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間野 義之/早稲田大学スポーツ科学学術院教授  略歴はこちらから

「超民主主義」の象徴としてのオリンピック

間野 義之/早稲田大学スポーツ科学学術院教授

 国際オリンピック委員会(IOC)はスイス国内法で認められた民法法人であり、国際連合(UN)や世界貿易機関(WTO)あるいは国際原子力機関(IAEA)などの各国政府が参画する国際機関とは異なる。国際機関の構成員は国家であるが、IOCの構成員は私人であるIOC委員である。私人の集合体であるIOCがオリンピック競技会を主催し、ロンドンオリンピックでの記憶も新しいように、世界中の人々を魅了しているのである。

 オリンピック開催地は国ではなく都市とされており、開催を希望する都市は自らIOCに立候補を申し入れ、大会開催概要計画書をIOCに提出し、IOC内のワーキンググループによる各種調査が行われた後に、開催7年前のIOC総会でIOC委員による投票で決定される。つまり、オリンピック開催地は各国政府ではなく個人が選考し決定するのである。

 このような状況のもと、開催都市は熱心さのあまり、IOC委員への買収活動を行い、ソルトレイクシティ-・オリンピックに際しては6名のIOC委員が追放となった。しかし、IOC委員は国際公務員でないので贈収賄罪によって処分されることはない。とはいえ、フェアプレイを掲げるIOCとしては、競技者にフェアプレイを厳格に適用してきたからには、競技場外(オフザピッチ)には、さらに厳格にフェアプレイを適用しないわけにはいかないことからも、これを機会に招致都市決定については様々な規約を設けて、公平で透明な選考を目指している。

 確かにIOCにはスイス国内法しか適用されず、IOC委員も非営利組織の構成員でしかないが、IOC委員は国際公務員よりもさらなる潔癖さが求められている。なぜなら、IOCの活動財源は、放送権収入とスポンサー収入であるからである。オリンピックのクリーンなイメージに多くのスポンサー企業がつき、そのクリーンなオリンピック競技会を世界中の人々が視聴したいがために、放送権料が入る。このように民間資金を財源とするIOCとしては、ブランドは極めて重要である。もちろん、IOCは経済活動のために存在するのではなく、オリンピズムを世界に普及することを目的としている。オリンピズムを世界に普及する活動はオリンピック・ムーブメントであり、ムーブメントの最高に達するのがオリンピック競技会なのである。

 それでは、このような個人の投票によって決定されるオリンピックに対して、2020年に東京オリンピック・パラリンピック開催を目指す、東京都としては何をしなければならないのだろうか。現在、マドリッド(スペイン)、イスタンブール(トルコ)も立候補しており、これらの候補地と差別化し東京の優位性をIOCに認められるには、何を主張すべきなのであろうか。

 2012年5月にIOCワーキンググループが、5つの申請都市(東京、イスタンブール、マドリッド、ドーハ、バクー)を調査・評価し、その結果、3つの候補都市に絞り込んだ。その際の候補都市の評価は表1のとおりであった。

表1.IOCワーキンググループによる2020年大会申請都市の評価結果

 3都市のなかで最も高い評価を得た基準は、東京は「3.選手村」「4.国際放送センター・メインプレスセンター」「7.宿泊施設」「10.セキュリティ」「15.財政・マーケティング」の5つであった。イスタンブールは「14.政府・市民の支持」のみであった。マドリッドは「2.会場配置コンセプト、競技会場」「5.競技大会経験」「6.環境・気象」「12.エネルギー」の4つであった。

 この結果は申請都市から候補都市に絞り込む段階の評価であり、この点数が最終評価に持ち越されるわけではないが、今後の招致活動で東京が克服しなければならない弱みが見えてくる。つまり、イスタンブールとマドリッドが最高得点を得た項目がそれに当る。2020年の開催都市は、2013年9月7日のブエノスアイレスのIOC総会で決定する。それまでに改善可能な項目について、重点的に取り組む必要があろう。反対にいえば、それまでに改善ができない、「5.競技大会経験」「6.環境・気象」「12.エネルギー」については優先順位を下げて、「2.会場配置コンセプト、競技会場」と「14.政府・市民の支持」に注力すべきであろう。

 「2.会場配置コンセプト、競技会場」については、2013年1月7日のIOCへの申請ファイル提出までに、8km圏内のコンパクト開催のさらなる改善とともに、国立競技場の改築など主要会場のリニューアルを盛り込むことができる。事実、国立競技場の設計コンペは11月に開催され、設計者が確定することで、申請ファイルには新しい国立競技場の概要を明記することができる。

 「14.政府・市民の支持」のうち、政府の支持については2011年8月のスポーツ基本法の第27条に国際競技大会の招致又は開催の支援等が明記されたことにより、これまでの閣議決定を含めてさらに強固な支持を得られたことをアピールすることができる。

 一方、市民の支持についてはどうだろうか。2012年5月にIOCが公表した結果は図1のとおりであった。開催申請都市およびその周辺地域での、オリンピック開催に「賛成」とした割合は、マドリッドが78%、イスタンブールが75%、それに対して東京は43%に過ぎなかった。その理由として、東京では「どちらでもない」が30%と最も高い。仮に、イスタンブールの25%と同値であれば、東京の賛成は52%となり、マドリッドの5%と同値であれば、賛成は72%にまで上昇する。日本人が意見を求められたときに、「どちらでもない」と曖昧にするのは、ある意味で国民性ともいえるが、オリンピック招致に際しては、この「中間層」をいかに賛成にするかが重要なポイントであろう。

図1.IOCによる世論調査結果(IFMスポーツマーケティングサーベイズ調べ)

 次回のIOC調査が行われるであろう2013年2月~3月までに、中間層にオリンピックの東京開催の素晴らしさを理解してもらうための具体的な方策について、行政や関係団体は当然ながら、「賛成」する一般国民も自らが口コミで東京開催の意義を伝えることが重要であろう。

 東京開催の意義としては、ツーリズムや都市開発あるいは直接観戦機会の創出などの視点も重要であるが、先行きが見えない東日本大震災の復興の目標年に2020年を設定し、オリンピック開催に際して、支援をいただいた世界各国に復興のアピールと感謝の念を伝えることは日本人として極めて重要だと考える。

 また、世界に対しては、東京開催が東アジア並びに環太平洋の安全保障につながり、世界のなかでも固有文明を有する日本が開催することによって、東西の文明の衝突の抑止に貢献できる点を理解してもらうことも可能であろう。

 国内外に、オリンピック開催の意義を広く深く伝えることで、結果として市民支持率の向上につがなるのではないだろうか。

 オリンピックは単なるメガ・スポーツイベントである時代は終わり、ジャック・アタリが「21世紀の歴史」で示したとおり、未来のオリンピックは「超民主主義」のクリーンな象徴であり、東京オリンピック・パラリンピックが、その新しい道標となることもIOC委員に伝えてはどうだろうか。

間野 義之(まの・よしゆき)/早稲田大学スポーツ科学学術院教授

1963年横浜市生まれ。1991年東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。博士(スポーツ科学)。株式会社三菱総合研究所勤務の後、2002年早稲田大学人間科学部助教授、スポーツ科学部助教授を経て2009年よりスポーツ科学学術院教授。日本アスリート会議代表理事、Vリーグ機構理事、日本バスケットボールリーク機構理事など、スポーツ組織の役員・アドバイザーなどを多数務める。著書に『公共スポーツ施設のマネジメント』、共著に『スポーツの経済学』など。