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坂上 桂子/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部)  略歴はこちらから

日本のアートシーン 第五回

「手塚治虫のブッダと仏陀」

坂上 桂子/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部)

 震災後の福島原発の事故による原子力問題が、「鉄腕アトム」を想起させたのは、私たちだけではなかったようだ。福島問題を取り上げた海外メディアで、「鉄腕アトム」が登場するのをいくつかの番組で見た。「日本」と「原子力」にまつわるイメージとして欠かせないのだろう。原作の漫画がアニメ化され「鉄腕アトム」がテレビで放映開始されたのは1963年。海外も含め人気を呼んだ日本で初めての国産アニメである。

 それにしてもこのタイミングで、鉄腕アトムの作者、手塚治虫の展覧会が開かれたのは、偶然とは思えないようにさえ感じられる。上野の東京国立博物館では、4月26日から「手塚治虫のブッダ展 仏像と漫画でたどる釈迦の生涯」展を開催した(6月26日まで)。

 展覧会は手塚治の漫画「ブッダ」を主軸にしたもの。「科学」を主題にした「鉄腕アトム」に対し、今回の展覧で取り上げられたのは「宗教」を主題にした「ブッダ」。この一見、相反すると思われる主題をもつ手塚の世界に立ち入ってみるのは何とも興味深かった。それは多くの人たちにとって、「鉄腕アトム」において「科学」主導のテーマを展開した手塚ワールドの本当の意味を、問い直す機会にもなっただろう。

 手塚治虫の漫画「ブッダ」は、1972年から83年にかけて連載された長編大作である。釈迦の生涯をたどりつつ、手塚の宗教観、哲学観が織り込まれた作品となっている。展覧会では、「誕生」、「苦行」、「悟り」、「涅槃」といった釈迦の生涯のなかの主要場面が、手塚の絵と実際の仏像とにより交互に展示される形で構成された。

 展示された仏像は、ガンダーラ、インド、日本で制作された各地の仏像で、それらが美しいライトアップのなかに置かれ神々しさを放つ。

 漫画と仏像を並べる試みは、「現代の漫画と歴史的な文化財とが共演する空間」として展覧会のコマーシャルにはうたわれており、新たな体験を促す展示といえる。たしかに、まったく異質に見えるものが並列されることで、互いに相乗効果をもって、見えないものが見えてくる面白さがその空間にはあったように思われる。

 手塚の作品は発表当初、釈迦伝が正確に解釈されていないことを一部で批判された。それというのもおそらく、ストーリー性の問題よりもむしろ、描写自体があまりにも人間的で生々しく、ときにエロティックでさえあるからだろう。だが仏像も、手塚の作品とこうして並べてみると、神々しさ以前に、実際には生身の人間性をもって私たちの前に立ち現われているものであることをとてもよく感じさせる。仏像が多くの人びとに、深い信仰を訴えかける力を持ちえてきたのも、じつはこうした面にこそあったことを再認識させられる。

 東京国立博物館では同時期、別会場にて写楽展が開催された(5月1日―6月12日)。浮世絵と現代漫画という、マスメディアを駆使した日本における美術の伝統と現代を同時に示したものとなり、その意味においてさらに興味深い展覧であった。

坂上 桂子(さかがみ・けいこ)/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部)

早稲田大学第一文学部美術史学専修卒業、同大学院文学研究科を経て現職。専門は近現代美術史。主な著書に『夢と光の画家たち-モデルニテ再考』スカイドア(芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞)、『ベルト・モリゾ-ある女性画家の生きた近代 』小学館など。