早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > 早稲田評論 > 音楽評

早稲田評論

▼音楽評

菅野 由弘/早稲田大学理工学術院・表現工学科教授・作曲家  略歴はこちらから

音楽が消えた日

菅野 由弘/早稲田大学理工学術院・表現工学科教授・作曲家

 3月11日に起こった、未曾有の大地震と津波、東日本大震災。多くの命が失われ、多くのものを失った。また、原子力災害という新たな脅威も生むことになった。そしてその日、関東以北の音楽が消えた。殆どのコンサートは中止になり、テレビやラジオ番組からも、一切の音楽が消えた。いわゆるニュース番組のテーマ音楽や、サウンドロゴと呼ばれる短い音楽サインも、一切合切が消え去った。朝のニュース番組などで聞かれる、ニュースのBGM(バック・グラウンド・ミュージック)の功罪は、私の研究対象でもあり、様々な検証を行っている途中だが、少なくとも数日間は全てが消えていた。

 「こんな時に不謹慎な」という声が聞こえそうである。

 コンサートの中止は、この「不謹慎」以外に、余震への不安、原発事故による電力不足、それに伴う交通機関の運行停止の可能性、計画停電の実施、など多くの要素が絡むので一概には言えないが、心のどこかで一番大きなマグマとして煮えたぎる「歌舞音曲は不謹慎」という感覚があると思う。天皇陛下崩御の時など、「歌舞音曲禁止令」が出る。明治時代には禁止令だが、昭和になると「歌舞音曲自粛要請」と変わる。が、本質は変わらない。今回の震災を受けて、NHK及び関東以北のテレビ・ラジオは、まさに「歌舞音曲自粛」状態になっていた。正確な報道をするためには、ニュースを音楽などで演出してはならない、というのが私の主張でもあるので、まさに、この数日間は私の主張通り、出来るだけ正確に報道しようとした結果とも言える。NHKの、私が「脳天気予報」と呼んでいる、雨の日も風の日も天気予報に流される脳天気な音楽も消えていた。これは、台風の日以来の出来事で、大変望ましい姿であった。常々ニュースを音楽で演出している民放各局も、この時ばかりは「正確な報道」という王道に戻ってきたので喜ばしいとも言えるが、王道への回帰というよりは「不謹慎」と言われる事への恐れがその根幹であろう。

 被災地での被災者の立場に立って考えると、「生き残ったものは、安らぎを求めることは不謹慎」と言わんばかりの姿勢は、大いに疑問が残る。そして挙げ句の果てに「こだまでしょうか?」という公共広告機構のCMが繰り返し流される。結果として、不安と不快感、ストレスを増大させることになった。是が敷衍されて、卒業式や入学式も多くの大学で中止となっていた。つまり、生き残った人々が、何らかの「祝意」を伴う式典を行うことは「不謹慎」である、という無言の圧力と、それに屈した我々の姿そのものである。復興への道標ともなる高校野球大会が開かれた。が、そこでも「鳴り物は禁止」とのこと。それが、はからずも命を失わなければならなかった方々への慰めになるとは、到底思えないのである。私自身は、音楽にも何らかの役割があると思っているので、現在、新作声明「十牛図」※1 鎮魂と再生への祈り-心の四十五声-を作曲中である。少し時間をおいて、人の心を考えてみたいと思う。

※1
声明(しょうみょう)「十牛図(じゅうぎゅうず)」=Shomyo “The Ten Oxherding Pictures” from Ten Manual of Zen Buddhism
Shomyo=Japanese Buddhist Chorus

 菅野由弘作曲:新作声明「十牛図」鎮魂と再生への祈り-心の四十五声-は、9月10日(土)16:30国立劇場大劇場(千代田区隼町)で初演されます。

菅野 由弘(かんの・よしひろ)/早稲田大学理工学術院・表現工学科教授・作曲家

東京芸術大学大学院作曲専攻修了。79年「弦楽四重奏曲」がモナコ・プランス・ピエール作曲賞。94年、電子音楽「時の鏡Ⅰ ―風の地平」がユネスコ主催IMC推薦作品、02年「アウラ」でイタリア放送協会賞受賞。作品は、国立劇場委嘱の雅楽、聲明、古代楽器のための「西行―光の道」(春秋社刊)、NHK交響楽団委嘱のオーケストラ「崩壊の神話」、NHK大河ドラマ「炎立つ」、NHK「フィレンツェ・ルネサンス」など。