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▼美術評

坂上 桂子/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部)  略歴はこちらから

日本のアートシーン 第二回

釜山ビエンナーレの日本人アーティスト
―名和晃平と鴻池朋子

坂上 桂子/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部)

 10月はじめ、大学院の学生たちと釜山ビエンナーレを訪れた。本展は国際美術展としては10年の歴史をもち、今年はじめて日本人のディレクター、東谷隆司が起用されている。訪れた時は残念ながら、美しい景観を利用しての浜辺でのインスタレーションは終了していたが、別会場の展示も十分見応えあるものだった。

 今年は「Living in Evolution(進化のなかに生きる)」をテーマに、23か国から72人のアーティストによる161作品が展示されている。ラインナップは、その他の国際展でも共通の顔ぶれも少なくなかったが、メイン会場となっている市立美術館は展示スペースが大きく、現代アートの展示をより充実したものにしていた。また、しばしば難解として避けられがちな現代アート展にもかかわらず、幼稚園から中・高校生の団体が教員とともに朝からじつに多く訪れているのも印象的だった。

釜山市立美術館:生徒たちが朝からたくさん訪れている

 出展アーティストのなかで際立って見えたのは、名和晃平。「ドット(点)」をモチーフに、異なる手法の作品を展開した構成をみせる。左右の壁に3枚ずつかけられた青いモノトーンの点の絵にいざなわれ中へ入ると、次の部屋では、床面に、三原色の赤・青・黄のドットが動く映像「ドット・ムーヴィー」が映し出される。さらに奥の部屋では真っ暗な空間のなか、シリコンオイルの白い泡がぷつぷつと音をたて煙を出しながら、ドットを噴出し「イメージが生まれる母体そのもの」を表現している。カンヴァスから映像、そして科学的物質を使った立体へと、三段階に展開される異なる媒体によるドットの世界は、伝統的手法から現代への推移を感じさせると同時に、目から、より全体的な身体性へと感覚を徐々に刺激していく構成ともいえる。「ドット・ムーヴィー」の上を幼稚園の子供たちが歩き、発砲する「母体」を女子高校生たちが取り囲んでみる様子は、日本の展示ではみられなかった光景だ。

名和晃平氏の作品「ドット・ムーヴィー」

ショートパンツの少女の足を立体で表現した鴻池朋子氏の作品

 現代アートにおいては、本ビエンナーレの多数の作品も例外ではないが、観者をやたらに驚かせたり、脅したり、つまり刺激的・衝撃的映像や音をもって、その不快さや醜さで気を引くものが少なくない。そうしたなか、主張しすぎずにじっくりと本質を感じさせることで、ゆっくりと観者を作品へと引き込んでいくその抑制されたスタイルが、むしろ本作を、他の作品から際立たせ強くアピールするものとなっていた。

 鴻池朋子の展示も興味深い。作品はショートパンツの少女の足を立体で表現したもの。白いソックスに赤い靴を履く少女の足は、まるでアニメから抜け出てきたような雰囲気なのだが、上半身はなく、一瞬、見るものをぎょっとさせる。市立美術館には椅子に座っている姿のものが、また少し離れたヨット・センターの会場では、屋根の上に2人の少女の姿が置かれていた。これまでにも足をモチーフに制作してきた作家だが、ここでは思い切って上半身を表現しないことで、足のイメージがより強調されている。それはかつて、切断され、男性の欲望の目にひたすら晒される「もの」としてマネが提示した女性の足のイメージとは正反対のものだ。彼女のイメージは、意志さえあれば自由に、どこへでも行くことのできる、つまり、屋根の上にでもふわりと簡単に舞い降りることのできる、やんちゃでお転婆な軽やかな女性として表現されている。上半身の欠如は、匿名性を獲得することで、誰もが彼女になりえる普遍性を喚起させるものとなっているのである。

 釜山ビエンナーレではこのほか、市内の各ギャラリーでも関連の展覧が行われており、やなぎみわなど、日本人アーティストを含む興味深い企画が見られる。

ヨットセンター会場(右)と会場から望む釜山の街の景色:タワーマンションが建設ラッシュ

ビエンナーレのコマーシャル:こうしたコマーシャルが街のところどころにみられる 

釜山ビエンナーレ

2010年9月11日―11月20日(釜山市立美術館、ヨット・センターほか)

坂上 桂子(さかがみ・けいこ)/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部)

早稲田大学第一文学部美術史学専修卒業、同大学院文学研究科を経て現職。専門は近現代美術史。主な著書に『夢と光の画家たち-モデルニテ再考』スカイドア(芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞)、『ベルト・モリゾ-ある女性画家の生きた近代 』小学館など。