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【講演要旨】生命の源をつくる 林克彦・九州大学医学研究院教授

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たった1個の受精卵から個体ができる不思議

 人の体は約60兆個の細胞から成り立っていると言われます。これだけの細胞を持つ人間も、たった1個の受精卵が始まりです。

 精子の核と卵子の核が融合して受精卵ができ、それが分裂していき、その結果、60兆個の細胞になります。細胞の数が増えるだけでなく、脳や皮膚、消化管など、様々な細胞がオーガナイズ(組織する。体系化する)されていきます。たった1個の受精卵が、どのようにしてオーガナイズされていくのか、どうして受精卵だけが、そのようなことができるのか、ということが本日の講演のテーマです。

 私は2005年から4年間、日本学術振興会特別研究員としてイギリスのケンブリッジ大学に行きました。研究所の名前は「ガードン研究所」です。iPS細胞(人工多能性幹細胞)の作製成功でノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の山中伸弥先生と同時受賞されたジョン・B・ガードン先生の名前を冠した研究所です。

 ガードン先生は、オタマジャクシの小腸の細胞から核を取り出して、核を壊した他のカエルの卵子に移植しました。すると、通常の受精と同じく、オタマジャクシ、そしてカエルに成長することを発見したのです。

 皮膚細胞が受精卵のような状態に戻らないように、成長・分化した細胞は元に戻ることがないと言われていたのですが、ガードン先生は、元に戻ることができることを示しました。これを「リプログラミング(初期化)」と言います。

 また、哺乳類である羊でも、リプログラミングが起きることが明らかになりました。羊の乳腺の細胞の核を他の羊から採取した卵子に入れて移植すると、羊の子どもが生まれました。生まれた羊の名前は「ドリー」です。

 卵子の働きで驚くのは、他の細胞の記憶を消してしまうことです。その上で個体になれるようにしてしまうというのが卵子の最大の魅力です。

卵子や精子が他の細胞と異なる理由

 発生の初期段階で、卵子や精子になる生殖細胞系列と、脳や血液など生殖細胞以外の体細胞系列に分かれます。体細胞は基本的には元に戻れません(ただし、ガードン先生が発見されたように卵子に移植すれば可能です)。ところが、生殖細胞は元に戻れるという特殊な性格を持っています。

 一つの受精卵から60兆個の細胞になる途中で重要な働きをしているのが遺伝子です。遺伝子はたんぱくをコード(暗号化)しており、そのたんぱくを使っていろんな細胞の形が作られます。人の場合、約2万個の遺伝子があります。

 壁一面に2万個くらいの「引き出し」があって、その中にたんぱくが入っている様子をイメージしてください。

 卵子など何にでもなれるような細胞では、約2万個の引き出しがすべて開ける状態になっています(実際にはまだ開いていない)。一方、例えば神経細胞では、いくつかの引き出しが開いています。それぞれの引き出しからたんぱくを取り出すと、神経の細胞になります。

 ただ、そのいくつかの引き出し以外を開けられては困るので、ロックがかかっています。ロックがかかっていれば、間違った分化が起きません。このロックこそが、元に戻れない「からくり」なのです。

 ロックというのは生物学的に見ると、DNAの伸び縮みです。DNAには遺伝子が乗っていて、人の場合、一つの細胞の中に約2メートルもあります。DNAが、細胞の中にふらふら入っていると都合が悪いので、折り畳まれて核の中に存在しています。それを緩めるか緩めないかというのがロックの仕組みです。

体外培養によって幹細胞から卵子を作る

 我々の大きな研究テーマは、様々な細胞の元となる幹細胞から卵子を作り、でき上がる過程を理解して、それを有効利用しようということです。

 卵子は発生過程のごく早い時期から分化していきますが、その過程のほとんどが胎児の中で起きます。ですから取り出して見ることができません。体外で培養してその過程を見るということは、その仕組みを理解する上で非常に重要です。

 幹細胞は、自分をコピーすることができ、さらに他の細胞にもなれる細胞です。幹細胞には、「体性幹細胞」と「胚性幹細胞(ES細胞)」の2種類があります。

 我々が使っているのは「胚性幹細胞」です。これは体のあらゆる細胞になれる幹細胞です。発生のある特定の時期だけに出てくる細胞です。マウスで言うと受精して4~5日後、人で言うと1週間ちょっとですが、胚盤胞というものができます。

 外側は胎盤に、内側は胎児になります。この胎児の細胞を取ってきて培養すると胚性幹細胞になります。これは色々な培養条件によって皮膚になったり、骨格筋になったり、神経細胞になったりします。

 これには胚をつぶすという作業が入りますので倫理的に使うのが難しくて批判がありました。山中伸弥先生がそれを打破するために作ったのが、iPS細胞(人工多能性幹細胞)です。細胞に外来遺伝子を入れるだけでほぼES細胞と同様な細胞ができることを示しました。

生命の神秘解明へ「パスワード」を解く

 ES細胞やiPS細胞を使って卵子を作るには、どのようにしたら良いでしょうか。生殖細胞は基本的には二つの段階に分かれます。第1段階目は「始原生殖細胞」で、これが全ての生殖細胞の元になります。始原生殖細胞は雄も雌も変わらなくて、見た目もあまり変わらないですが、それが性分化を起こし、雄では精子、雌では卵子になります。これが2段階目です。

 始原生殖細胞は、人で言うと、受精後2週間くらいの発生のごく初期にできますが、精巣や卵巣に移植すると、配偶子(精子や卵子)になる能力を持っています。まず、ES細胞で、この細胞を作ろうと考えました。

 胚盤胞の中の細胞は、やがて始原生殖細胞になります。これを体外培養で行うのは非常に難しいです。例えて言うならば、パソコンなどで必要になる「パスワード」が分からないようなものです。他の生体内の実験で、パスワードは大体3文字ぐらいで、1文字目は数字かな、2文字目はアルファベットかな、3文字目も数字かな、くらいは分かりますが、それ以外は分かりません。様々に条件を変えて培養し、やっと、始原生殖細胞を作ることができました。

 できあがった始原生殖細胞を精巣に入れてみると、ちゃんと精子になりました。それを使ってマウスの子どももできました。生まれた時はやはりうれしかったですね。

ES細胞・iPS細胞から卵子を作る

 次に卵子を作ろうとしましたが、実は、精子を作るより難しいのです。始原生殖細胞を作り、一方で、卵子になるのをサポートするような細胞も混ぜ合わせました。そのような方法で、卵子を作ることに成功しました。

 ES細胞から作った始原生殖細胞を精巣や卵巣に移植して精子や卵子に分化させましたが、この移植する方法には様々な不都合な点があります。まず、移植する動物を用意しなければいけない。もう一つが、免疫拒絶にあう問題があります。移植を回避し、すべて体外培養で精子や卵子を作りたいと思いました。

 始原生殖細胞から卵子ができるまでは、何段階もありますので、これを全部体外培養で行うのは、とても難しいことでした。今度はパスワードが10文字ぐらいあり、いずれの文字も数字なのか、アルファベットなのか、分からないくらいの難度です。

 そこで、始原生殖細胞から卵子ができるまでを大きく三つの段階に分け、それぞれで培養条件を検討します。一つ一つの段階において、それぞれのパスワードを見つけていくのです。何度も実験を続け、やっと卵子を作ることができました。できた卵子を受精させると子どももできました。生まれた子どもは見た目も寿命も普通のマウスと変わりません。

 ES細胞でなく、iPS細胞でも精子と卵子を作ることに成功しました。この研究結果は、米国の科学誌「サイエンス」で2016年の10大ニュースに選ばれました。

絶滅寸前のキタシロサイの保護に貢献を

 アフリカに住むキタシロサイは、密猟が原因で2頭しかいなくなりました。そこで、キタシロサイのiPS細胞を使って卵子を作り、絶滅を防げないか、と考えました。キタシロサイの保護に関する国際的な会議が2015年、ウィーンで開かれ、私も呼ばれました。そこで、iPS細胞を使った計画について語りました。現在、この計画が進んでいます。

 まずは、キタシロサイにおける「パスワード」を解明しなくてはなりません。大きな問題があります。パスワードを押した後に、それが正しいのか、正しくないのか、分かるまでには時間がかかることです。マウスの場合、すぐに分かるのですが、サイの場合はパスワードを押してから分かるまでに例えば1時間くらいかかると考えてもらえればよいでしょう。

 マウスで言うと始原生殖細胞が卵子になるまでに大体5週間くらいかかります。細胞培養をして、一つ一つ条件を試しながら、我々2人の研究者が実験をして、パスワードの解明まで5年かかりました。

 一方、サイの場合、始原生殖細胞が卵子になるまで約90週かかると考えられます。マウスの研究と比較すると、単純計算でパスワードの解明に90年かかることになります。

 「90年」ということは、当然僕は死んでおり、次の世代でも解明が難しいかもしれません。

 つまり、研究は僕の世代だけで終わるものではなく、次の世代へと続く「リレー」なのです。ですから我々がやれるところまでやっておきますので、それを次世代に渡すというのが、我々の大きな使命です。

 そのための三つの戒めがあります。(1)へんなもの(ウソ)を渡さない(2)渡せる人を育てないといけない(3)次世代がやることにあれこれ口を出さない……です。次世代の人たちがうまく考えてやっていくように見守っていくというのが重要だと考えています。

プロフィル
林克彦( はやし・かつひこ
 明治大学農学部卒業。理学博士。東京理科大学生命科学研究所助手、大阪府立母子保健総合医療センター常勤研究員、ケンブリッジ大学ガードン研究所博士研究員などを経て、2014年から現職。専門は発生生物学。

無断転載・複製を禁じます
1617293 0 テクノフォーラム 2020/11/11 13:00:00 2020/11/25 18:51:59 2020/11/25 18:51:59 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/11/20201111-OYT8I50035-T.jpg?type=thumbnail

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