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嶋田 由紀/早稲田大学文学学術院助教(文化構想学部)  略歴はこちらから

サイボーグの系譜:原克『身体補完計画 すべてはサイボーグになる』

嶋田 由紀/早稲田大学文学学術院助教(文化構想学部)

 身体が機械に接続されること―これを「サイボーグ」と呼ぶなら、快であろうと不快であろうと、わたしたちはサイボーグ的身体イメージを基本として生きざるを得ない状況にある。それは、『攻殻機動隊』、『新世紀エヴァンゲリオン』の大ヒットが物語っているし、心臓ペースメーカー、義手はもとより、Wii、iPhoneなど、機械と繋がる場面が日常化していることからも明らかだ。

 では、有機的身体と無機的機械という本来なら相反する存在が、共生可能なものとして意識され始めたのは、いつからなのだろう。「サイボーグ宣言」で有名なダナ・ハラウェイは、「機械と生物の雑種」としての人間存在の登場を20世紀後半に置いている。だが、原は、その基盤となる身体イメージの計画(プログラム)はすでに20世紀前半に始動しているという。サイボーグ化が機械と身体の「境界侵犯」によって起こるのであれば、計測機械による身体形状・内的機能の「数値化」、「高周波電流」による「無機物と有機物との通分」、身体の「部品交換可能性」がその前過程として提示されなければならないというのだ。

 本書の特長的な点はこれにとどまらない。深いメディア論的理解のもとに、科学系大衆(ポピュラー)雑誌をサイボーグ・イメージの供給源として分析していることだ。科学の最前線を客観的な筆致で伝えるとともにその時々の人々が漠然と抱く身体イメージを学術的成果と擦り合わせる。こうした役割を大衆(ポピュラー)雑誌は担っている。それゆえ、記事に添えられた写真に対する配慮も忘れていない。殺虫剤の効力を測るため心拍計測器に繋がれたゴキブリ、ヒトの心拍音のラジオ放送、犬の生首を人工心臓につないで生きながらえさせる実験、高周波電流によるテレパシー伝送実験など。本書ではこれらを報じる写真が豊富に引用され、丁寧に分析がなされている。実験そのものは、今日ならマッド・サイエンティスト的試みとして一笑に付されるものかもしれないが、その様子を伝える写真は、身体と機械の「境界侵犯」を当時の人々に視覚的に了解させてしまうほどのインパクトをもっていたからだ。

 とはいえ、このような実験はある種の後味の悪さを拭いきれない。『新世紀エヴァンゲリオン』の「人類補完計画」を想起させる本書のタイトルに関して、著者は「おわりに」でこうコメントしている。「完全なる状態」をめざして身体を「補完」するか否かは個人の自由に委ねられる、しかし、「余人が、いかなるものであれある特定の状態を指して、完全ではない状態と認定することは厳に慎まなくてはならない」。

 サイボーグの系譜をたどったあとで、今もなお「完全」をめざしつづける欲望とそれを媒介するメディアをわたしたちはどう考えるだろうか。

原克『身体補完計画 すべてはサイボーグになる』青土社 2010年

嶋田 由紀(しまだ・ゆき)/早稲田大学文学学術院助教(文化構想学部)

茨城大学人文学科人文学部独文科卒業、早稲田大学文学研究科を経て現職。専門は身体表象論、メディア論。著書として『纏う』(共著、水声社)、『30日で学べるドイツ語文法』(共著、ナツメ社)、主な論文として「記号化しドット化するコンドームー1987年以降のエイズ予防キャンペーンにみる<生政治>」(『ワセダ・ブレッター』所収)など。