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考古学の探究は「文化」による国際貢献だ

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POINT
■戦後の日本人考古学者による本格的な海外発掘調査は、中東と南米で始まった。それらの発掘現場で学んだ研究者が、後に次々と自らの発掘現場を持つようになり、両地域では今も多くの日本人研究者が活動している。

■注目されるのは、彼らの多くが、遺跡発掘と同時に教育活動や、保存・修復・展示まで踏み込んで、地元への貢献を重視した活動を行っていることだ。

■現地の人々の心に歴史への誇りを 涵養(かんよう) する考古学の営みは、インフラ整備や経済支援とは別の意味で日本の存在感を示す力を持っている。考古学調査を文化による国際貢献としてもっと評価し、日本政府は外交戦略に「文化」をはっきり位置づけるべきだ。

文化部 清岡央 

「文明の起源」を求めて

東大のアンデス調査隊が最初に発掘を手がけたコトシュ遺跡
東大のアンデス調査隊が最初に発掘を手がけたコトシュ遺跡

 戦後の日本人考古学者による海外発掘調査は1950年代後半、東京大学が中東メソポタミアと南米アンデスに相次いで調査隊を送ったことに始まる。56年に江上波夫教授が団長を務める東大イラク・イラン調査団が、「農耕の起源」を求めてイラク北部テル・サラサート遺跡の調査を始めた。58年には泉靖一教授が率いる東大隊がアンデスに入り、60年からペルー中部コトシュ遺跡で紀元前2500~前1800年頃の神殿跡の発掘を始めた。「新旧両大陸文明起源の比較研究」という壮大な構想があったという。

 メソポタミアでは、その100年以上前から欧米の考古学者たちが発掘を始め、研究成果を蓄積していた。日本隊が華やかな文明期を避け、研究が始まったばかりだったそれ以前の時代を研究テーマに選んだのも、そちらのほうが存在感を示せるとの判断があった。戦前に朝鮮半島や満州(現中国東北部)などをフィールドにしていた泉氏も、敗戦で引き揚げた後の研究テーマにアンデス文明の起源を選んでいる。日本が廃墟から復興する中、「文明とは何か」という問いを発せざるを得ない、という思いもあったという。

各国に広がった日本隊の活躍

破壊されたバーミヤン大仏の破片の回収作業(2006年撮影)
破壊されたバーミヤン大仏の破片の回収作業(2006年撮影)
修復によって鮮やかな彩色壁画がよみがえったバーミヤン遺跡の石窟(2006年撮影)
修復によって鮮やかな彩色壁画がよみがえったバーミヤン遺跡の石窟(2006年撮影)
バーレーンの古墳で発掘現場説明会を行う日本人研究者(2016年撮影、ワーディー・アッ=サイル考古学プロジェクト提供)
バーレーンの古墳で発掘現場説明会を行う日本人研究者(2016年撮影、ワーディー・アッ=サイル考古学プロジェクト提供)

 その後、オリエントとアンデスでは、半世紀を超えて連綿と発掘が続いている。この間に現場で学んだ若手研究者たちは、新たな遺跡に調査を広げ、地道に研究の裾野を広げてきた。

 中東を始めオリエントの調査で成果を上げたのは東大隊だけではない。名古屋大学は1964年にアフガニスタンに調査隊を送り、仏教遺跡として名高いバーミヤン遺跡などを調査した。その後も続いた調査の成果は、長年の内戦と旧支配勢力タリバンによる大仏爆破の後、破壊されたバーミヤン遺跡の修復活動に生かされてきた。

 バーミヤン遺跡では、2003年からユネスコと日本やドイツなどの専門家が、破壊された遺跡の保存修復にあたってきた。資金は、「ユネスコ文化遺産保存日本信託基金」があてられている。日本政府がユネスコに拠出して各国の文化遺産保護に役立てられている資金だ。現地で保存修復にあたってきた前田耕作・和光大学名誉教授によると、爆破の際に大きな亀裂を生じた摩崖の修復はほぼ終わったが、東西2体の大仏は飛び散った仏像の破片回収がようやく終わり西大仏の奥壁保護作業のための足場を組んだところで、最近の治安悪化のため作業中断を余儀なくされているという。大仏を復元するかどうかの議論もまだ決着していない。

 トルコ中部のカマン・カレホユック遺跡では、東京の中近東文化センターが1986年から発掘を続け、製鉄の起源をめぐる発見を重ね、現地に研究所や博物館も設けている。周辺のエジプト、シリア、バーレーンなどの遺跡でも日本隊が活発に発掘を行ってきた。研究テーマも「人類の進化と拡散」「遊牧の起源」「都市の起源」「帝国の形成」など多岐にわたる。

 アンデスでは、東大隊が200点を超えるアンデス最古級の黄金製品を発見したペルー北部のクントゥル・ワシ遺跡が名高い。この遺跡では1988年から現在に至るまで調査が続き、この間に巣立った研究者たちが、地上絵で名高いナスカ、黄金の耳飾りをした「貴婦人」の墓が発見されたパコパンパ、神殿の壁面を飾る巨大レリーフ発見が話題になったワカ・パルティーダ遺跡など、アンデス各地で活躍している。

 アンデスでの成果を総合した日本の研究者たちは、文明の形成過程をめぐる「神殿更新説」を提起した。古代アンデス文明に特徴的な巨大神殿は、平等だった社会に権力が発生した結果として建てられたものではなく、平等だった時代から同じ場所で神殿の建て替えが繰り返され、建て替えが社会変革の原動力になって権力や格差が生まれた――という考え方だ。現在、世界の考古学界では異なる立脚点から神殿更新説と似た論を展開する研究者が増えており、それらを先取りするものだった。

地元への貢献 多様な形で

 こうした学術的な成果に加えて、これらの調査で特筆すべきは、ただ掘るだけでなく、地元への還元に心が砕かれていることだ。還元の内容は出土遺物の保存、遺跡の整備、現地での博物館建設など多岐にわたる。

クントゥル・ワシ遺跡で出土した黄金の冠
クントゥル・ワシ遺跡で出土した黄金の冠
カマン・カレホユック博物館に展示された遺跡の模型
カマン・カレホユック博物館に展示された遺跡の模型

 前述したペルーのクントゥル・ワシ遺跡では、出土した黄金製品を展示する博物館が1994年、地元の小さな村にできた。建設資金は、発掘した日本の研究者たちが黄金製品など出土品の展示会を日本で開いて寄付を募るなどして集めた。1958年からアンデス調査に参加してきた大貫良夫・東大名誉教授が館長を務め、日常の運営は地元住民が行っている。日本でも支援団体「希有の会」(佐藤謙会長)が2009年に発足し、資金援助などを続けている。

 トルコでは、やはり前述したカマン・カレホユック遺跡を発掘している中近東文化センター付属アナトリア考古学研究所が2010年、遺跡近くの村に博物館を開館させた。資金は日本の政府開発援助(ODA)があてられ、この遺跡や、同研究所が発掘を手がける他の2遺跡からの出土品などが展示されている。大村幸弘研究所長の「どんな遺跡にも歴史を変える重みがあることを伝え、調査成果を地元に返したい」という思いが結実したものだ。隣接して設けられた日本庭園には、アナトリア高原の小さな村にあって、コロナ禍以前は年間10万人以上が訪れていた。

 文化遺産には「現地保存の原則」がある。「遺跡や建造物などは、土地や環境と一体で存在したものだから、そこにあった状態で維持すべきだ」という考え方で、法律などで明文化されているわけではないが、現在では国際的な認識になっている。18~19世紀、エジプトやギリシャなど各地の古物が、西欧などに持ち去られた歴史への反省から生まれた。博物館で保管・展示するにしても、文化の一部だけ切り離すべきでない、との考え方に立てば、遺跡のすぐ近くの博物館で出土品が公開されていることは、最も望ましい状態と言える。

 現地の博物館を日本人研究者が支援するケースもある。イラク北東部のクルド人自治区は、イラク戦争後、比較的早く治安が落ち着き、2010年前後から外国の考古学調査隊が入り始めた。中部大学の西山伸一教授は2015年から、自治区のスレイマニヤ県にある新アッシリア帝国時代の都市跡であるヤシン・テペ遺跡の発掘を続け、金製の指輪を着けた女性らが葬られた未盗掘墓を発見するなどの成果をあげている。

 加えて西山氏は、日本からスレイマニヤ博物館に保存修復や展示に必要な資材を送ったり、博物館の職員を日本に研修に招いたりしている。「発掘に現地当局の理解や協力を得るには、こうした貢献を行うことが、これまで以上に重要になっている」と西山氏は言う。自治政府が外国隊を積極的に受け入れている背景には、バース党政権時代、イラクがアラブ民族の国家であることが強調され、少数民族の歴史に光が当てられなかったことへの反動があると言われる。クルドの人々にとって土地の歴史を正しく発信する上で、博物館の充実は欠かせない。クルド人自治区はイラク戦争後、比較的早期に一定の自治を獲得して治安が安定し、西山氏は「調査していて身の危険を感じたことは一度もない」という。

 遺跡の復元整備を行った例としては、シリアの世界遺産パルミラ遺跡がある。パルミラはシルクロードの隊商都市として紀元前1世紀~紀元後3世紀に栄えた。今はシリア内戦で中断しているが、奈良県が組織した調査隊が1990年から地下式墓や家屋型の墓の発掘調査を続けてきた。奈良隊は発掘した6基の墓のうち、特に文化遺産的価値が高い2基について、修復・復元までを手がけた。復元に際しては、日本の考古学者が得意とする調査段階での 精緻(せいち) な記録を基に、崩れた石材もなるべく元の位置を特定して積み直すなど、それまで現地ではできなかった高い精度の復元を行った。

「考古学は地域に勇気をあたえる」

 研究者が遺跡を発掘する最大の目的が「自らの学問的関心の追求」にあることは言うまでもない。かつては発掘した後の成果を論文として学術誌に発表して終わり、というケースも多かったという。だが、今では海外調査に限らず、地元への成果還元は考古学の基本と言える。

 多くの一般向け著作を残して2013年に死去した森浩一・同志社大名誉教授は、「考古学は地域に勇気をあたえる」という名言を残した。森氏は戦後しばらく、考古学研究が古代日本の中心だった奈良や京都にばかり目を向けてきたことを批判する一方、「地域学」を提唱して日本海側や関東、東海などの遺跡の価値を積極的に発信し、考古学ファンの心をつかんだ。 吉野ヶ里(よしのがり) 遺跡(佐賀県吉野ヶ里町)や 三内丸山(さんないまるやま) 遺跡(青森市)のような大規模な遺跡が発見されなくても、身近な遺跡や文化財が地域の誇りを醸成している例は日本でも数多い。自治体などが行う発掘調査で重要な成果があれば、土・日曜日などに一般向けの現地説明会が行われるのも、そのためだ。

 海外で調査を進めるには、発掘への理解を得たり、現地で作業員を雇ったりすることが必要で、地元との関わりはさらに重要になる。象徴的なエピソードは、東大アンデス調査団が、スーツ持参でアンデスに赴くのが、当初からの伝統になっていることだろう。遺跡近くのテントに寝泊まりしていても、トランクにはスーツがしまってあり、地元のフォーマルな会合に出席する際には着用する。「現地の人たちへの敬意は調査者にとって、何よりも大切なこと」と大貫氏は言う。

文化による国際貢献とは

 地元に還元された日本隊の調査成果が、地域社会に変化をもたらした例もある。アンデスのパコパンパ遺跡では、紀元前800年頃の黄金の耳飾りを身に着けた女性の墓が発見され、「貴婦人の墓」と名付けられた。調査している関雄二・国立民族学博物館副館長によれば、女性は生まれながらにして社会を率いていくことが決まっていたリーダーだったと考えられるという。この遺跡ではその後も金の首飾りや獣頭人身の石像など、多くの重要な発見が続いた。

『パコパンパの貴婦人』らしき女性が登場した地元の村の仮装行列(2015年撮影、関雄二・国立民族学博物館副館長提供)
『パコパンパの貴婦人』らしき女性が登場した地元の村の仮装行列(2015年撮影、関雄二・国立民族学博物館副館長提供)

 興味深いのは、地元の村で毎年行われている祭りの仮装行列に、「貴婦人」らしき女性の仮装や、関氏の仮装をした村人が登場するようになったことだ。関氏はこうした変化を、「記憶の生成」と呼び、遺跡の価値が広く認識されて村の人々の記憶が上書きされることこそ、将来にわたって遺跡を守っていくことにつながると考えている。

 筆者はかつてトルコのカマン・カレホユック遺跡を訪ね、地元の町の市場を一人で歩いていた時に、タマネギを山のように積んで売っていた老人から「オオムラ・ベイ・ビリヨルム(大村さんを知っているよ)」と、満面の笑みで話しかけられたことが忘れられない。大村氏が発掘を始めた当初は、地元の人々から「宝探しに来たのか」と疑われることすらあったことからすれば、外国人の調査隊による遺跡発掘に対する現地の人々の感情に大きな変化があったことがうかがえる。

 こうした例を知るほど、日本隊による発掘は文化による国際貢献としての側面がもっと日本で知られ、評価されるべきだと感じる。道路やダムを造ったり、産業技術を伝えたりすることはもちろん立派な国際貢献だが、歴史への誇りを涵養することは、現地の人々の心に直接働きかけ、日本の存在感を示す力を持っている。日本政府は外交戦略に「文化」をもっとはっきり位置づけるべきだ。中でも考古学をはじめ、文化遺産の分野で、日本には分厚い研究や人材の蓄積がある。それらの力を活用するために、資金面を含めた効果的な後押しが求められている。

 オリエント各地で調査を行ってきた日本人研究者9人に筆者がインタビューした『オリエント古代の探求 日本人研究者が行く最前線』=写真上=が中央公論新社から出版されました。アフガニスタンのバーミヤン遺跡、シリアのパルミラ遺跡、エジプトのサッカラ遺跡とヒエラコンポリス遺跡などでの、知的興奮に満ちた調査の様子が生き生きと語られています。四六判240ページ、定価2090円(10%税込み)。

 2018年5月にはやはり筆者が聞き手を務めた『アンデス古代の探求 日本人研究者が行く最前線』(大貫良夫、希有の会編)=写真下=も中央公論新社から刊行されています。四六判204ページ、定価1980円(10%税込み)。






プロフィル
清岡 央( きよおか・ひさし
 2010年から文化部で歴史、文化財、世界遺産、クラシック音楽、文化庁などの取材を担当。

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2081602 0 文化 2021/05/27 10:33:00 2021/07/07 10:09:51 2021/07/07 10:09:51 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/05/20210526-OYT8I50049-T.jpg?type=thumbnail

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