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Photo©Akira Kinoshita
菅野 由弘/早稲田大学理工学術院・表現工学科教授・作曲家  略歴はこちらから

失われた伝承を求めて

国立劇場 雅楽公演「散吟打毬楽」

菅野 由弘/早稲田大学理工学術院・表現工学科教授・作曲家

 失われた伝承を求めて「復曲」を試みる、国立劇場の雅楽公演「散吟打毬楽(さんぎんちょうぎゅうらく)」が、去る6月12日に開かれた。雅楽が日本の伝統音楽であることは、ほぼ皆さんがご存知であろう。しかし、それを本当に聴いたことがある日本人がどの位いるか、と考えると、「失われた伝承」どころか、日本人の心の中から「忘れ去られた伝統音楽」なのかも知れない。しかし近年、年に数回開かれる国立劇場の「雅楽」や、仏教の典礼音楽で、グレゴリオ聖歌とも並び称されるべき「声明(しょうみょう)」の公演は、毎回満員御礼の札が出る盛況である。忘れ去られかけている日本の伝統音楽の中には、日本人の音楽に対する原風景が隠されている、という意味を見直そうというお客様が増えていることも事実である。そんな中、更に伝承が途絶えた音楽を復元し、かつての「伝統」を見直してみようという意欲的な試みが行われた。

「散吟打毬楽」雅楽(写真提供:国立劇場)

「三十二相」雅楽と声明(写真提供:国立劇場)

 日本の雅楽の伝承の始まりは、西暦の700年代、声明は500年代から始まっていると考えられる。西洋音楽では、グレゴリオ聖歌が先ず発達し、その伴奏として楽器の音楽が発達して来た経緯がある。この例から考えると、日本でも、声明があり、そこに付随して雅楽が発達する、という事になりそうだが、どうも日本の事情は違っていたようだ。この両者は深く関わり、同じ儀式の中で演奏されることも多々あったが、基本的には別々の音楽が「同時に演奏される」形であったようだ。

 そうした中で「伶人と声明師、能々心得合、此の曲に会すべし。両方調練有るべき事也」と伝えられた声明「三十二相」と、それに合奏される曲として、雅楽「散吟打毬楽」の復曲が行われ、本当の意味での「合唱奏」が披露された。「雅楽の演奏者と、声明師が、それぞれ心を合わせ、この曲に会し、両者で調練せよ」というかつての言葉通り、龍笛の名手である芝祐靖氏が、明治期に廃絶された古譜を元に復曲、その後、声明との摺り合わせを経て、失われた伝承が再び日の目を見た。もちろん「本当のかつての姿」がどうであったかは知る由もない。が、国立劇場と芝祐靖氏の古譜に基づく丁寧な研究による復曲は、信頼するに足る仕事である。そこに現れた響きには、どこか現行の雅楽にはない新しい響きが感じられ、音楽として大いに楽しめた。また、今回の公演で、第一部、雅楽として復曲された「散吟打毬楽」の演奏と、第二部、「両方調練後」の声明と雅楽の演奏、という両方が提示されたことも、大いに評価したい。

「三十二相」雅楽(写真提供:国立劇場)

「三十二相」声明(写真提供:国立劇場)

菅野 由弘(かんの・よしひろ)/早稲田大学理工学術院・表現工学科教授・作曲家

東京芸術大学大学院作曲専攻修了。79年「弦楽四重奏曲」がモナコ・プランス・ピエール作曲賞。94年、電子音楽「時の鏡I ―風の地平」がユネスコ主催IMC推薦作品、02年「アウラ」でイタリア放送協会賞受賞。作品は、国立劇場委嘱の雅楽、聲明、古代楽器のための「西行―光の道」(春秋社刊)、NHK交響楽団委嘱のオーケストラ「崩壊の神話」、NHK大河ドラマ「炎立つ」、NHK「フィレンツェ・ルネサンス」など。