読売新聞オンライン

メニュー

【追悼】根岸英一さん ノーベル賞フォーラムの全記録

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

 2010年にノーベル化学賞を受賞した米パデュー大学特別教授の根岸英一氏が6日、死去した。根岸氏はノーベル賞受賞者を囲むフォーラムに11年と14年の2回登壇し、若者たちに研究の面白さや意義を熱心に説いている。追悼の意を込めて、フォーラムでの根岸氏の講演などでの発言を再録し、フォーラムでの活動を紹介する。

調査研究本部主任研究員 杉森純 

「夢を持ち続けよう」

 有機化学とは何か。まずそれを確認したい。炭素を含んだ化合物は、みんな有機化合物。たとえば我々自身の体、着ている物、食べる物など、とてつもなく身近で重要なものだ。21世紀を展望した時、食糧、医療、薬品、燃料などの有機化合物を獲得するために、有機化学の重要度は非常に高まるだろう。

 私は50年来、金属を取り込んで、うまく有機合成する方法を追求してきた。有機合成で大切なのは、合成効率を上げ、余計なものができないよう工夫し、目的の物質を多く得ることだ。

 このことは、若い頃から考え始めた。「帝人」に入社した時、高分子の化学反応を研究してくれと言われたが、大学時代は遊んでばかりいたので、どこから手を着けていいかわからなかった。フルブライト奨学金制度を使い、留学先の米ペンシルベニア大学でたたき直してもらったことは、私にとって非常に大きい。

 大学では、教室の成績は良かったが、実験室に入ると、どうも不器用で、うまくいかない。当時の有機合成法は回りくどく、作れるものも限られていた。悔し紛れというとおかしいが、「もっと簡単にならないだろうか」と考え始めたのが、私の研究の出発点だったかもしれない。

 その頃、パデュー大のハーバート・ブラウン教授(1979年ノーベル化学賞)が、特殊な金属を使って簡単に有機合成できる技術を発表しているのを聞いた。これだと思い、ブラウン先生の下に研究員として行くことにした。先生からは、アイデアをもらったという気持ちはないが、研究の進め方は学んだ。

 私は、何かメッセージを、と頼まれると、「Pursue your lofty Dream with Eternal Optimism」(高い夢を持ち、永遠の楽観主義でそれを追求しよう)と伝える。

 ブラウン先生は、本当に楽観主義でへこたれなかった。失敗しても失敗と思わない。行き詰まることもあるが、それは探索の過程であって、別の道を探ればいいだけ。そのうち、宝の山にぶつかるかもしれない。だから、大きな目標を持って探索していけばよい。

 私の場合は、どんな有機化合物でも簡単に作ることが、大きな夢だった。ブラウン先生の流儀で研究を進めると時には良いことにも当たる。新しい発見だ。発見を一つ、二つと重ねるうちに、こんなに楽しい商売はないと思うようになる。お金をもらい、時には賞ももらえる。そして50年続けた後に、ノーベル賞をいただけたのは望外の喜びだ。

 ここにいる皆さんも私自身も、幸せに生きたいと、全員が望んでいるだろう。幸せの要素としては、健康、家族、仕事が挙げられる。さらに4番目には趣味がある。仕事がしんどい時、いい趣味を持っているのは大切。そして私が特に伝えたいのは趣味のことだ。仕事が面白くなると趣味になっていく。私自身も仕事という趣味が突出している。仕事が趣味になった時、素晴らしい人生と呼べるのではないだろうか。

【パネル討論】

世界に目を向けて

 白川英樹氏 私は、有機合成化学にあこがれがある。植物は太陽光を利用して(光合成を行い)エネルギーを作るが、それが人間の手で行えれば、エネルギー革命や食糧革命につながる。現状はどうなっているのか。

  根岸氏  結論から言うと、まだ期待に沿える段階ではない。ただ、今世紀中にはかなり進展し、できるようになると確信している。天然で起きていることを実験室で再現し利用する生化学的なやり方が一つある。それと同時並行で、石油から化学繊維を作ってきたように、別の方法でそういう原理を構築できると思うし、その方がはるかに早いだろう。同じ目的でも手法はかなり違うので、両方のやり方で追求すべきだ。

 時間はかかるだろう。私の研究室でも(ノーベル賞につながる)重要な大発見があったのは、もう30年以上も前のことになる。

――根岸先生は講演で幸せの条件に触れたが、科学者の幸せと、科学が貢献して生まれる社会の幸せとの関係をどう考えるか。ノーベル賞に輝いた「根岸カップリング」は特許を取っていない。社会のために使ってもらおうとしたのか。

  根岸氏  そこまで博愛主義者ではないが、いい仕事ができたときには誰よりも早く発表したい。特許よりそちらに関心が高かった。結果として、特許を取る機会を失ったというか忘れた。後になって皆さんがどんどん使ってくれたことは、私にとって願ってもないこと。結果としては良かった。

――若い時に海外に出ることの重要性は。

  根岸氏  世界を自分の活動の場として、そこから師を選ぶ。そして非常に重要なのは、いい先生につくこと。日本にいても日本だけではないし、米国にいても米国だけではない。世界中を考慮すべきだ。

 白川氏 狭い日本より、もっと人材が豊富な世界に目を向けるのは価値がある。言葉の壁があるかもしれないが、実践して初めて身につく。最初は苦労しても半年もすれば意思疎通できるようになる。

――会場から質問が届いている。日米の研究環境や教育の違いは。

  根岸氏  大学院から上のレベルでは、日本のいい点は、しっかりしたチームが、ある程度できていること。核となる人物を中心に研究が進む。能率的で、良いシステムだと思う。米国では、ポスドク(博士研究員)が2、3年で入れ替わり、長期的に様々な情報を蓄えているのが私だけになる。もう一つの大きな違いは、米国は大学院レベルで、1年半から2年間、しっかりした講義があることだろう。

 このコースワークが、基礎知識になり、知識レベル全般が上がる。それをしっかりこなすと、後になって、あの時に習ったことがやっぱり重要だったな、となる。

――科学者にとって最も大切な資質は何か。

  根岸氏  自分は何が好きか、これが第一。その好きなことについて自信がある。となれば、とことんのめり込んで突っ込んでいく。基礎知識を持ち、判断力も必要だ。精神的にへこたれず、やり遂げる意志が強いとか、科学者にはそういう面も重要。失敗を失敗と思わず続けることだろう。

 あるテーマで10年かけて研究をやり、もう一つのテーマでまた10年、というふうに、課題が見つかってくる。これは失敗ではなく探索の過程だ。そこに、失敗や偶然が大発見につながる「セレンディピティー」がある。

――若い世代へメッセージをお願いしたい。

  根岸氏  食糧問題やエネルギー問題など、皆さん一人一人が「これから解決すべき課題」を見つけてほしい。繰り返しになるが、本当に好きなことを探す。その分野に必要なことを十分にできるのか自問して、自分に向いていると思ったら突き進んでもらいたい。

(2011年7月10日、石川県野々市町の金沢工業大学で開かれたノーベル賞受賞者を囲むフォーラム「科学と社会」の基調講演とパネル討論)

「野心を持ち、目標は高く」

 研究者向けの「ABC指針」をご紹介したい。AはAmbitious(野心的な)のAだ。目標を高く設定し、野心を持つ。目標は高いほどよい。BはBasic(基礎の)とBroad(広い)のB。基本に忠実で広い視野を持ってほしい。Cは、本日のテーマであるCreativity(独創性)のCだ。ノーベル賞の選考委員会も候補者の研究が独創的かどうかに焦点を当てている。

 Cは私の専門であるCatalysis(触媒作用)のCでもある。私たちは毎日、化学反応を促進する触媒のお世話になっている。例えば自動車の排ガス処理装置には白金など貴金属の粒子が触媒として使われていて、一酸化炭素などの有害なガスが無毒化される。

 米国ペンシルベニア大の大学院で、不器用な私は実験で失敗ばかりしていた。自己嫌悪に陥った。その時、有機合成を誰でも簡単にできるものに変えてやろうという野望を抱いた。

 レゴ・ブロックを組み合わせると、家でも人形でも車でも作ることができる。レゴのようにどんな化合物でも合成できる方法を編み出そうと考えた。それがクロスカップリング反応を用いた新しい合成法だ。

 クロスカップリングは良い触媒がないとうまくいかない。私は元素の周期表を眺め、どの元素が触媒に向くかを徹底的に調べた。112個の元素が載っている周期表を意識して研究すれば、化学の土俵いっぱいを使って勝負できる。周期表を発明したロシアのメンデレーエフは11個の元素を発見しているが、ノーベル賞を11回受賞してもよいくらいの業績だ。

 触媒にはパラジウムが良かった。パラジウムのクロスカップリングは、当時普及していた方法よりも幅広い化合物を合成できた。私が使っている血圧降下剤もこの方法でつくられている。

 触媒は物と物を結びつける仲人役で、反応が終わると、また使える。それが触媒の妙だ。必要量のパラジウムの価格が100万円だとしても、100万個の化合物をつくることができるのならば十分に採算がとれる。

 ノーベル賞受賞に至るまでに、人は7段の階段を上らなければならない。大学を卒業し、奨学金試験を突破し、米国で博士号を取る。私が2度目の留学でパデュー大学に入ったときは、5段くらい上っていた。30年以上かけて残り2段を上り、化学賞を受賞した。

【パネル討論】

夢を追い続けよう

――個人的なことを聞くが、学生時代、成績はどうだったか。

  根岸氏  小中学生のときは勉強で苦労した覚えはなかったが、高校ではそれではダメだった。自分が望む大学に入れないことが分かったので勉強する気になり、にわかにむちゃくちゃ勉強するようになった。そういう意味では、日本の受験勉強というものも励みというかプラスになった。化学の世界では、高校で習ったことがかなり研究に通用する。高校で、あるレベルの知識を蓄えることは、将来、非常に大きな力になる。

――最近、日本の学生は海外留学をためらう傾向があるという。海外での経験は大切なのではないか。

  根岸氏  米国に行ったのは1960年。その頃の日本は、戦争の痛手から復興する時だった。一方の米国は痛手をあまり受けておらず、ケネディ大統領が「10年の間に月に行く」と宣言して、本当に行ってしまい驚いた。進んでいるというだけでなく、戦勝国と敗戦国の大きな違いを感じ、刺激を受けた。大学院教育も確立しており、(研究に)重要なことは全部習った気がする。

――独創性とは何か。根岸先生は独創的な発見に至るまでを考察している。

  根岸氏  発見の過程には、最初にニーズと願望がある。学界でも産業界でも、何か新しいものを見つけようと考える発端は、この二つにあると思う。

 非常に重要なのは「系統立った探求」だ。私自身はパデュー大学のブラウン教授に、マンツーマンのような形で教えを受けた。教授は、一つの失敗について、原因を突き止めるため、三つの実験を命じた。研究室のメンバーはぼやいていたが、確かにその方法でないと、どこが悪いのかがはっきりしない。一方、最近はセレンディピティー(偶然から生まれる幸運)を重視する傾向があるが、おまけ程度に考えておくべきだ。

――次世代の若者にメッセージを。

  根岸氏  まず大きな夢を持ち、それを追い続けよう。私自身も、今もずっとそういうつもりでやっている。

(2014年11月20日、東京都・海運クラブで開かれたノーベル賞受賞者を囲むフォーラム「独創性とは何か」の基調講演とパネル討論)

無断転載・複製を禁じます
2122632 0 ノーベル賞フォーラム 2021/06/14 12:22:00 2021/06/14 12:22:00 2021/06/14 12:22:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210614-OYT8I50020-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)