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坂上 桂子/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部)  略歴はこちらから

日本のアートシーン 第三回

やなぎみわの「メイドカフェ」

坂上 桂子/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部)

 「メイドカフェ」なるものにはじめて行ってみた。

 といっても、現代美術作家のやなぎみわがプロデュースしたもの。2010年10月30日から11月28日に池袋で行われた演劇祭「フェスティバル・トーキョー」のイベントのひとつとして期間限定でオープンしたカフェである。

 池袋駅の前、東京芸術劇場横に突然開店したのは「カフェ・ロッテンマイヤー」。ロッテンマイヤーとは、『アルプスの少女ハイジ』に出てくる執事の名前である。

 カフェに入ると、「お帰りなさいませ、お嬢様」と、メイド(執事)が出迎えてくれた。通常の「メイドカフェ」におけるお決まりの出迎えの挨拶らしいが、ここでは本物の「メイドカフェ」とは何もかも逆転している(らしい)。店内でサービスをしてくれるのは、ミニスカートの若いメイドではなく、白髪にロングスカートのおばあさま方。お出迎えの声は、甲高いトーンのかわいらしい声とは程遠いドスのきいた貫禄ある低音。おばあさまメイドには、作り笑いも愛想笑いもない。笑顔どころか、みんな怒っているかのようなしかめ面。いや、厳格な面持ち、といったほうがいいのだろう。通常のメイドカフェを期待して入ったら、思わず、なんて怖いところに入ってしまったのか、と思うかもしれない。

 おばあさまメイドたちはこうして、淡々と客を迎えるが、時折、みんなでお菓子作りをしては、もてなしてくれる。カフェにやってきたご主人さま、お嬢様も、ただ見ているだけではすまない。いろいろと手伝わされるのだが、歌に踊りで構成されたもてなしは、なかなか味わいがある。帰り際には、相変わらずのしかめ面で「いってらっしゃいませ、お嬢様」の声で見送られる。しばらく滞在すると、なぜかまた戻ってきたい衝動にかられたのは私だけはないだろう。

 やなぎみわは、1980年代、「エレベーター・ガール」を主題にした一連の作品を発表して以来、現代の「女性」をテーマに興味深い作品を発表している作家である。近年は、若い女性たちに50年後の自身を想像してもらった「マイ・グランドマザーズ」や、2009年ヴェネツィア・ビエンナーレ出品作である「ウインドスウェプト・ウィメン」のシリーズなどを展開。女性の「生」や「老」を主題にした作品が多い。

 今回の「カフェ・ロッテンマイヤー」は、パフォーマンスと演劇(カフェの営業とは別に同カフェ内で上演された)によるもので、写真を主体とした今までの一連の作品と媒体こそ異なるが、主題・コンセプトにおいては均質のものといえよう。

 カフェのメイドが、20代から40代の女性たちのいわゆる「コスプレ」で行われていたのも、これまでの作品同様に、積極的に「演じる」ことで、いわゆる「老」を暗くマイナスなイメージとしてではなく、どこか、あっけらかんとした肯定的なイメージに仕立てる彼女の手法といえる。だがそのなかで垣間見られる、不自然さ、ぎこちなさゆえの揺らぐイメージは、その両義性と曖昧さによりグロテスクでさえあり、限りない不安を含んだものともなっている。

 今やアニメ同様、メイドカフェは海外にも進出しているらしい。メイドカフェもコスプレも、現代の「かわいい」日本文化の一端を反映したものといえようか。日本の現代の若い女性たちには、まるでコスプレのごとく装い、メイドのごとく振る舞い、ひたすらかわいい「少女」でありつづけることが、目にみえない妖怪のように強迫観念としてのしかかっているかのように感じられることが少なくない。やなぎが展開する女性のイメージは、そんな女性たちの隠された本音を、逆説的にみごとに暴き出しているようにもみえてくるのである。

カフェ・ロッテンマイヤー

カフェ営業日:10/30(土)、31(日)、11/6(土)、7(日)、13(土)、14(日)、20(土)、21(日)、23(火・祝)、27(土)、28(日)

営業時間:12:00~22:00

◎料理ショー 毎営業日の午後には、おばあちゃんメイドたちがお菓子作りでおもてなし。
通常は13:00頃~/16:00頃~に二回を予定。

◎演劇公演(店内)
やなぎみわ脚本・演出、ロッテンマイヤーたちの出演による、カフェ内演劇を上演します。
演劇公演日程:11/23(火・祝)、27(土)、28(日)
開演:23日/19:00  27、28日/18:00
会場:東京芸術劇場前 F/Tステーション 豊島区西池袋1-8-1

坂上 桂子(さかがみ・けいこ)/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部)

早稲田大学第一文学部美術史学専修卒業、同大学院文学研究科を経て現職。専門は近現代美術史。主な著書に『夢と光の画家たち-モデルニテ再考』スカイドア(芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞)、『ベルト・モリゾ-ある女性画家の生きた近代 』小学館など。