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坂上 桂子/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部)  略歴はこちらから

日本のアートシーン 第四回

震災後にみる日本美術の自然

坂上 桂子/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部)

 桜の開花に合わせ例年は大きな企画で華やぐ展覧会も、今年は地震の影響であい次いで中止、または延期となった。

 自然の驚異を思い知らされたあとは、いつも見ていた美術も異なってみえる。とりわけ、美しい自然や自然景観の賛美のたまもの、とばかり思ってみていた伝統的日本美術に描かれた自然は、どれも、自然の「驚異」の部分ばかりが目立ってみえてしまう。だが違って見えることによって、あらためて気づくこともある。

 世田谷美術館にて開催中の白洲正子展に出品されているのは《日月山水図屏風》(大阪金剛寺蔵、作者不明、16世紀)。力強くデフォルメされ図案化された作品に描かれた自然は、アールヌーヴォーを思わせる曲線的うねりをみせ、現代的なセンスにあふれた作品だ。だがそこから感じられるのは、ただの装飾性などではなく、人間にはとうていはかり知ることのできない、大地を突き動かすまでの自然が抱く恐ろしいエネルギーのようでもある。

 生誕250年を迎えた北斎(1760~1849)。昨年から今年にかけ関連の展覧会が開かれてきたが、ホノルル美術館から日本にはじめて出品され行われる予定だった展覧会は震災の影響で残念ながら中止となっている(三井記念美術館)。

奥村土牛『醍醐』1972年 山種美術館蔵
※この作品は、百花繚乱―桜・牡丹・菊・椿―展(会期:2011年4月27日~6月5日、会場:山種美術館)、ザ・ベスト・オブ・山種コレクション展(後期:2012年1月3日~2月5日、会場:山種美術館)に出品予定。

 北斎が好み、繰り返し描いたのが大波。代表作「冨嶽36景」にある『神奈川沖波裏』は見慣れた作品ながら、震災後あらためてみると、手の形のようにうねりをあげる波が、小舟とそこに乗る大勢の人びとを飲み込まんとし、今となっては自然の恐ろしい力の表現そのものに感じられる。同時に北斎の風景画ではしばしば、人びとは大きな自然のなかでごく小さな存在ながら、淡々とたくましく暮らしている様子が捉えられており、ことさら心に響く。

 日本の伝統美術には、西洋美術と比べ自然の主題が圧倒的に多い。私たちは現代的な視点から、また欧米の人間中心の写実的美術との比較から、それらにデザイン性や装飾性をみてきた。だが今やそれはただの造形的問題だけではとらえられないことがよくわかる。自然の驚異をより身近に感じていたはずの彼らが表わしたのは、純粋な造形論からは説明できない深遠な真理のように思われる。

 北斎が繰り返し描いた大波も、ときに姿を変えては人間さえも襲う自然の巨大なエネルギーをただ率直に表現したものにみえる。敬愛と畏怖、親しみと憎しみ。自然へ寄せられる複雑な感情のなかで成立してきたのがこれらの日本美術だったのだろう。

 速水御舟作「名樹散椿」、奥村土牛作「醍醐」(ともに山種美術館)には大地から力強く立ち上がる樹木が描かれ、春の生命力が表わされている。今年ほどこれらの作品を見たいと思うことはない。自然とは何か、またどう向き合い、どう共生するべきか、今私たちに与えられた課題を解決するためのヒントは、自然を見つめてきたこれらの美術作品のなかにも、少なからず秘められているように思われる。

速水御舟『名樹散椿』(重要文化財)1929年 山種美術館蔵
※この作品は、ザ・ベスト・オブ・山種コレクション展(前期:2011年11月12日~12月25日、会場:山種美術館)に出品予定。

関連リンク

山種美術館 http://www.yamatane-museum.or.jp/

坂上 桂子(さかがみ・けいこ)/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部)

早稲田大学第一文学部美術史学専修卒業、同大学院文学研究科を経て現職。専門は近現代美術史。主な著書に『夢と光の画家たち-モデルニテ再考』スカイドア(芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞)、『ベルト・モリゾ-ある女性画家の生きた近代 』小学館など。