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嶋田 由紀/早稲田大学文学学術院助教(文化構想学部)  略歴はこちらから

消える身体と指紋:橋本一径『指紋論―心霊主義から生体認証まで』

嶋田 由紀/早稲田大学文学学術院助教(文化構想学部)

 自分の名前と身体の結びつきについて、考えてみたことがあるだろうか。人の名は、その名にどれほどの思いが込められていようとも、他の名の可能性もあったという意味で恣意的である。また、己の身体とその名が一致するということ(同一性)は、いくら自分でそれを主張しても見ず知らずの他人に対して客観的に証明することはできない。さらに、人々の記憶や書類・写真に刻まれた身体と生身の身体の同一性に至っては、身近な人々でさえ見間違うこともあるのだから、身体的特徴を客観的に記述し、証明する技術やシステムに頼らざるを得ない。つまり、同一性を証明する事物やそれを承認する他者があってはじめて、わたしたちの名と身体は社会的な同一性を獲得するのだ。逆にいえば、わたしたちのアイデンティティー(同一性)証明とはそれほどまでに他者や認証技術の影響を受ける、不確実なものなのだ。

 ところが、このような不確実性を乗り越えるべく開発されたはずの認証システムすらも問い直す研究書がある。橋本一径氏の『指紋論』だ。氏は本書で、戸籍・人体測定法・ポートレート・指紋法といった認証システムにおける、名と身体との乖離・書類や写真に記録された身体と日々刻々変化する身体との乖離・指紋と「母型」となった身体との乖離を鋭く分析している。とりわけ注目に値するのは、氏の研究がゴルトンの著作『指紋』から出発している点である。優生学の父として知られるゴルトンは、その称号にふさわしく、指紋から種差や遺伝形質を読み解こうとした。指紋の紋様は出自・人種に関係なく形成されるのだから、無論、この試みは失敗に終わる。しかし、このゴルトンの失敗は、指紋それ自体からはそれが貼りついていたはずの身体へ遡及できないという事実を雄弁に物語っている。生体認証技術の一つとして今日導入されつつある指紋認証とは、極論すれば、登録された指紋と当該指紋をデータ照合するその瞬間に、認証に不要なものとして指紋の持ち主である身体を消し去ってしまうことなのだ。

 身元確認を受ける際、実感としてある自分の存在や肉体が置き去りにされたかのような不安を覚えることがあるだろう。各種認証システム開発における試行錯誤をつぶさに辿った本書は、このような不安の正体を見事に明らかにしてくれる。

橋本一径 『指紋論―心霊主義から生体認証まで』青土社 2010年(第2回表象文化論学会奨励賞受賞)

嶋田 由紀(しまだ・ゆき)/早稲田大学文学学術院助教(文化構想学部)

茨城大学人文学科人文学部独文科卒業、早稲田大学文学研究科を経て現職。専門は身体表象論、メディア論。著書として『纏う』(共著、水声社)、『30日で学べるドイツ語文法』(共著、ナツメ社)、主な論文として「免疫・セキュリティー・コンドーム―ドイツのエイズ予防キャンペーン広告<解読>―」(『表象・メディア研究』所収)など。