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石井 昌幸/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授  略歴はこちらから

スポーツマンシップとはなにか

石井 昌幸/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授

 私はここ数年、イギリスにおける「スポーツマンシップ」という言葉の語義の歴史的変遷について調べている。その結果、もともとこの言葉は、今日のそれとは違って、かなり多様な意味を持っていたことが判った。スポーツマンシップは、スポーツの語が主に「狩猟」を意味した19世紀前半の時点でも、「公正(フェア)であること」のような、今日に通じる意味をすでに持っていた。だが、不思議なことにこの語は、同時に「粋であること」のような意味も、もともとはあわせ持っていたのである。

 なぜか。それはおそらく、スポーツマンシップ(スポーツマンであること)が、本来ステーツマンシップ(為政者であること)の対義語としての含意を持っていたからである。イギリス史の本を読んでもらえば分かるのだが、彼の国では長い間「ジェントルマン」と呼ばれる伝統的な支配階級が君臨していた。彼らは基本的に地主階級で、あり余る金と時間を使って、政治や経済や司法を動かし、それ以外のときには遊んでいた。彼らのオンの場面の顔がステーツマン(治める人)で、オフの場面の顔がスポーツマン(遊ぶ人)だったわけである。スポーツマンシップとステーツマンシップは、もとはジェントルマンシップ(社会のリーダーであること)という一枚のコインの両面だったのである。だから、遊びの場面でも公正(フェア)であることと、その遊び方が「粋」であることとは、なんら矛盾なく「スポーツマンらしさ」という同じ言葉で表現し得たのだ。

 意外なことに、19世紀の新聞や雑誌の用例には、スポーツマンシップが「ルールの遵奉」といった意味で使われる例はほとんど見当たらない。しかし、それもそのはずで、スポーツマンというものは、ほんらいは為政者のオフの姿だったのだから、遊びにおいても、彼らこそがルールを創出する主体そのものだったわけである。イギリス・スポーツのルールには条項数が少ないのもおそらくそのせいで、ルールそのものは大雑把にしておいて、何か問題が起きたら当事者同士がその都度話し合って決めていたのである。スポーツマンシップに「ルールの遵奉」のような意味が入ってくるのは、主として20世紀に入ってからだ。逆に、「粋であること」のような意味は、この時期になって次第に姿を消していく。

 この流れは、スポーツが階級的に広く普及し始めるのと同時進行していて、社会全体の民主化ともパラレルであった。労働者階級が議会政治の場に進出するのと、プロ・サッカー選手が活躍し出すのは、大きく見れば同じ時期なのである。こうして、スポーツマンという言葉にも、次第に階級的な含意はなくなっていく。スポーツマンは、もはやステーツマンとは別個の存在となっていくのである。

 このことはしかし、スポーツマン(女性も含めて「人間」という意味で)が、非政治的な存在となっていくことでもあったのではないだろうか。ルールを自己決定する主体から、あらかじめ決められたルールを遵奉する主体へ。もちろん、ルールを遵守することは、市民社会を生きる上できわめて重要なことである。その意味で、スポーツの教育的価値は大きい。しかし、そもそもルールは誰が作るのか。ルールが現実に合わなくなっていたら、どうするか。

 私が現代の「スポーツ的なるもの」に、ときに不安を感じる点はそこにある。すべての人がスポーツマンたりうるようになることは、すべての人がステーツマン(意思決定の主体)になることでもあったはずだ。アスリート自身がルール決定に関わるべきだと言っているのではない。「スポーツ=遊び」には、民主的な意思決定をする練習の場としての機能が、本来あったのではないかと言いたいのである。だから学生諸君、運動部やサークル活動を通じて、相互に利害を調停し、自らの意思決定を切り出すプロセスをぜひとも学んで欲しい。そして、「粋」に遊んで欲しい。駅前で酩酊して周囲の人に迷惑をかけることは、決して粋ではない。真のスポーツマンシップとは、そういうことだと思うのである。

石井 昌幸(いしい・まさゆき)/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授

早稲田大学教育学部体育学専修卒業、京都大学人間・環境学研究科ヨーロッパ文化地域環境論専攻修了。広島県立大学専任講師を経て現職。専門はスポーツ史。主な論文に「ラグビーでみるイギリス社会史」、『季刊民族学』(国立民族学博物館編)所収、「フィールドのオリエンタリズム」、『スポーツ』(ミネルヴァ書房)所収など。