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真保 晶子/早稲田大学社会科学総合学術院非常勤講師 略歴はこちらから

歴史の中に生きる - 都市から見える世界

真保 晶子/早稲田大学社会科学総合学術院非常勤講師

 全世界から全領域の研究者が利用するブリティッシュ・ライブラリー。ロンドン近辺の大学の博士課程、特に歴史学専攻の学生にとっては、大学より多くの時間を過ごす場所である。イギリスに限らず別の国の歴史を研究するということはどのような意味を持つのか。現地の人と同じ言語・同じ条件で博士論文を書いていた間は国籍や出身などを考える余地はなかった一方、その国に住み込んでその歴史をフィールド・ワークしているという観察の感覚を時折持つこともあった。そして、最近はイギリス史や西洋史や外国史というよりも、ただ「歴史」を学んでいるのだと感じるようになった。

 中野忠・道重一郎・唐澤達之編『18世紀イギリスの都市空間を探る - 「都市ルネサンス」論再考』(2012年)を読み、これらの点をあらためて考えさせられた。本書は「都市ルネサンス」という概念を基軸に、日本の専門家たちが18世紀イギリスの都市化の様々な局面を論じた全9章から成る論文集である。

 まず、「都市化」とは何か。第1章「18世紀イギリス都市論の射程」は、一般的に考えられている3つの定義、人口増加から見た人口学的都市化、都市的(非農業的)活動の集中度に注目した構造的都市化、行動様式の都市化を挙げながらも、18世紀イギリスの特徴として、多様な都市の成長を伴った、工業化に先立つ「質的」都市化があったことに着目する。そこでこの特徴を説明する上で、本書のテーマである「都市ルネサンス」の概念が有効となってくるのである。イギリスの歴史家ピーター・ボーゼイが18世紀イギリスの地方都市の発展を論じる上で用いたこの概念について、同章は次のようにまとめている。新たに生まれた「都市的な生活や社交のスタイルと、そのための財貨やサービス、情報の提供、それらを支え供給するために建設・整備されたアメニティや社会的・文化的・物理的環境全体を指すもの」、つまり「都市的生活様式」が形成される過程が「都市ルネサンス」であると解釈する。

 都市ルネサンスの舞台のひとつともいえる消費空間としての18世紀イギリス都市を論じた第2章から始まり、各章は以下のように続く。東部の都市ノリッジにおける都市化を支える都市財政(第3章)、同じく東部の都市キングス・リンにおける新しい社交の形(第4章)、ロンドン・ウェストミンスターのバージェス裁判所の記録をもとに論じた住民の地域統治(第5章)、ロンドンの支配権力の多元化(第6章)、工業都市ウォルバハンプトンにおける職業構造の多様化と消費動向(第7章)、疫病と衛生改革(第8章)、そして市(いち)や都市景観も含めた商業化(第9章)。

 多様な章は、都市自体が様々な面から成り立っていること、そして歴史研究自体が共同作業によって、より豊かな成果を上げることを象徴する。そして、冒頭で問題提起されているとおり、別の時代の別の国の都市の歴史、特にそこに生きる人々のつながりと行動力によってこのように活力に満ちた都市の歴史を知ることは、現代の私たちがこれからどのような都市をめざしていくかの参考にもなる。

 イギリスの歴史家ペネロピ・コーフィールドが本書に寄せた序論「都市史の過去と現在」でふれているシャロップシャの都市ラドローの、いくつもの時代に渡る建築様式が混在する建物が目に留まった。私たちは歴史の中に生きていることをある瞬間に自覚することが時々ある。日々変わりながらも生き続ける都市とそこにいた人々の存在を感じる時もそのひとつである。それは自分のまちに限らず、別の地方や遠い国にいる時かもしれない。

中野忠・道重一郎・唐澤達之編『18世紀イギリスの都市空間を探る - 「都市ルネサンス」論再考』(刀水書房、2012年5月).

真保 晶子(しんぼ・あきこ)/早稲田大学社会科学総合学術院非常勤講師

2007年ロンドン大学ロイヤルホロウェイ歴史学研究科博士課程修了(PhD)。早稲田大学社会科学総合学術院助教(2010年4月-2012年3月)を経て、4月から現職。専門は、18-19世紀イギリス文化史・社会史・デザイン史。ロンドン大学での博士論文をもとにした単行本Furniture-Makers and Consumers in England 1754-1851: Design as Interactionは、Ashgate Publishing(UK)から出版される予定である。論文に、「生産者と消費者の対話としてのデザイン ―  18世紀後半イングランドの注文家具生産の事例」(『デザイン史学』第9号、2011年)などがある。