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坂上 桂子/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部)  略歴はこちらから

日本のアートシーン第七回

広重を通して考える日本の公共事業「道路整備」 ― サントリー美術館「広重」展

坂上 桂子/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部)

 東京・六本木のサントリー美術館では、年末から年始にかけて広重展が開催された。代表作「東海道五拾三次」の連作すべてを展示すると同時に、異なる版の比較展示などが興味深い展覧だった。

 「殿様も犬も旅した東海道五拾三次」という展覧会のネーミングがなかなかいい。東海道の果たしてきた役割と、それを描いた広重の作品の特徴をよく物語っている。

 東海道は1601年徳川家康が「五街道整備」のひとつとして整備した街道。広重の作品は東海道の宿場53箇所に、基点の江戸「日本橋」と終点の京都「三条大橋」の風景2点を加え計55点をもって構成したもの。

 大胆なクローズアップや誇張、唐突な切断、俯瞰の構図など、視覚的トリックを山とつかったその造形感覚は、現代でも新鮮で古びない。これに、街道を往来する様々な人種(犬など動物も)、宿場街の日常生活で繰り広げられる人びとの機微、富士山や海岸線が各所でみせるヴァラエティーに富んだ景色が加わる。広重の本連作は、抜群の観光ガイドであると同時に、人間模様の描写が満載され、興味はつきない。

 学内の「道空間研究会」の一員として道の表象について考えている筆者にとって、広重の捉えた「道」は、とりわけ今の日本の「道」の行く手を考える格好の作品に見える。

 震災前には「コンクリートから人へ」とうたわれ、公共費の無駄遣いのシンボルとなった道路網。ところが震災後、被災地への道路が寸断され、日本における道路ネットワークの貧弱さと脆弱さが露呈した。今や公共事業の余計者として道路を代表とする土木・建築事業を簡単に片付けるわけにはいかなくなった。

 本来「道」は、人間の生活を豊かに育んできたものだ。殿様も犬も通った江戸から京都を結ぶ街道が、どれほど多くのものをつなぎ、人を、政治を、経済を、文化を育んできたことか。かつても今も、その意味は変わらないはずである。

 それなのにいつの間にか、道路といえば私たち血税の「金食い虫」の象徴となってしまったのは残念だ。政治的・環境的諸問題はあるにしても、運輸技術のめざましい発展と高速化、頑強だけれどもどこか冷たく威圧的な「コンクリート」の容貌が、道路の本質的「つなぐ」意味を、いつしか人びとの記憶から忘却させてきたのだろう。シルクロードといえば、異なる地域の人と人を、異文化をつないできたことに、多くの人が今でも夢やロマンを抱くというのに。

 広重の道案内は、「道」が私たちをより「幸福」にするためのものであって、人と対立するものではないことを思い出させてくれる。人間不在の冷たい道ではなく、人間のための温かな道。今とりわけ私たちに問われるのは単なる道路建設の可否だけではなく、どんな道をいかに「創造」、「構想」するかの問題といえよう。

関連リンク

殿様も犬も旅した 広重・東海道五拾三次 ―保永堂版・隷書版を中心に―
http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/11vol06/index.html(サントリー美術館ウェブサイト)

坂上 桂子(さかがみ・けいこ)/早稲田大学文学学術院教授(文化構想学部)

早稲田大学第一文学部美術史学専修卒業、同大学院文学研究科を経て現職。専門は近現代美術史。主な著書に『夢と光の画家たち-モデルニテ再考』スカイドア(芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞)、『ベルト・モリゾ-ある女性画家の生きた近代 』小学館など。