読売新聞オンライン

メニュー

ニュース

動画

写真

スポーツ

コラム・連載・解説

発言小町

漫画

教育・受験・就活

調査研究

紙面ビューアー

その他

サービス

読売新聞のメディア

購読のお申し込み

読売新聞オンラインについて

公式SNSアカウント

【講演要旨】複雑な分子を簡単に組み立てる 井上将行・東京大学大学院薬学系研究科教授

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

 有機化学は炭素を含む分子の化学です。例えば、医薬品、食べ物や私たちの体の中にあるDNAなどは、すべて炭素を基本にした有機分子です。有機分子は数千万種以上知られ、その様々な機能や薬効は分子の形と構成原子が決めています。医薬品は基本的には炭素で作られている有機分子ですので、有機化学は薬作りの基本です。

たんぱく質と結合して薬効を発揮

 こういう分子は、基本的には私たちの体の中にあるたんぱく質に結合し、その働きをうまい具合に調整して、病気を治しています。

 2015年に最も売り上げが大きかった医薬品は、C型肝炎を完全に治す薬ハーボニーです。最先端のぶん値段は高く、1錠が大体8万円し、1人を治すのに500万円以上かかります。高値に目をつけて偽造品も出回りました。錠剤に入っている医薬分子の構造が見られたら、偽物がわかるかもしれませんが、外見では正規品と見分けがつきません。

 ハーボニー1錠のサイズは大体2センチ・メートルですが、医薬分子の大きさは3ナノ・メートル(ナノは10億分の1)で、見ることができません。ただ、1錠の中に4(がい)6千京個というみたことのない桁数の分子が含まれており、体の中で良い働きをしてC型肝炎が治るのです。こうした医薬品はどのように開発されるようになったのでしょうか。

 アスピリンは解熱鎮痛剤として非常に有名な薬です。有効成分はアセチルサリチル酸といい、フェリックス・ホフマンによって100年前に開発され、今も年間1000億錠が作られています。

 アスピリンは痛みや熱に関与するたんぱく質に結合して働きを止めます。この有効成分は古代エジプトの時代から知られていました。1800年ごろ、柳の木から純粋な成分、サリチル酸が取り出され、抗炎症剤として使われました。しかし、強い酸性の性質があって胃腸障害の副作用が起きるのです。そこで、アセチルサリチル酸に別の分子が結合した化合物アスピリンが作られました。酸性が緩和され副作用が減ったことで、今でも使われる薬になりました。

 ホフマンは樹皮の成分ではなく、石油から得られるフェノールを二酸化炭素と反応させてアセチルサリチル酸を作り、さらに化学反応をもう一つ使ってアスピリンを大量生産しました。これは100年前の話ですが、今もある医薬品の開発方法の一つです。

 自然界から得られる生物活性を持つ天然物は今でも医薬品として非常によく使われています。1981~2014年に世界中で新しく認可された医薬品はわずか1200種です。そのうち30%が天然物か、天然物の構造を少し変えた誘導体です。その中で5%は天然物がそのまま使われています。例えば抗がん剤タキソールはイチイの木からとれる天然物です。一方、70%を占める化学合成薬の一つである鎮痛剤ロキソニンは、自然界から得られたものとはあまり関係のない構造をしています。

新たな合成法や構造解析技術の登場

 この100年で、複雑な化合物を合成できる様々な新しい手段(有機反応)が生まれました。2010年にノーベル化学賞に輝いた合成法「クロスカップリング」が有名です。米国パデュー大の根岸英一さん、北海道大の鈴木章さんら3氏が受賞しました。カップリングは基本的には二つの成分を連結して一つの成分にする反応です。金属のパラジウムを触媒に複雑な構造の化合物をくっつけられるようにした業績です。高血圧の薬ロサルタンは、鈴木カップリングで二つの成分を縮合して比較的簡単に作れます。

 分子の構造を知る技術が進歩してきたのも見逃せません。島津製作所の田中耕一さんら3氏が画期的な方法を開発し、02年にノーベル化学賞を受賞しました。この技術により、今までわからなかった有機物の構造がわかるようになってきました。

 田中さんの業績は特殊な質量分析法です。かなり革新的な技術で、従来よりも何万分の1の量で、分子の大きさが簡単にわかるようになりました。

 極めて強い抗がん活性を持つ化合物にハリコンドリンがあります。海にあるクロイソカイメン0.6トンから10ミリ・グラムしかとれず、かなり非効率的です。そこで化学合成の出番です。

 ハーバード大の岸義人先生は新しい有機反応を開発して、この化合物を合成しました。ありふれたビタミンCとグルコースから合成を始め、120の有機反応で実現したのです。反応を繰り返すと全く別の活性を持ち、形も別の化合物を作ることができます。これが有機合成の一番すばらしいところです。

 岸先生と製薬企業のエーザイは研究を進め、この全体構造の半分だけで同様の抗がん活性が出ることを発見しました。有機反応も半分の60工程で済み、コスト的に見合うようになりました。今この分子は抗がん剤ハラヴェンとして使用されています。

複雑な構造の最適な合成法を探す

 私たちは、こうした有機反応の進歩に役立つ基礎研究を行っています。私たちが人工合成した天然物には、植物由来の化合物リアノジン、その仲間のリアノドールなどがあります。酸素が多く連なる構造の化合物を主に作ってきました。こういう複雑な化合物を単純な方法で作れるようにして、医薬品の候補にするのが私たちの研究のモチベーションです。

 レジニフェラトキシンという化合物を取り上げます。辛み成分が実は鎮痛剤になり得るという話です。

 黒胡椒(こしょう)の辛み成分はピぺリンといい、唐辛子の辛み成分はカプサイシンです。後者は粘膜への強い刺激とか灼熱(しゃくねつ)感を引き起こします。ピペリンもカプサイシンもTRPV1(バニロイド受容体-1)という痛み、熱や温度の知覚をつかさどる特殊なたんぱく質にくっつきます。私たちが痛いとか熱いと思ったときはこの受容体が働いて刺激を伝達しています。スパイス・唐辛子も同じたんぱく質で感知できます。

 痛みを伝えるたんぱく質は唐辛子の辛み成分がくっつくことで結果的に機能しなくなります。例えば激辛な食べ物で口の中がジーンとしている時に痛みは口の中ではあまり感じられません。それと似たことが起きます。ですから唐辛子のカプサイシンは医薬品として疼痛(とうつう)や神経痛の緩和に使われています。

 レジニフェラトキシンはサボテンに似た植物から得られます。唐辛子のカプサイシンよりも辛みは30倍強いです。スパイスとして利用すると大変な辛さですが、鎮痛剤で使うなら絶対に強いほうがいいです。それには化学合成が最初の関門です。合成法を確立して新しい鎮痛薬の開発につなげる研究ができればいいと思ったのです。とはいえ、非常に複雑な分子を合成する方法があまりありませんでした。

ラジカル反応で複雑な化合物を合成

 私たちはラジカル反応を使おうとしました。ラジカルは、急進的とか過激なさま、という意味です。

 ラジカル反応をオゾンホールの生成で説明しましょう。オゾンホールはオゾン層の破壊によって生まれます。破壊はラジカル反応によって起きます。温室効果ガスのフロンに光が当たるとCl(塩素)にドットがついたCl・ができます。ドットがついたラジカル化学種は非常に反応性が高いのが特徴で、色々なことを起こします。オゾン層ではCl・がO3(オゾン)と反応して結果的にO2(酸素)ができます。O3が減ってO2になるとオゾンホールができて紫外線がそのまま地球に入ってくることになります。

 もう一つの例は水族館の水槽壁面です。ガラスではなくて大抵の場合アクリル樹脂というプラスチックです。アクリル樹脂はラジカル反応で合成します。ラジカル化学種がどんどん反応するとたくさんのものが集合した高分子(ポリマー)ができます。透明性が高くて使いやすいので水族館で使われています。

ラジカル反応を制御する

 この二つの例では、ラジカル反応は制御が難しいことが知られています。オゾン層は勝手に減りますし、アクリル樹脂を作る時には大きいポリマーが勝手にできます。ラジカル反応により、特定の形を持つ特定の分子に合成するには制御方法が必要です。

 アスピリンを例に挙げれば、石油原料から二つの有機反応を組み合わせて合成できます。二つの成分が次の生成物になり、また二つの成分が次の生成物になる。一般的な化学反応はこのように進みます。

 ではA、B、Cという3成分を一遍に反応させたらどうか。欲しいもの(A+B+C)はできません。なぜなら、AとCが反応してA+Cができると、A+CとBは反応せずにアスピリンにはなりません。AがBと反応してA+Bになり、A+BがCと反応してA+B+Cになるのが理想ですが、三つを混ぜるとそうなりません。A+Aになるもしれませんし、A+B+AやA+C+Aなど色々と想定されます。

 有機化学の反応には「順番」とどんな「反応剤」を使うかが重要なのです。有機反応を制御するには二つの成分で制御するほうが簡単だというルールがあります。私たちはそのルールを変えたいために三つの成分でラジカル反応の制御を試みました。

3成分の反応する順番を決める

 私たちは、使う反応剤に対して二つの情報を持たせました。反応性を制御するために、A+B+Cに重みづけをします。A+Bなら反応する、B+Cなら反応する、しかしA+Cは反応しないという重みづけです。そうすると反応の組み合わせの数は減らすことができます。ただそれでも色々なものができます。ですから、さらに反応の順番も決めます。順番はAを始点にしてCを終点にすると、A+Bが反応して、B+Cが反応すると終わります。そうするとA+B+Cしかできません。この二つの情報を分子構造に持たせることで、3成分での反応を制御できるようにしたのが私たちの研究の大きな成果の一つです。

 もちろん、それぞれの部分構造は手に入れやすい原料から作らなくてはいけません。私たちはD-リボースというDNAを構成する糖を原料にしました。ありふれたD-リボースから、完全に構造が異なり生物活性も異なるレジニフェラトキシンが最終的に合成できたのです。構造を1工程で複雑化することによって全体的には合成が簡単になるというのが私たちの戦略の重要な特徴です。そうすることによって、今まで困難と思われていた様々な複雑な化合物の合成も可能にしてきました。

プロフィル
井上 将行( いのうえ・まさゆき
 東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。米スローンケタリングがん研究センター博士研究員、東北大学大学院理学研究科助手、同講師、同助教授を経て2007年から現職。専門は有機合成化学。

無断転載・複製を禁じます
1617139 0 テクノフォーラム 2020/11/11 13:00:00 2020/11/25 19:01:14 2020/11/25 19:01:14 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/11/20201111-OYT8I50027-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

アクセスランキング

新着クーポン

NEW
参考画像
お買い上げ金額から10%OFF
NEW
参考画像
1ドリンクサービス(お一人様1杯)
NEW
参考画像
1,000円以上お買上げの方に「とうきび茶」プレゼント
NEW
参考画像
「ふぞろいの牛タン・切り落とし」一品プレゼント!
NEW
参考画像
ファーストドリンク一杯無料

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)