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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

高度先進医療の安心安全かつ
迅速な社会実用化過程を確立する

重点領域研究機構 医療レギュラトリ―サイエンス研究所

医療レギュラトリーサイエンス研究所の所長を務める梅津光生・理工学術院教授

 科学技術の進歩に伴い、医療は急速に進化を遂げている。しかしながら、患者の安心安全を十分確保しつつ最先端の医療を迅速に実用に供していくことは、言うまでもなく大変に難しい。新しい医療技術を一刻も早く必要とする人々がいる一方で、信頼性が不十分なまま新しい技術を実用に供することは許されない。そのために医薬品や医療機器の実用化には、綿密な前臨床試験、臨床研究・治験などが義務づけられ、動物や人間で安全性と有効性をしっかり確認することが求められている。一部、社会的緊急性の高いものには特例措置もあるが、ほとんどの場合、厳正に定められた試験過程に沿って十分なデータを収集し検証せねばならず、開発から製造・販売の認可取得までに10年20年を要することも少なくない。

 どうしたらこの一連の過程をより効率的・効果的に進めることができるのか――意外にもこの「医療技術の社会的実用」という重要なテーマに取り組む専門分野の確立、専門家の育成は、科学技術の進歩とは対照的に立ち後れてきた。急激な医療技術の進歩に評価試験の方法論が十分対応できていないことに加えて、最大の問題は、科学者、医療従事者、産業界、行政、法律家、倫理学者、そして患者…と、多岐にわたる利害関係者間での価値判断の基準を調整することの難しさにある。一方でより高度で信頼性の高い評価試験技術の確立が、他方でどんな場合にどのような価値判断をしていくべきかの科学的かつ倫理的な基準の確立が急がれている。

 これらの問題に総合的な視点で取り組み、生命医科学や医療工学の基礎に基づく先進医療のガイドライン策定から、専門人材育成にまで取り組むのが、医療レギュラトリーサイエンス研究所である。2013年10月に発足し、2015年10月には早稲田大学の重点領域「21世紀型安心安全社会の実現と生活の質の向上」に採択され、重点領域研究機構の拠点として組織的展開を本格化している。同研究所の所長を務める梅津光生・理工学術院教授に話を聞いた。

世界最先端の専門大学院を設置

写真 大学院 共同先端生命医科学専攻 講義風景

「医用工学と人工臓器の世界をずっと歩んできたなかで、自ら開発にかかわった補助人工心臓を人間に初めて使うという経験――専門用語でこのことをFirst In Human:FIHと言いますが――を2回も体験しました。最初は1982年、開設されたばかりの国立循環器病研究センターの研究員として、2回目は2005年、東京女子医大との共同研究の成果に基づく臨床応用です。血液循環系の機械モデルでのシミュレーションや動物実験を十分にやっていても、やはり人間でうまくいくのかどうか不安で、寝付いても眠りが浅く、悪い夢を見てガバっと起きる、そんなことが続きました。それで思ったのが、こんな不安や心配は次世代研究者のためにもできるだけなくさないといけないということです。制度や環境を整えなければ、有望な技術に対して、勇気をもって実用に挑戦しようとする人は増えません」(梅津教授)

 事実、日本の基礎医学の研究においては、ネイチャーやサイエンスなど権威ある科学雑誌への論文の採択数は多いのに対して、臨床医学の研究ではトップジャーナルへの採択数は世界で20番目程度に後退する。基礎から臨床への橋渡しが圧倒的に弱いのである。医療機器の実用化でも、日本は計測・診断機器では世界トップレベルだが、治療機器では立ち後れている。

「ずっと悶々としてきたのですが、早稲田の特任教授になられた笠貫宏先生(元東京女子医科大学心研所長)と池田康夫先生(元慶應義塾大学医学部長)に、“レギュラトリーサイエンスというのがあるよ”と教えていただいた。まさにこれこそ自分が求めてきたものだと思い、本学と女子医大とで、医療レギュラトリーサイエンスを専門とする共同大学院として共同先端生命医科学専攻(博士課程)を2010年に立ち上げました。すると驚いたことに、関連分野ですでに十分な経歴をお持ちの方々が、次々に入学されて来られたのです。国の行政官、外科医、グローバル企業やベンチャー企業のコアとなる人、中には医学部の教授や准教授も早大の学生となり、そのまま講師になっていただいてもおかしくないような方々が、わざわざこの新しい大学院に学びに来られています。そして開設後4年間で30名もの方が博士号を取得されました。九州やシリコンバレーから毎週(土)の講義に出席するために通われている方もいます。それだけ期待されていた領域なのだと改めて実感させられました」(梅津教授)

「非臨床」の評価手法確立へ

図1 国の「革新的医薬品・医療機器・再生医療製品実用化促進事業」(H24―28)では、旧帝大系の国立大学や国立病院と並んで、医療レギュラトリーサイエンス研究所を擁する先端生命医科学センターが採択拠点となった(厚生労働省資料より)

レギュラトリーサイエンスを直訳すれば「規制科学」「調整科学」となるが、1987年に世界で初めてこの概念を提唱した内山充氏(当時・国立衛生研究所長)は、「科学・技術の進歩を、真に人と社会に役立つ最も望ましい姿に調整(レギュレート)するための科学」と定義した。それからおよそ四半世紀、東日本大震災後の2011年8月に閣議決定された第4期科学技術基本計画では、超高齢社会を見据えて「ライフイノベーション推進のためのシステム改革」が柱の1つに挙げられ、「医薬品・医療機器分野でのレギュラトリーサイエンスの充実・強化を推進していく」ことが、明確に国の政策指針として掲げられた。共同大学院の設置は、まさに時宜を得た取り組みだった。

 大学院が先行し、研究所も組織された。現在、研究所には学内17名、学外招聘研究員20名ほどのメンバーが所属し、分野領域別の6つのチームが連携しながら、5つの研究テーマ:①医療機器承認時のベネフィット・リスク評価、②医療機器のFirst in humanにおけるベネフィット・リスク評価、③医療機器の市販後安全対策としてのベネフィット・リスク評価、④医療機器のコスト・ベネフィット評価と医療技術評価、⑤医療機器のベンチャーキャピタル論の展開、に取り組んでいる。

 国の医療機器実用化促進事業にも参画し、医療機器や再生医療分野での実用化へのガイドライン構築という重要任務も果たしている(図1、図2)。厚生労働省、(独)医薬品医療機器総合機構といった国の政策機関からの信頼は厚い。

図2 評価科学としての医療レギュラトリーサイエンスのコンセプト

「キーワードは“非臨床”。文字どおり“臨床に非ず”――臨床ではない手法、人間を対象とする被験者実験に代わる、あるいは補完する評価試験手法の確立という具体的な活動目標を通じて、レギュラトリーサイエンスの学問としての確立を追求しています」(梅津教授)

図3 ステントグラフト(人工血管にステント=バネ状の金属を取り付けた新型人工血管)の最適留置法を開発

 “非臨床”の強力な手段となるのが、梅津教授らが長年取り組んできた血液循環シミュレータをはじめとするエンジニアリング的手法である。しかも単なる工学ではない、医用工学としての高度な専門性を有している。例えば、血液はサラサラしたりドロドロしたりまさに千変万化の生き物で、単純な流体力学モデルではシミュレーションできない。循環系の機械モデルを開発すればいいという話ではなく、そこに流れる血液のモデルをどう精緻に再現するか、実際に動物の血液を流してみるなど、深い試行錯誤が必要とされる。最近注目のステント治療――金属などでできた治療器具を体内に入れて血管を拡張・保持する技術についても、加速耐久試験法を確立し、実時間よりもずっと少ない試験時間で耐久性データを取得している(図3)。これを梅津教授は「Engineering Based Medicine」と呼んでいる。

 抽象的な理念や方針だけではなく、具体的にどういう評価をすべきなのか、そのためにどんな実験や方法を導入すべきなのかまで含めて、実践的なガイドライン構築ができることが、他にはない最大の特徴であり強みである。早稲田大学の医工連携の歴史は、まさに医療レギュラトリーサイエンスを追求してきた日々でもあった。その蓄積が余すところなく生かされていくであろう、今後の展開に期待が大きい――。

関連リンク

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