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石井 昌幸/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授  略歴はこちらから

日本人と「○○道」

石井 昌幸/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授

 日本人は、「○○道」が好きだ。武士道はもとより、茶道や華道、柔道や剣道。とりわけアスリートには「○○道」好きの人が多いのか、相撲道や野球道なんてことを言いだす人までいる。

 「○○道」の「道」は、一本道である。日本では「ひとつのことを続ける」ことに、「いろいろやる」ことよりも高い価値が置かれている。野村元楽天監督は、現役時代に自分のことを「生涯いち捕手」と呼んだが、この「生涯いち○○」みたいな人生に対するスタンスは、今でも日本人の生き方として、あるいは職業倫理として、好意的にとらえられることが多い。

 「○○道」には、ひとつの重要な前提がある。「道」を極めた先には、「達人の境地」のような万事に通じる普遍的な世界が開けている、と言うものだ。だから「道を知る者」同士は、たとえまったく違う世界の人間でも分かり合える。名人同士が対談して、「うん、わかるわかる」みたいな話になるのである。大学の一芸入試も、メダリストの政界デビューも、そもそも日本ではこの「極めたる者の普遍性」のような観念を背景に成り立っている気がする。

 欧米に、こういう感覚はあるのだろうか。このコラムは英訳されるので、もしも欧米圏の人で、これを読んだ方がいたら、ぜひ意見を聞かせて欲しいものだ。私としてはいまのところ、欧米にはこうした観念は、ないのではないかと思っている。そしてこのことは、彼我のスポーツをめぐる文化を考えるときに、けっこう重要なのではないかと思うのだ。

 新渡戸稲造は『武士道』のなかで、武士道を騎士道と対置したが、騎士道の原語であるchivalryには、おそらく「道」というニュアンスはない。思うに、日本文化とヨーロッパ文化を比較する際、武士道と対置されるべきは、むしろルネサンスなのではなかろうか。サムライの世の中から一気に明治に飛んだ日本に対して、ヨーロッパ文化史にはルネサンスという巨大な移行期が、中世と近代とのあいだに横たわっているのである。

 ルネサンスというとダ・ヴィンチのような万能の天才がイメージされるが、日本人のほとんどが達人の境地に至ったりしないのと同じように、ヨーロッパでも多くの人は万能でも天才でもない。むしろ重要なのは、「いろんなことをやろうとする」とか「おしなべてひととおりできる」という「構え」というか、人生に対するスタンスのほうなのである。

 スポーツという文化を産み出した19世紀イギリスのアマチュアたちは、まさにこのルネサンス的な「構え」を、一種のアイデンティティとしていた。たとえば、『炎のランナー』という、20世紀初めの陸上選手たちの群像を描いた映画がある。主人公のハロルド・エイブラハムズは、ケンブリッジ大学で学びながら100メートル競走でオリンピック優勝を目指しているのだが、彼は同時に、大学の男声合唱団でテナーを歌い、仲間とオペラ観劇にでかけて舞台女優と恋に落ち、遠征に向かう船内ではピアノを弾きながら選手団のみんなと合唱して時を過ごす。彼はたぶんヘタクソな詩も詠んだことがあるだろうし、フランス語なんかもある程度しゃべれたりするだろう。

 19世紀から20世紀初め頃のアマチュア・アスリートとは、まさにそんな感じの人びとだった。だから当時、スポーツをめぐるアマチュアリズムというのは、お金を貰うか貰わないかもさることながら、むしろスポーツと向き合う際の「構え」の問題であった。「ひとつのこと」に生涯全力を傾注するなどは、生き方として美しくないと考えられていたのである。そこにはルネサンス的志向性がはっきりと影を落としていた。もちろんそれが、そうしたあれやこれやに十分な金と時間を費やすことができるという特権意識を背景としていたことは言うまでもないが。

 「道」を尊ぶ日本では、職人の評価が高い。長い年月をかけて磨き上げた「匠の技」は圧倒的な尊敬の対象だし、人間国宝なんかも、そういう尊敬心の上に成立しているのであろう。これはきっと、日本文化の美点である。だが、「道」的な生き方そのものは、「好み」の問題である、と言っておきたい。「器用貧乏」と言われようが、時間と金に多少の余裕があったら、なるべくあれこれとかじってみて、万能の天才でなくとも、やりたいことを「ひととおり」やってみる。そのなかに、いくつかのスポーツも入れてみる。これもスポーツとの豊かな関わり方だ。だから私は、求道派の体育会系学生も好きだが、ルネサンス派のサークル系学生も、ぜひ応援したいと思っているのである。

石井 昌幸(いしい・まさゆき)/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授

早稲田大学教育学部体育学専修卒業、京都大学人間・環境学研究科ヨーロッパ文化地域環境論専攻修了。広島県立大学専任講師を経て現職。専門はスポーツ史。主な論文に「ラグビーでみるイギリス社会史」、『季刊民族学』(国立民族学博物館編)所収、「フィールドのオリエンタリズム」、『スポーツ』(ミネルヴァ書房)所収など。