2016年7月「微生物が人類を救う」東京都・JPタワーホール&カンファレンス
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「ノーベル賞受賞者を囲むフォーラム 次世代へのメッセージ」が7月16日、東京都千代田区のJPタワーホール&カンファレンスで開かれた。「微生物が人類を救う」がテーマで、昨年、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智・北里大学特別栄誉教授が基調講演を行った。大村さんは「失敗を恐れるより、挑戦しないでチャンスを逃すことを恐れよ」と語り、約520人の大学生や高校生らに熱いメッセージを届けた。
基調講演
大村智・北里大学特別栄誉教授「チャンス逃さず挑戦を」

小さい頃、祖母から「世の中で一番大事なのは人のためになることだ」と繰り返し聞かされて育った。私の物の考え方はこの祖母の影響を強く受けている。
学生時代はスキーに明け暮れた。下手だったが、日本一の選手と一緒にやると上達し、できるだけ高いレベルに身を置く必要性を学んだ。ただ、あるレベルを超えるには、言われるがままでなく、独自のやり方でなければ駄目だ。この考え方は研究でも役立った。
山梨大を卒業後、東京の夜間高校で教師になった。ある時、試験に遅刻した生徒が、作業着のまま、油のついた手で答案を書いていた。それを見て、こんなに必死に勉強する生徒がいるのに自分は一体何をやっていたのかと思い、勉強し直そうと決意した。
微生物の力を知ったのもこの時期だ。1965年に北里研究所に入り、東京での研究生活を始めた。以来、大勢の仲間と50年かけて、微生物から500近くの新しい化合物を見つけた。うち26個からは医薬品や農薬、研究試薬が見つかった。
71年に米ウェスレーヤン大に留学した。研究は進み、重要な科学者にも会えたが、研究所から帰国を命じられた。当時の日本は発展途上で、研究費が足りない。そこで、研究資金確保のため、米メルク社と共同研究し、成果が出れば同社にもうけてもらう契約を結んだ。
帰国後は動物薬の研究を始めた。ノーベル賞を共同受賞したウィリアム・キャンベル博士と、家畜やペットに使う薬を開発した。それがイベルメクチンだ。

73年、世界銀行総裁が「西アフリカで最も重篤な病気はオンコセルカ症だ」と訴え、撲滅作戦が始まった。この病気は、ブヨに刺されて寄生虫が人体に侵入し、多くが失明する。この病気にイベルメクチンが有効だった。下半身が腫れるリンパ系フィラリア症にも効いた。メルクが無償供与し、私が訪ねたガーナでも「薬のおかげで感染しない」と現地の人が話していた。フィラリア症は2020年、オンコセルカ症は25年に撲滅されるだろう。
1989年にWHO(世界保健機関)の担当者から、失明した大人の手を引く子供の様子を表したブロンズ像をもらった。彼は「イベルメクチンで病気がなくなれば、ブロンズがゴールド(の価値)になる」と語った。昨年ノーベル賞を受賞して、本当にゴールド(のメダル)を手にした。
若い諸君は、出会いを大事にしてほしい。そして「失敗を恐れ、挑戦しないでチャンスを逃すことを恐れなさい」(経営者ハリー・グレイ)という言葉を贈りたい。
イントロダクション

砂塚敏明・北里大学北里生命科学研究所教授
放線菌は、発酵に使う菌と並んで産業上最も重要な微生物と言える。1万以上の抗生物質が発見されているが、大村先生のエバーメクチンをはじめ3分の2は放線菌の代謝産物だ。抗生物質発見者のノーベル賞受賞は、ペニシリン(1945年)、ストレプトマイシン(52年)に次いで3回目だ。大村先生は、エバーメクチン産生菌の培養皿をストックホルムのノーベル博物館に寄贈した。ペニシリンの皿と共に展示されることになるだろう。
微生物がつくった天然物で人類を救う。大村先生が示したのは、日本が世界に貢献できる道だったと思う。
(注)エバーメクチンから寄生虫薬イベルメクチンが作り出された。
あいさつ

小林弘祐・学校法人北里研究所理事長、北里大学学長
「北里の学祖、北里柴三郎博士は破傷風菌の純粋培養に成功するなど優れた研究成果を上げ、第1回のノーベル賞候補になった。北里博士と大村智先生には、人との出会いを大切にしたり、独創性を大事にしたりと、共通することが数多くある。大村先生のメッセージを聞き、若い世代から次の大村先生を目指す方々が現れることを望んでいる」
質疑応答
――(高校男子)海外企業との関係で苦労した点は。
大村氏 米国企業は契約を大切にする。戸惑いながら苦労して契約書をまとめたが、振り返ると、契約書のおかげでスムーズに共同研究を進めることができた。
――(大学男子)海外で研究する利点は。
大村氏 物の見方が、日本人と外国人は違う。その違いが勉強になった。海外にいて日本文化の素晴らしさに気づくことも多かった。
――(大学院女子)どんな実験にわくわくしたか。
大村氏 すべての研究者が、特定の活性を持つ化合物を探していた頃、私は、微生物は無駄なものをつくらないから、化合物を見つけておけば、後で誰かが使い方を見つけてくれるだろうと考えた。そうやって発見したのがスタウロスポリンで、抗がん作用を別の研究者が見つけた。自分の考えが正しかったことがわかり、とてもうれしかった。

――(高校女子)難題にぶつかったときどうするか。
大村氏 一晩ぐっすり眠る。一人で悩まず、友達や先生に相談し、先輩と議論すると、解決の糸口が見える。
――(高校男子)アイデアはどのように浮かんでくるのか。
大村氏 散歩しているとき、議論しているときに思いつくことがある。すぐにメモすること。消えずに残る。後でそれをもう一度考える。アイデアをつかまえておく人と、逃がしてしまう人との差は大きい。
――(大学女子)研究と恋愛に共通点はあるか。
大村氏 どちらもわくわくしながらやった。そして、往々にして裏切られた。
会場の声
「前向き」見習う
北里大学4年、永江邦光さん「スポーツの経験を研究生活に生かしている。自分の趣味も人生に役立つと思った。挫折を挫折と思わない前向きな点を見習いたい。厳格で怖い人かと想像していたが、寛容そうな先生だった。ぜひ指導を受けたい」
夢に向かい励む
渋谷教育学園幕張高3年、君塚貴之さん「大村先生の開発した薬が、たくさんのアフリカの人々を救ったことに感動した。高いレベルの環境に身を置いて、頑張ることの大切さを実感した。将来の夢に向けて勉強に励みたい」
出会いを大事に
国際基督教大学高2年、弘中瑞咲さん「多くの人々との関わりとチャレンジ精神が、ノーベル賞につながったのだと思った。将来は医学部への進学を考えている。大村先生のような、人との出会いを大事にする人間になりたい」
才能だけではない
北里大学1年、
(2016年7月28日朝刊)
- 主催 読売新聞社
- 共催 北里大学
- 後援 外務省、文部科学省、NHK