【講演要旨】ゲリラ豪雨を予測する 三好建正・理化学研究所チームリーダー
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私は気象学者ですが、データ同化という分野で研究をしてきました。本日は今回の受賞理由となったゲリラ豪雨を予測する研究とデータ同化の展望について話します。
地球の気象をスパコンで再現
コンピューターを使ってどうやって天気を予報しているかをご紹介します。気象衛星ひまわりが撮ったような雲画像をコンピューターの中にどうやって再現するかということです。
コンピューターのシミュレーションで地球を模倣するために、丸い地球をメッシュ(網の目)状に細かく分割していきます。メッシュが細かければ細かいほど解像度が良くなり、より現実に近い気象状況を再現できます。気象庁が動かしている日本付近の天気予報のシミュレーションには、一辺5キロ・メートルのメッシュと2キロ・メートルのメッシュが使われています。
メッシュを区切ったら、その中の大気の状態を決める必要があります。風、気温、湿度、雲、気圧が基本変数です。それぞれのメッシュの中にそうした大気の状態を示す数字が入っています。大気は地面付近から上空まで層を成していますから、鉛直方向も数十~100層に分割されます。それだけ多くの数字を入れなければいけないわけです。
すべてのメッシュに数値を入れたものが数値天気予報モデルです。周辺の影響も考えて移り変わりを計算します。そのためには海面水温や太陽の位置も考慮する必要があります。あとは熱力学や流体の物理法則で計算します。
これで気象の移り変わりをシミュレーションすることができます。今の状態がわかれば明日の状態がわかり、あさっての状態がわかります。つまり天気予報になるのです。
神戸市の理化学研究所計算科学研究センターにあるスーパーコンピューター「京」は、かつて計算速度世界一を誇りました。京で描いた雲をご覧下さい。これは地球を一辺870メートルのメッシュで細かく区切った世界最高解像度の地球気象のシミュレーションです。
天気予報が当たらない理由
天気予報が当たらないのは、予報の誤差が時間と共にだんだん増えていくからです。1日後はいいのですが、計算を進めていくと、7日後は予測がぐちゃぐちゃになります。
場所によっても予報の当たりやすさは違います。上空に気圧のトラフ(くぼみ)、つまり低気圧をつくるもとになるものがあると、外れやすくなります。低気圧は雨を降らせるもとですから、雨が降る時に限って当たらないということになります。
データとモデルを同期させる

データは現実世界を計測して得られるものです。世界はこういう原理で動いているだろうと思われる方程式を立てて、それを一から解いていくことで、現実世界をモデル化してつくるのがシミュレーションです。測定をすることで、自然の振る舞いとシミュレーションのモデルの振る舞いを同期させる(近づける)ことがデータ同化の本質になります。
どういうことかというと、自然は自然として振る舞うし、それを模倣したモデルもモデルとして振る舞い、離れようとします。両者を引き離そうとする力があるからです。気象学者のエドワード・ローレンツが発見した「カオス」(時間と共に誤差が拡大し予測できなくなる現象のこと)による影響です。
引き離す力が強いほど予測することが難しくなります。自然の振る舞いとモデルの振る舞いを近づけるためには、良い観測をたくさんする必要があります。データ同化によって同期させるのです。
観測にも誤差がつきものなのですが、データ同化をすると、観測よりも小さい誤差で本当の状態を推定できるようになります。
この部屋の気温を推定するとします。気温を温度計Aで測りました。温度計Aには誤差があります。シミュレーションから出てくる気温Bにも誤差があります。両者を重ね合わせると、より誤差の幅が狭い気温を見積もることができるのです。
これを気象でもやります。数値天気予報では、過去の観測情報を時系列に沿って積み重ねていきます。天気予報が当たるようにするための大事な方法です。
ゲリラ豪雨の予測が可能に
ゲリラ豪雨は、局地的・突発的に起こる豪雨です。わずか10分ほどで大気の状況が急変して出現します。1時間に1度しかシミュレーションを更新できなかった従来の気象庁の予報では予測できません。
最近、フェーズドアレイ気象レーダーという新しい観測装置が開発されました。板の中に128本のアンテナが張られていて、同時にいろいろなアングルで空間を観測することができます。軍事技術を転用した装置で、従来のパラボラアンテナだと5分かかっていた観測が、30秒でできるようになりました。データ量にすると100倍にもなります。
すばらしい観測装置と高解像度のシミュレーションがあるので、データ同化の研究者として、両者を使ってゲリラ豪雨の予測をやろうと着想しました。ビッグデータを同化するプロジェクトとして始めたのです。
2014年9月11日朝、神戸で出現したゲリラ豪雨をフェーズドアレイ気象レーダーがとらえました。この豪雨のデータ同化に挑みました。
観測は急激に発達する雨雲をとらえています。それを追いかけるようにシミュレーションしました。結構苦労しましたが、うまくいきました。ゲリラ豪雨を30分前に予測できるようになったのです。
ひまわりのデータを活用する
2015年7月に運用を開始した気象衛星ひまわり8号は、7号の約50倍のデータを取得できるように改良されています。観測にかかる時間も30分から10分に短縮されました。
この年に一番強く発達した台風は、ひまわり8号運用開始直後に発生した台風13号でした。この台風をシミュレーションしてみました。新しいひまわりのデータを同化させることで、シミュレーションでも台風の構造をよく再現できました。これで台風の急速な発達も予測可能になったと考えています。
茨城県で鬼怒川が氾濫した2015年9月の関東・東北豪雨は記憶に新しい災害です。台風通過後にできた線状の降水帯が停滞して大雨が降り続きました。同じようにひまわりのデータを使うと、観測されたような降水帯を再現できるようになりました。
いろいろな分野で使えるデータ同化
データ同化は気象学の分野で大きく発展してきましたが、今ではシミュレーションできる分野が増えてきています。
生命現象も少しずつですがシミュレーションできるようになってきていますし、化学反応も分子レベルでシミュレーションできるようになっています。
最近私たちが取り組んでいるのが、森林のシミュレーションです。木を一本ずつ生やしていくようなシミュレーションができます。人工衛星からは、地球の表面はどれぐらい緑色か、木がどのくらい生えているかを観測できます。データ同化することで、木がどういうふうに成長していくのか、この地域の木を切ったら将来どうなるのかを予測できます。
日本の里山は人手を加え続ける必要がありますが、林業離れが進むと経験をうまく継承できないおそれがあります。失われた経験をシミュレーションで補うことができるかもしれません。
プレス加工にも応用しようとしています。例えば車のドアを作製するときは、いろいろな鉄板を使い、どれぐらいの力でどういうプレスをすればいいかを実験で試行錯誤を繰り返して見つけていきます。この実験の一部をシミュレーションで代用したいところです。そこでデータ同化を使ってシミュレーションの精度を上げていくのです。
降雨量の予測に基づき水力発電ダムを効率的に運用する、人間の脳の活動についての数理モデルをつくる、医療データを使って高額の薬が特定の個人に効果があるかを事前に予測する、といった問題にもデータ同化は応用できます。
理化学研究所で多くの研究者が取り組んでいる細胞分化の研究や、青色発光ダイオードをつくるプロセスにもデータ同化を使っていこうとしています。
「1足す1」を2より大きく
予測は常に誤差を含んでいます。この誤差を正面から扱おうとしているのがデータ同化です。現代数学の最先端でも扱われるようになってきました。
「1+1∨2」というのは正しい数式ではありませんが、これを実現する足し算がデータ同化です。2より大きい価値をつくり出したいのです。
科学は人類がつくり出した文化です。ある研究をしようと思った時に、人と人がつながることで新たな発想が生まれます。私もいろいろな人と出会って新たな発想を得て、あらゆる場面で「1+1∨2」を実現できるようにしたいと思います。
