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早稲田評論

▼映画評

長谷 正人/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部) 略歴はこちらから

『サウダーヂ』(富田克也監督、2011年)
素人のユーモラスな演技で描く過酷な地方社会の現実

長谷 正人/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部)

 傑作である。私たちがよく知っているつもりの現代日本社会が、実は偽りの現実にすぎないのではないかと思わせるような、別のリアリティが迫力を持って迫ってくる。舞台は甲府市。商店街のほとんどの店にはシャッターが降りていて、街の賑わいがすっかり消えている。誰もがおなじみの、空洞化した日本の地方都市の光景だ。しかしここで見る光景は、普通のテレビや映画で描写されるそれとは何かが違うように感じる。

 主人公は30代の土方の男。しかし、土建業にも不況の波は押し寄せていて、いまや職を失いかけている。他方で彼の妻はエステサロンで働き、そこで高額な料金を支払うセレブな女性たちと付き合い、甲府の名士が集まるパーティーに参加したり、高価な水を買い求めたり、政治家の後援会に入ったりして、いささか浮かれた気分を味わっている。街を形作る基盤産業が危機的状況にあるというのに、エステサロンをめぐってセレブな気分を味わう女性たちがいるという不条理。いや土方の男の方も、タイ人ホステスに入れあげて「タイが故郷のように懐かしい」などと言っているのだからどこか浮世離れしている。

 その両者がカップルで暮らしている。何とも奇妙な光景だが、その設定に何の違和感も感じない。とすればここには、私たちが見たくはない現在の日本社会の現実が描かれていると考えるべきだろう。甲府に大勢住んでいるというブラジル移民たちの姿も、驚きの光景だ。

 だがこの映画の魅力は、決してそうした未知の社会的現実を教えてくれるところにあるわけではない。そうした空虚で行き場のない社会的現実が、素人の俳優たちによって魅力的に演じられているところが素晴らしいのだ。たとえば土方たちが作業を休んで地べたにしゃがみ込んで雑談する場面が繰り返し出てくる。ふつうこうした場面は、ストーリーを展開させるための台詞を役者たちに言わせるために用意されているにすぎない。しかしこの映画では、それがとぼけたユーモアを持って演じられていて、見ていて実に楽しいのだ。

 ただっ広い掘削現場で重機を脇にして、男たち4人が並んでくだらないおしゃべりを始める。それだけで観客はうきうきと楽しくなってしまう。この映画が空虚な現代社会を描きながら、私たちに空虚な気分を起こさせないのはそのためだろう。タイに行くことを夢見たり、ラップで怒りをぶち上げたりする前に、儲からない映画の現場でカメラを前に、くだらない雑談の場面をくだらないと言って投げ出すのではなく、かといってプロのように巧みに演じきってしまうのでもなく、素人なりに自分たちの厳しい現実をユーモラスに演じること。そういう撮影現場が確かに現実としてそこにあったということが、この絶望的な映画が私たちに希望を与えてくれる理由なのだと思う。

(※ 作品中の表現です)

長谷 正人(はせ・まさと)/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部)

早稲田大学第一文学部社会学専攻卒業、大阪大学大学院人間科学研究科中途退学。千葉大学助教授などを経て現職。
専門は映像文化論、コミュニケーション論。
主著として『映画というテクノロジー経験』(青弓社)、『映像という神秘と快楽』(以文社)、『コミュニケーションの社会学』(共編著、有斐閣)、『テレビだョ!全員集合』(共編著、青弓社)など