのマーケティング研究の展開に期待したい――。

マーケティング・コミュニケーション研究所では、多様な産学連携研究に取り組んできた。例えば、ミツカンとは、売場での効果的な商品展開や陳列について、トヨタ自動車とは、高級車レクサスの欧州展開におけるライバルのドイツ車との住み分けと競合についての調査研究を行った。他にも、ロッテ、日本コカ・コーラ、朝日新聞などとの共同研究を実施してきている。共同研究の成果や事例は、上記の書籍にまとめられている。
左 : 恩藏直人 著 『コモディティ化市場のマーケティング論理』(有斐閣、2007)
中左: 恩藏直人他 著 『モバイル・マーケティング』(日本経済新聞出版社、2008)
中右: 恩藏直人他 著『顧客接点のマーケティング』(千倉書房、2009)
右 : 恩藏直人 監修『感性で拓くマーケティング』(丸善プラネット、2010)

関連リンク

マーケティング・コミュニケーション研究所
恩藏ラボ
早稲田大学 商学学術院