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石井 昌幸/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授  略歴はこちらから

私論:オフサイドはなぜ反則か?

石井 昌幸/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授

 サッカーやラグビーにはオフサイドという反則があるが、そもそもそれは、どうして反則なのだろうか。このことについては、教育学者でスポーツ史家でもある中村敏雄氏が、これまでに多くの論考を発表してこられた(『オフサイドはなぜ反則か』(三省堂:1985、平凡社:2001)、『中村敏雄著作集8:フットボールの文化論』(創文企画:2009)など)。そこでは発祥の地イギリスにおけるフットボール史が詳細に検討されていて、学ぶところ尽きない。しかし、結局のところオフサイドがどうして反則になったのかは、やはりどうも判然としないのも事実だ。

 ここでは、中村氏とは違った、かなり思い切った仮説を提示してみたい。オフサイドが反則なのは、フットボールがもともと模擬戦、「戦争ごっこ」だったからだ、というものだ。もっともこれは、いまだ想像の域をでないのだが。

 かつてフットボールは、パブリックスクールと呼ばれるイギリスのエリート校において生徒たちの自治活動として行われていた。19世紀半ばまでには、この種の学校で、のちのサッカーやラグビーにつながるようなさまざまなフットボールが、学校ごとに独自の形で行われていた。それらは今よりもずっと大勢でプレーされることが多く、1チーム50~60人で行われることもまれではなかったという。すでに19世紀にはオフサイドにあたるルールがあったようだが、もともとそれは、ボールよりも前にでてプレーすることを禁じるルールだったらしい。現在のラグビーと同じである。

 ところで、イギリスではいまでもチームのことを「スクォッド(squad)」と呼ぶことがある。かなり一般的に用いられている言い方で、ほんらい「方陣」を指す。「戦術の世界史」というウェブサイトによると、方陣とは以下のようなものだったらしい。3列に並べた歩兵を全員外向きに四辺に配置して、正方形の陣形を作る。最前列の兵士たちは銃剣を構えて「槍ぶすま」を作り、後ろの2列の歩兵が交代で小銃射撃を繰り返しながら進撃する。この陣形は四辺が同じように固められているから、騎兵の攻撃を防ぐのに大きな威力を発揮した。じっさい、ナポレオンのフランス騎兵隊はこのイギリス軍の方陣めがけて突撃した際、至近距離から小銃の一斉射撃を浴び、大打撃を受けて敗走した。ワーテルローの戦いのあいだ、ウェリントンは方陣から方陣へと馬で駆け回って部下たちを鼓舞し続けたのだと言う。その様子は、映画『ワーテルロー』で再現されている。

 いっぽう、19世紀のパブリックスクールを舞台にした学園小説『トム・ブラウンの学校生活』(岩波文庫)には、当時のフットボールの様子が描かれているが、そこではゲームの様子がしばしば戦争になぞらえられていて、フットボールが模擬戦と考えられていたことがうかがえる。

 「ごっこ」の形態を、より「本物」のイメージに近づけようという考えが生まれることは、不思議ではないだろう。もしも方陣戦が当時の戦争イメージの中心にあり、フットボールがそれを模したゲームであったとすれば、最前列に並ぶ兵士よりも前に味方がいるのはおかしい。だから、想定上ありえない位置にいる選手はプレーに参加できないというルールを作って「いない」ことにする。これが、オフサイドというルールを生み出した、もともとの発想だったとは考えられないだろうか。ボールは最前線の目印なのである。

 サイドという言葉も、いまでもチームを表わす言葉としてしばしば使われるが、それは文字通り最前列よりも「こちら側」という意味で、つまり「オフサイド」というのは、最前列の向こう側、模擬戦では起こりえても、実戦では起こり得ない位置という意味だったのではないか。このルールはまた、方陣戦のように常に両軍の最前列同士がぶつかり合う状態を創りだすための工夫とも言える。

 ナポレオン軍を破ったウェリントンが「ワーテルローの勝利はイートンのグラウンドにあり」と言ったという逸話(事実ではないらしいのだが)ができたのも、あるいはそのような模擬戦としてのフットボールのイメージが19世紀にはなお生きていたからだったのかもしれない。じっさい、第一次世界大戦のときに、イギリスの連隊がフットボールを蹴りながら進撃している姿を描いた絵も残っている。

 と、スクォッドという言葉から想像を膨らませてみたのだが、残念ながらいまのところ、史料的な根拠はない。

石井 昌幸(いしい・まさゆき)/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授

早稲田大学教育学部体育学専修卒業、京都大学人間・環境学研究科ヨーロッパ文化地域環境論専攻修了。広島県立大学専任講師を経て現職。専門はスポーツ史。主な論文に「ラグビーでみるイギリス社会史」、『季刊民族学』(国立民族学博物館編)所収、「フィールドのオリエンタリズム」、『スポーツ』(ミネルヴァ書房)所収など。