早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > 早稲田評論 > 美術評

早稲田評論

▼美術評

坂上 桂子/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部)  略歴はこちらから

日本のアートシーン 第一回

「森村泰昌:なにものかへのレクイエム―戦場の頂上の芸術展」
A Requiem: Art Top of the Battlefield by Morimura Yasumasa

坂上 桂子/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部)

 男になった森村が日本を巡っている。

 森村はこれまで、女になるアーティストだった。モナ・リザからフリーダ・カーロまで美術作品の主人公にまんまとなり、マリリン・モンローやカトリーヌ・ドヌーヴ、岩下志麻から宝塚の女優まで、世界中の女性を演じてきた。

 ところがそんな森村が、20世紀の歴史の主人公を演じるべく男性になった。ヒトラー、レーニン、毛沢東、チェ・ゲバラら政治家に。またピカソ、ポロック、ダリ、ウォホール、手塚治らアーティストに。さらには、森村自身が同時代で体験した政治的事件の主人公、すなわち1960年暗殺される浅沼稲次郎、1970年陸上自衛隊市谷駐屯地で演説する三島由紀夫、1968年射殺されるベトコン兵士の捕虜グエン・ヴァン・レムにもなっている。

 映像・写真によるこれらの作品は、森村らしいユーモアと滑稽さ、および身近な場面設定によって、ヒトラーの独裁もベトナム戦争での出来事も、観者を対象にぐっとひきつけるのに成功している。チャップリンの映像を重ね演じられるヒトラーが書斎から眺める風景は大阪の中ノ島の光景だし、演説するレーニンの背景にあるのは赤の広場ならぬ釜ヶ崎。ベトナム兵士が銃を突きつけられる路上は、どうみても日本のデパートが並ぶ街中にほかならない。そのためあたかもこれらの事件は、私たちの身近で起きた印象をあたえる。

 ヒトラーの演説は、国家の話かと思いきや、いつの間にか個人の話へとシフトし、「独裁」が大きな政治的問題である前に、私たち一人一人の私的問題にはじまるものであることを訴える。森村の独裁者は次のように問いかける。「あなたは、家族や恋人や友人に対する独裁者になっていませんか。あなたは、花や木や小さな虫や道の石ころに対する独裁者になっていませんか」。

 大きな世界大戦を生み出した不幸な20世紀は終焉し、21世紀をむかえたというのに、戦争、核、テロの驚異はいまだ収まる気配はなく、世界の緊張は続く一方だ。展覧会のタイトルになっている「レクイエム」とは「鎮魂曲」という意味だが、そこには、もういいかげんに静まってもらいたい20世紀のおぞましい魂への願いと、それらがいまだに復活しそうな気配と予感が暗示されているかのようでもある。

 森村の独裁者は演説の最後を次のように締めくくる。「21世紀の独裁者は悪人の顔をしていません。21世紀の独裁者は目にみえない幽霊です」。

 女性になることでむしろ政治からも歴史の表舞台からも隠れることを装ってきた森村が、20世紀を支配した主人公のとりわけ「マッチョな」男性たちに今あえて自らなりきり、20世紀という時代を生きなおす意味は何か。東京、恵比寿の展覧会場には、最近通常の展覧会でみかけるよりもはるかに多くの大学生らしき若者の姿が目立った。親しみやすいアートの力で若者たちを引きつける森村。森村の発する21世紀というあらたな時代への強烈なメッセージは、彼らの心にしっかりと届いていることだろう。

(東京都写真美術館2010年3月11日―5月9日、豊田市美術館2010年6月26日―9月5日、広島市現代美術館2010年10月23日―2011年1月10日)

坂上 桂子(さかがみ・けいこ)/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部)

早稲田大学第一文学部美術史学専修卒業、同大学院文学研究科を経て現職。専門は近現代美術史。主な著書に『夢と光の画家たち-モデルニテ再考』スカイドア(芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞)、『ベルト・モリゾ-ある女性画家の生きた近代 』小学館など。