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菅野 由弘/早稲田大学理工学術院・表現工学科教授・作曲家  略歴はこちらから

NHKの脳天気予報と音楽

菅野 由弘/早稲田大学理工学術院・表現工学科教授・作曲家

 現在、テレビのニュース番組や天気予報番組には、多くの音楽がバックグラウンドに流れていることにお気づきだろうか。ニュース番組に音楽が与える影響は、かなり大きなもので、実は我々視聴者は放送局によって色づけされ、演出された情報を、真の情報だと信じて享受している。この詳細は別稿に譲るとして、手近な天気予報に話を絞ろう。まず、天気予報のような純然たる情報に、色を付けたり、演出する必要が有るか、ということだ。民放各局の番組は、天気予報といえども、スポンサーの庭に生えている木なので、それぞれの事情がある。ヤン坊マー坊の天気予報などはその好例だ。

 私が問題にしたいのは、NHKの天気予報についてである。朝のニュース番組の中には、当然、お出かけ前の視聴者の関心事である「天気予報」が、何回か登場する。この天気予報の後半に、極めて脳天気な音楽が流れる(2011年8月現在)。3-4年ほど前から流れ初め、この5月に曲が変わったと記憶している。これだけ問題視する、という割には、この曖昧な認識は何か、と問われても仕方がないが、最初に天気予報に音楽が流れてきた時には違和感を覚えた。しかし、たまたま現場の担当者の気まぐれで始まっても、NHKの自浄能力は中々のものなので、すぐに無くなるだろうと思っていた。ところが、一向になくなる様子は無いどころか、増えている。最初の天気概況や気圧配置の説明の所には音楽は流れない。その後の「全国の天気」と「週間予報」に流れる。穏やかな日も、雨の日も風の日も同じ、極めて脳天気な音楽が流れる。フジテレビがサザンオールスターズの音楽だった「大雨洪水警報」の日も、同じものが流れていた。

 この話を、授業で学生にしたところ、大きな反響があった。先ず、かなりの学生が「天気予報に音楽が流れていることに気づかなかった」「この授業で言われて初めて気づいた」という。またある学生は「天気概況の所には音楽がないのだから、一応情報は伝えた後、と考えれば、全国の天気の所は息抜きになって良い」。また「そもそも天気予報は民放のCMに当たる休憩時間と捉えれば、BGMが有った方が良い」などなど。既に、意識の中では、情報伝達という意味で骨抜きになっている。そういう彼らに客観実験を行ってみると、実は、具体的な情報ほど、音楽の印象に引っ張られるという結果が出る。脳天気な音楽に乗せて「急な河川の増水や土砂災害に注意して下さい」と言われても、危機感は半減する。視聴者はそれ程馬鹿ではない、と言う声が聞こえてきそうだが、無意識な感情操作は、かなり大きな力を持っていることを、再認識すべきであろう。そして、これが天気予報だけならば、ほんの些細なことで済むが、こうした、悪意のない、図らずも起こってしまう情報操作が、少しずつ拡がることを憂慮している。

菅野 由弘(かんの・よしひろ)/早稲田大学理工学術院・表現工学科教授・作曲家

東京芸術大学大学院作曲専攻修了。79年「弦楽四重奏曲」がモナコ・プランス・ピエール作曲賞。94年、電子音楽「時の鏡Ⅰ ―風の地平」がユネスコ主催IMC推薦作品、02年「アウラ」でイタリア放送協会賞受賞。作品は、国立劇場委嘱の雅楽、聲明、古代楽器のための「西行―光の道」(春秋社刊)、NHK交響楽団委嘱のオーケストラ「崩壊の神話」、NHK大河ドラマ「炎立つ」、NHK「フィレンツェ・ルネサンス」など。