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【講演要旨】人工光合成への挑戦 植物に学ぶ触媒デザイン 正岡重行・大阪大学大学院教授

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 私は植物の光合成反応を人工的に再現する研究を行っています。「金属錯体」と呼ばれる分子を材料に、「人工光合成」を目指した基礎研究を進めています。人工光合成と金属錯体が私の講演のキーワードになります。

 まず金属錯体とは、金属イオンを中心部に持っていて、周囲に有機化合物が結合した構造の化合物です。有機物と無機物(金属イオン)のハイブリッドの材料を、我々は研究対象にしています。有機でも無機でもなかなか達成できない機能が、このハイブリッド化合物では達成できるからです。

身体の中にある金属錯体

 金属錯体はあまり聞き慣れませんが、身近にあります。体の中にも入っています。よく知られているのは赤血球です。赤血球にはヘモグロビンというたんぱく質が含まれ、その中にヘム鉄と呼ばれる赤い金属錯体が入っています。血液が赤いのは、中心に鉄イオンを持った金属錯体が含まれているからです。

 この金属錯体がどういう役割を果たすのかといえば、皆さんの体全体に血液を通して酸素を運んでいます。この鉄の部分に特異的に酸素分子が結合して、それが体の中を巡ります。鉄分が不足すると貧血になるのは、ヘム鉄の数が減ってしまうからです。

 もう一つのキーワード、人工光合成について理解するために、生物が生きるためのエネルギーについて考えてみたいと思います。

 植物にとってエネルギーは何かというと、太陽の光です。もう少し詳しく説明すると、植物や藻類が行う酸素発生型の光合成では、太陽光によるエネルギーを用いて二酸化炭素と水を材料に、炭水化物と酸素を作り出しています。

 この反応は、地球環境の変遷に最も大きな影響を与えた生化学反応で、酸素発生型の光合成生物の出現で、地球上に豊富な有機物と酸素が蓄えられました。また、酸素発生型光合成で作られた炭水化物は、我々の生命活動のエネルギー源になっています。

 豊富な食糧はもともと植物が作り出した有機物が中心になっていますし、例えば我々が消費している化石燃料のうち、石油はプランクトンが地中でゆっくりと変成してできています。一方、石炭はシダ植物です。こういった化石燃料を形成する有機物も、元をたどれば酸素発生型の光合成生物が作り出した炭水化物に行き着きます。

深刻なエネルギー問題

 炭水化物は非常に重要なエネルギー源になっていますが、光合成生物が生産・貯蓄してきたエネルギーを現在、人類は大量に消費し、深刻なエネルギー問題、環境問題に直面しています。そこで、天然の光合成の概念を模倣して貯蔵可能なエネルギーができないか―と最近注目を集めているのが人工光合成の研究です。

 人工光合成と言っていますが、多くの研究では最終産物の炭水化物までつくる必要はないと考え、反応の過程で生まれる水素であったり、アルコールであったり、非常に小さな分子の合成を目指しています。というのも、こういった小さい分子のほうが炭水化物よりも燃料としては使いやすいというメリットがあります。また、合成も簡単であろうという予想のもとで研究を進めています。

 太陽光エネルギーを貯蔵可能なエネルギーとして作り出す化学反応は、非常にシンプルに思えますが、この反応自体を実際に行うのは非常に難しく、盛んに研究が行われています。

色素、触媒はいずれも金属錯体

 人工光合成をもう少し違った視点で見ていきましょう。植物は二酸化炭素を光合成によって炭水化物に変換し、エネルギーとして貯蔵します。この炭水化物を我々が食べて代謝することで、呼吸をして二酸化炭素を排出します。炭水化物は地中でゆっくりと変成して化石燃料になり、これをエネルギー資源として大量に消費しているのが人類社会の炭素循環になります。このような循環とは全く別の独立した炭素循環を作るのが人工光合成の大きな目標です。

 では、人工光合成を行うために必要なものは何か考えましょう。もし水に太陽光エネルギーを与えて、水素や酸素に分解する反応ができればエネルギーを取り出せます。そのためには最低二つが必要です。

 一つは、太陽光を吸収できる色素です。天然の光合成を行う植物の葉っぱは緑色をしています。クロロフィルという緑色の色素があり、可視光が50%を占める太陽光をしっかり吸収しています。

 もう一つは、色素が得たエネルギーを用いて水を水素と酸素に分解する反応をスムーズに起こせる触媒です。色素も触媒も、実は金属錯体なのです。

 人工光合成の研究には様々なアプローチがあります。我々は、水を酸化して酸素を出す「酸素発生反応」をメインで研究しています。この反応に注目したのには、二つの大きな理由があります。

 一つは、酸素発生反応は再現が難しく、人工光合成のボトルネックであると言われているからです。人工光合成を可能にする色々な化学反応を考えると、酸化と還元の反応をそれぞれ別々に行う必要があり、難度が高いのです。

酸素発生反応は生命進化の一大事

 もう一つの大きな理由は、酸素発生反応が生命進化の一大イベントであると考えられている点です。二十数億年前に登場した微生物シアノバクテリアが、酸素発生型の光合成の仕組みを初めて身につけた生物であり、水を酸化させて酸素を出しながら電子を取り出す機構を獲得しています。

 これは、生命が進化の過程で得た水を酸化する唯一の手段であり、水を電子源にできるようになったことで、水の惑星である地球で光合成を独占しています。もし人類が、水の酸化を伴う人工光合成を実現できれば、生命進化における2回目の大イベントではないかと考えています。

 植物の光合成システムを見ると、水を酸化して酸素を出している部分に存在する金属錯体には、四つのマンガンイオンと一つのカルシウムイオンが入っています。非常に効率の良い触媒機能を持っていますが、生体の中だけで安定的な構造といえ、取り出して人工光合成に使うのは難しいのです。従って、人工的にデザインした化合物を使う研究がこれまでたくさん行われてきました。

高い活性、耐久性、安価が課題

 ここで研究の課題を挙げておくと、金属イオンは「活性が高く」「耐久性も高く」さらに「安価」であることが求められます。

 これまでの代表的な研究といえば、ルテニウムという金属イオンを中心に持つ金属錯体を使う手法です。ただし、ルテニウムは希少元素で値段が高いのです。そこで我々は、たくさんあって安価な鉄に着目し、2011年から研究を始めました。

 鉄錯体の研究で注目してほしいのは、1秒間に何個の酸素分子を出すことができるかという触媒回転頻度の数値です。鉄はルテニウムに比べると圧倒的にこの頻度が低く、「活性が高い」とは到底言えないことがわかりました。鉄を使って高い効率の酸素発生触媒を作るには、従来の金属錯体とは異なる全く新しい触媒設計が必要だったのです。

植物の金属錯体をお手本に

 我々は、植物の酸素発生錯体から触媒デザインを学んで、それを新しい人工的な触媒で再現すれば、効率が高まるのではないかと研究を進めました。開発のポイントは、酸化反応で生じた電子が還元反応の部位に移る「電子移動」と、酸素原子が酸素原子と結び付く「結合生成」を本物の植物のように効率良く進めることです。

 天然の光合成は、マンガンイオンとカルシウムイオンが入った錯体が、反応の中心部位に含まれています。この天然の化合物は金属イオンを複数含む金属錯体であるという点が大きな特徴で、それゆえに多電子の移動がスムーズに行われているのではないかと考えることができます。

 もう一つ、天然の化合物では金属イオンが非常に近接した位置にあることに我々は注目しました。特に水分子を活性化させるサイトが非常に近接しているため、酸素原子間の結合生成反応に効いているのではないかと見たのです。この二つの要素を持った金属錯体を使えば、スムーズな反応が進行するはずだと考えたのです。

鉄5個の金属錯体で研究

 そこで我々は、鉄が5個入った金属錯体を作りました。これなら、多電子の移動がまず可能だと考えられます。また隣接した二つの鉄イオンが結合生成に非常に効率良く働くと考えて研究を進めました。

 その結果、この化合物は非常に高い反応選択性をもって水を酸素に変換できることがわかりました。その選択性は94%以上です。また、耐久性も非常に高く、100万回転以上、触媒反応が進行します。さらに、触媒回転数が毎秒1900回(毎秒1900個の酸素分子を出す)を記録しました。

 酸化・還元反応のうち、水素発生反応のような還元側の反応との融合最適化によって人工光合成システムの構築ができるのではないかと、我々は展望しています。また、こうした生体に学ぶデザイン戦略が、他の研究にも一般化できれば、新しい学問領域のようなものが作れるのではないかと考えています。

窒素循環は実質的に人類が支配

 人工光合成はどんな未来を導くのでしょうか。ここで、空気中にたくさんある窒素の循環について考えてみましょう。地球上の生命活動によって空気中の窒素を還元し、生物が利用可能な形(アンモニア)に変換する反応(窒素固定)は、すべてニトロゲナーゼという天然に存在する酵素によるものです。

 約100年前にドイツのハーバーとボッシュによって「ハーバー・ボッシュ法」が発明され、鉄を触媒として窒素をアンモニアに変換する手法が誕生しました。現在、ニトロゲナーゼによって固定される窒素と、ハーバー・ボッシュ法による窒素の量はほぼ均等です。これは人類が、地球上の窒素循環について、実質的に支配していることを意味します。

植物から独立した新たな炭素循環

 このように人類による元素循環の支配は決して不可能な話ではなく、SFでも何でもありません。しかもそれが100年前の技術で行われています。

 我々は次の世界を作っていかなくてはなりません。炭素循環を支配して、植物から独立した新しいエネルギー社会の構築を目指します。そのための基礎研究に真剣に取り組んでいきます。

(読売テクノ・フォーラム「ゴールド・メダル賞」受賞記念講演会「科学の力で、世界を元気に」2019年5月11日、東京都千代田区の日本プレスセンター大ホールで)

 プロフィル
正岡 重行氏( まさおか・しげゆき
 1977年生まれ。同志社大学工学部卒。京都大学大学院博士課程修了。工学博士。九州大学大学院助教、科学技術振興機構(JST)研究員、分子科学研究所准教授などを経て、2019年4月より現職。専門は錯体化学、電気化学。

無断転載・複製を禁じます
1652818 0 テクノフォーラム 2020/11/01 05:00:00 2020/11/01 05:00:00 2020/11/01 05:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/10/20201030-OYT8I50091-T.jpg?type=thumbnail

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