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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

医学と都市計画学の統合による
21世紀型まちづくり手法の確立へ

重点領域研究機構 医学を基礎とするまちづくり研究所

 19世紀後半?20世紀初めの近代都市計画の黎明期において、都市計画学と医学は密接な関係にあった。都市計画の重要課題は、産業化により過密化し公害汚染が広がる都市に、「公衆衛生」を確保することであった。しかしながら、20世紀の経済成長とともに都市の公衆衛生が確立され、都市の機能分離が急速に進むと、医療は医学と病院の役割となり、まちづくりや都市計画学が医学の領域に踏み入ることはなくなった。

 ところが低成長経済の時代に入り、超高齢・人口減少社会に突入する現在、近代的な機能分離による都市生活は一転して経済効率にもつながらず、安全・安心な暮らしや健康さえも脅かすものとなり始めた。豊かで都市的な生活は飽食と運動不足による成人病の蔓延を、個人優先のライフスタイルはコミュニティの崩壊、出産・子育てにおける不安や孤立、単身高齢世帯の急増や孤独死の問題をもたらしている。医療費の膨張は、公共予算の重い負担となっている。政府は医療費抑制策の一環として、老後の死を在宅で迎える促進策を掲げている。戦前にはほとんどの人が自宅で生を受け死を迎えていたのが、戦後は逆にほとんどの人が病院で生を受け死を迎えるようになった。これをふたたび昔の姿に戻そうというのだ。

医学を基礎とするまちづくり研究所 所長を務める後藤春彦教授

 こうした社会的要請を、「医療をまちに還す」取り組みと表裏一体に進めるべきものと捉え、都市計画学の初心に立ち返って、まちづくりと医学・医療を融合させようという革新的取り組みが、早稲田大学と奈良県立医科大学、同大が立地する橿原市や奈良県などの自治体、NPOとの連携により始まっている。早稲田大学の推進拠点は、2015年10月、重点領域研究機構の研究所として立ち上げられた「医学を基礎とするまちづくり研究所」である。その取り組みについて同研究所の所長を務める後藤春彦・理工学術院教授に話を聞いた。

歴史的まちなみに医学を埋め込む

写真1 『医学を基礎とするまちづくり Medicine-Based Town』(細井裕司・後藤春彦 編著、水曜社、2014年)
研究所発足に先立つ2年間の共同研究の成果や将来構想がまとめられている

 医学を基礎とするまちづくり(MBT:Medicine-Based Town)という構想の発端となったのは、奈良医大の細井裕司学長が提案する「住居医学」という考え方である。細井学長は、「住環境によって病気を予防し、健康を維持するというコンセプトを医学的エビデンスを持って研究する」という発想のもと、2005年に住居医学という新たな研究領域を提起した(写真1の文献)。

 これに共鳴したのが、建築・都市計画学者であり、景観・地域デザインを専門とする後藤教授である。2008年に早稲田大学は奈良県と包括連携協定を締結、また奈良県立医科大学とも連携協力協定を締結という流れの中で、奈良医大がダイワハウスと共同で取り組んでいた住居医学の研究プロジェクトへ、早稲田の建築・都市計画分野からの参画を求める打診があったことが、そもそもの両者の出会いのきっかけだった。2012年に連携がスタートする。

 「医学部のない早稲田大学と、単科大学である奈良県立医大と、お互いに機能を補完し合いながら、価値観を共有し、対等の関係で連携をスタートさせることができました。住居医学の共同研究が、インテリジェントトイレであるとか、住居内の要素技術に帰着する傾向があったのを、もっとまちなかへ出したい、まちづくりへ結びつけたいという思いを、細井学長(当時は教授)が持っておられた。そこに我われが協力し、橿原市や周辺地域の調査研究を進める中で出てきたのが、奈良の歴史的まちなみに医学・福祉・健康を埋め込む、〈今井町アネックス〉という構想です」-後藤教授

写真2 今井町の伝統的町並み NHK朝ドラ「あさが来た」のロケ地にもなっている

 奈良医大にもほど近い今井町は、東西約600m、南北約310m、17.4haの地域に約500棟の伝統的建造物が遺る、全国でも最大規模の重要伝統的建造物保存地区である。年間3万人の観光客が訪れるが、安易な観光開発がされて来なかった一方で、高齢化や人口減少で空き家・空き地の発生が社会問題となっている(写真2、図1)。この空き家・空き地を再生・利活用し、まちなかの医療・福祉・健康のサービス、コミュニティ活動の拠点としていこうというのが、今井町アネックス構想である。介護予防のための交流スペース、地域包括ケア拠点、奈良医大を訪れる外国人研究者のためのゲストハウス、留学生寮など、様々な計画が具体的候補に上がっている。

 「法規制の関係からまちなかに医療拠点を新たに設けることは難しいのですが、健康づくりや予防医療はもちろん、脳卒中などの回復期のリハビリ拠点、あるいは妊産婦の健診や産後健診などの拠点を移していく。高齢者も妊産婦も、病気が蔓延している病院ではなく、まちなかの拠点の方が安心安全に診察を受けられるでしょう。歴史的まちなみは、認知症の予防や改善にも良いと言います。自分がいちばん元気だった時代の暮らしを想起させるような光景が、脳に良い働きかけをすることが期待できます」-後藤教授

図1 奈良医大、今井町、神武天皇陵の位置関係

医学会からも高い注目を喚起

 早稲田大学ではMBT研究所の発足により、これまでの取り組みをさらに領域横断的に拡張することが目指されている。今後の研究活動の柱として、1)高度医療に依存しない在宅医療・まちなか医療システムの確立、2)徒歩に夜外出を誘発するコンパクトな都市構造の獲得、3)逆都市化が進む郊外縁辺部のオープンスペースの適正管理、4)地域の多主体が連携・協働する仕組みの構築、という4つを新たに打ち出している。参加メンバーとして、理工学術院からは建築、都市計画、環境デザインの研究者に加えて、地域スポーツや公共交通などの研究者が、社会科学総合学術院からはまちづくりや地域コミュニティの研究者が新たに参画している。

 「ドイツのまちづくりに詳しい卯月盛夫教授には、シュタイナー教育のような海外のコミュニティ教育とまちづくりの議論なども持ち込んでほしいと期待しています。高齢者のスピリチュアルケア(生きがい創出)や終末期のQOD(Quality of Death:死の質)にも取り組んでいきます。こちらは市民参加とコミュニティ形成の実践的研究に実績がある早田宰教授の研究室が力を発揮してくれるでしょう」-後藤教授

 今後の調査研究にあたっては、コミュニティカルテを導入し、医療費の削減効果を具体的評価指標として見ていく。橿原市では、2013年の1人当たり年間医療費32万円に対して、2025年には43万円に上昇すると予想されている。研究所発足の2015年をベンチマークとして、現在の水準にとどめることを目標に定めて活動に取り組んでいく。

 今井町アネックスの取り組みを先行モデルとしながら、さらに奈良県内の他地域へも拡張していく。明日香村や高取町といった古墳時代の遺跡群を擁する地域では、ヘリテージツーリズムと医療ツーリズムの統合も試みていく。その他にも、大阪のベッドタウンとして開発された地区で、老朽化・高齢化が進むニュータウンの再生などにも取り組んでいく計画である。

図2 まちなみ医療とまちなみ景観の相互補完関係の構築

 2015年4月には、4年に1回開催される日本医学会総会において、医学を基礎とするまちづくりが特別企画に取り上げられ、細井学長、後藤教授らがメイン会場で講演した。医学関係者からの注目の高さがうかがえる。政府の地方創生政策において地域活性化モデル事業にも選定された。共同研究や事業に参画する企業が集まりMBTコンソーシアムも発足し、2016年1月にキックオフシンポジウムも開催された(写真3)。医学と都市計画学の統合による、超高齢社会のまちづくりの本格的始動から目が離せない――。

写真3 MBTコンソーシアム キックオフシンポジウム
全参加者数630名。奈良医大の69名の教授(代理含む)が長机に座り、参加企業293社、536名の相談に応じた。

関連リンク
早稲田大学 医学を基礎とするまちづくり研究所
早稲田大学 理工学術院
早稲田大学 社会科学総合学術院