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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

アジアにおける環境・エネルギーの
社会科学拠点を形成する

重点領域研究機構 環境経済・経営研究所

環境経済・経営研究所所長を務める有村俊秀・政治学術院教授

 京都議定書により、温暖化ガス削減目標の国際的合意を打ち出した1997年の気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)から約20年、世界の地球温暖化対策/持続可能経済への取り組みは決して順調に進んできたとは言えない。国ごとの進捗状況の温度差も大きい。ドイツは環境税導入など、積極的な環境政策によって温暖化ガスの抑制、再生可能エネルギーへの転換などで世界を主導する成果を出してきた。アメリカは京都議定書への批准を取り下げるなど、最近まできわめて消極的態度だったが、気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定では、中国、アメリカという、世界第1位・第2位の排出量大国が、共に削減目標を掲げるという画期的な展開がみられた。

 一方、日本はといえば、2030年へのCO削減目標は示されてはいるものの、達成への具体的道筋は明確ではない。EUではすでに政策効果の高い排出量取引制度が導入されており、アメリカでも同様の制度が導入される見込みだが、日本ではそうした制度導入の可能性は未だ見えていない。日本の排出量削減に効率的な制度とは、また企業や個人など省エネ行動の主体に受容可能な制度とは、日本の実情に適した効率的な制度設計とは、果たしてどのようなものなのか――。

環境経済・経営の研究力を結集

 こうした問題意識のもと2016年度、早稲田大学重点領域研究機構環境経済・経営研究所が新設された。世界的な視野から環境政策・環境行動をめぐる調査研究プロジェクトを組織し、国際的な学術誌を中心に成果を出すとともに、実証データに基づく政策提言を行うことを目標に掲げる同研究所について、所長を務める有村俊秀・政治経済学術院教授に話を聞いた。

 環境経済・経営研究所という名称のとおり、同研究所には早稲田大学を横断して、環境を専門とする経済学・経営学系の研究者を中心に約10名が結集、また国内外の共同研究者約10名の参画も得て、幅広いテーマの研究プロジェクトがスタートしている。

「前身となる環境と貿易研究所では、先進国・途上国を越えた国際的な環境規制が貿易にもたらす障壁や二国間クレジット制度にターゲットを据えて共同研究に取り組んできました。新しい研究所では、企業や消費者などあらゆる主体へと射程を広げ、環境行動、環境政策を総合的に研究していきます。本学の環境系の経済学・経営学、さらには政治学の研究力を結集して、アジアにおける環境・エネルギー研究の社会科学拠点としての地位確立を目指しています」(有村教授)

図1 5つの研究プロジェクトと研究員

 日本では、環境経済・経営の総合的研究を柱として据えている拠点は少ない。同研究所では、(1)省エネ、(2)途上国、(3)炭素価格、(4)企業、(5)政策受容の、5つの研究プロジェクトを組織し、同分野での総合的な研究を展開している。

生活者の環境行動受容過程を探る

 省エネプロジェクトでは、一般家庭での省エネ行動について、例えば、どういう情報を与えると省エネ行動が進むのか、親戚や知人など周囲の人たちの行動にどう影響を受けるのか(いわゆる同僚効果)といった調査研究に取り組んでいる。不特定多数の対象者への質問紙調査だけでなく、集合住宅など特定のコミュニティの住民を対象に、実際に情報を提供するなどしながら、行動変容を継続的に観察調査する実証実験的な調査に取り組んでいく。

「これまでに商学学術院の片山東准教授との共同研究で、ISO14001のような環境経営の国際ルールを導入して積極的に省エネを推進している企業の従業員は、家庭に帰っても同様に省エネに積極的になる傾向があるという調査結果を得ています(参考記事)。では、なぜそのような行動を取るのか、それは日本人に特有の行動なのか、心理学と経済学の学際領域である行動経済学のアプローチを用いて、さらに掘り下げていきたい。建築・都市環境学が専門の高口洋人教授(理工学術院)にも参加してもらって、マンションなど集合住宅での実証実験も推進していきます」(有村教授)

 一方、途上国プロジェクトでは、従来の貿易による影響とは異なるアプローチで、家庭のエネルギー選択行動の調査研究に取り組んでいる。途上国では室内で薪や牛糞を燃やして料理をするところが多いが、この室内大気汚染が健康に悪影響をもたらすとWHO(国際保健機構)が2006年頃から警鐘を鳴らしており、灯油や電気などへの転換が、途上国のエネルギー政策の重要課題となっている。

「すでにインドからの留学生が出身地域の集落を対象に、燃料は何を使っているか、健康・体調は、家計状況は、室内環境汚染についての知識はあるか、他のエネルギー源に変える意向があるか、親戚や近所に変えた人はいるかなどについて事前調査を実施しています。これから本調査に入り、継続的な観察調査を行っていきます。ブータンでも同様の調査を行う予定です」(有村教授)

インドでの観察調査

日本で排出権取引はなぜ進まない

有村教授の編著による『温暖化対策の新しい排出削減メカニズム』(日本評論社、2015/3)。二国間排出権取引制度を中心とした近年の新しい排出削減政策についてまとめている。

 一方、炭素価格プロジェクト、企業プロジェクトでは、産業界を対象とした研究を進めている。炭素価格(カーボンプライシング)プロジェクトでは、先述した排出権取引制度など、COに価格を付けて市場原理で取引することで効果的な削減を追求する政策が、日本の産業にどのような影響を与えるのかについて検討する。また、政策がどのような要因で推進あるいは阻害されるか、国際研究などから日本への政策提言、制度設計に貢献する成果が目指されている。

「カーボンプライシングは、最近改めて注目されており、欧米だけでなくアジアでも導入が広がっています。中国では10都市・地域で導入され、2017年には全土へ広げると言っています。韓国でもすでに導入されています。これに対して日本のカーボンプライシングへの取り組みは活発とはいえません」(有村教授)

 日本では排出権取引制度などの環境政策に対して、産業界からの抵抗が大きい。行政の規制がなくても企業の自主的取り組みで十分とする意見が根強くある。産業界の排出量規制にかかわる管轄省庁が経済産業省と環境省にまたがり、両者の見解や方針のスタンスの違いもある。

「東京都をはじめ排出権取引制度が導入されているいくつかの自治体について、政策の効果を調べるとともに、日本全体としてなぜ進まないのか、企業の自主的取り組みはどれだけ効果が上げられるのか、企業プロジェクトとも関連させながら調査していきます」(有村教授)

 さらに企業プロジェクトでは、アリゾナ州立大学との共同研究で、グリーン調達・購入の取り組みの日米国際比較調査を実施する計画だ。産業界では、企業単体を超えて調達~生産~流通~消費~リサイクル~廃棄までのサプライチェーン全体での取り組みが鍵を握る。企業には自社製品のライフサイクル全体に責任を持ち、企業間連携のもとでより効果的な環境負荷低減に取り組むことが求められている。日米の業界慣習の違いなどが、果たしてこうした取り組みにどのような違いをもたらしているのかも明らかにしていく。

効果的で受容可能な環境政策とは

有村教授、研究所の招聘研究員でもある岩田和之氏(高崎経済大学准教授)の共著書、“An Evaluation of Japanese Environmental Regulations: Quantitative Approaches from Environmental Economics” (Springer; 2015)は、日本の環境規制について初めて量的分析に基づく政策評価研究をまとめている。

政策受容プロジェクトでは、以上の研究プロジェクトの成果も踏まえながら、より効果的で受容されやすい政策や制度のあり方を研究していく。海外の学術連携拠点と国際共同研究を組織し、政策形成と受容過程について日米欧の比較研究なども行っていく計画だ。

「日本では、電力自由化による再生可能エネルギーへの転換、自動車のガソリンから水素や電力への転換などが進められています。社会全体が大きく環境志向へシフトするなかで、これまでガソリン税をはじめ環境負荷の高い活動から得ていた税の代わりとなる財源をどう捻出するか。国民の税負担の増加は避けられないなかで、新しい政策と制度の設計が急務です」(有村教授)

 環境の持続性と経済の持続性、どちらも両立して支えられるような環境政策のあり方とは――環境経済・経営研究所の今後の研究成果への期待が大きい。

図2 国内・海外の外部機関との連携

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