読売新聞オンライン

メニュー

データが拓く 次世代の街づくり

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

POINT
■人口減少や少子高齢化、コロナ禍の状況下では、都市部、地方ともにデータに基づく効率的な街づくりが重要だ。

■ビッグデータやデジタル技術を活用して暮らしの利便性や快適性を高め、ヒト、モノ、カネを地域に呼び込め。

■政府は、改正国家戦略特区法(スーパーシティ法)を有効に機能させ、スピード感のある規制改革を進めて都市・地方のデジタル化をサポートせよ。

■成否のカギを握るのはデジタル人材の育成だが、日本は他の先進諸国と比べて質量とも劣後している。産学官の連携で取り組みを進めたい。

調査研究本部主任研究員 高橋徹

 少子高齢化に伴う人口減少に新型コロナウイルス感染拡大が追い打ちをかけ、日本経済が打撃を受けている。こうした中、人工知能(AI)やビッグデータなどの最先端技術を活用し、社会のあり方を根本的に変えるような都市・地域づくりに注目が集まっている。

 世界各地で情報通信技術(ICT)を駆使した都市のデジタルトランスフォーメーション(DX)化を進める取り組みが進む。日本でも政府が「スーパーシティ構想」を掲げ、自動運転走行などの先端技術の導入を大胆な規制緩和で支える仕組みを作った。すでに官民双方から様々な構想が浮上し、地域経済を活性化させる起爆剤としての期待も大きい。各地の事例を紹介しながら、データが(ひら)く「未来都市」の姿を展望したい。

トヨタの未来都市

 霊峰・富士を望む静岡県裾野市に位置するトヨタ自動車東日本の旧東富士工場。東京ドーム15個分に相当する約70万平方メートルの広大な敷地で、最高級車「センチュリー」などの主力車を生産してきたが、昨年末に閉鎖。跡地にトヨタが社運をかける先端技術都市「ウーブン・シティ」が建設される。

ウーブンシティの地鎮祭に出席したトヨタ自動車の豊田章男社長(2月23日、静岡県裾野市で)=香取直武撮影
ウーブンシティの地鎮祭に出席したトヨタ自動車の豊田章男社長(2月23日、静岡県裾野市で)=香取直武撮影

 「ここをイノベーション(技術革新)の発信の場にしたい」――。2月23日に行われた地鎮祭に出席したトヨタ自動車の豊田章男社長は、報道陣を前にこう意気込みを語った。

 ウーブン・シティは、英語で「織られた都市」の意味。現在公表されている計画によると、地上に自動運転車用や歩行者用など3本の専用道路を網の目のように敷設するほか、地下にも物流用の自動運転車専用道を建設する。トヨタがこの街を通して目指すのは、自動車を開発・生産するだけの伝統的な自動車メーカーから、移動に関わるサービス全般を手掛ける「モビリティー・カンパニー」への脱皮だ。

 自動車業界は、技術革新や社会構造の変化の波が押し寄せ、「CASE(ケース)」(コネクティッド、自動運転、シェアリング、電動化)と呼ばれる100年に1度の大変革期に差し掛かっている。トヨタはこうした厳しい時代を生き抜くため、ウーブン・シティを社会実験の場とし、実際の暮らしの中で自動運転やAIなどの先端技術を活用しながら、生活の利便性を向上させるノウハウを吸収する考えだ。新たな発想を採り入れるため、NTTなど自動車業界以外の異業種との連携も強めている。

 国内でゼロから新しいスマートシティをつくる事例は、珍しい。自動運転の実験をするにも、既存の公道では道路法や道路交通法など様々な法規制が立ちはだかるが、自社の敷地内なら開発や走行の自由度を確保することができる。

 25年までに入居が始まる予定で、当初は子育て世代や高齢者、技術やサービスの「発明家」など計約360人が住み、将来的には2000人規模の街に拡大する。トヨタは、高齢化や子育てなど社会が抱える課題の解決にもつなげたい考えだ。豊田社長は「(将来も)未完成で、ゴールがない街づくりにトライしたい」と説明する。

「大丸有」の実験

 日本を代表するビジネス街の東京・大手町、丸の内、有楽町の通称「大丸有」。高層ビルが林立するこの地区を最新のデジタル都市に造り替える「大丸有スマートシティビジョン」が昨年3月に発表された。

 主体となるのは、三菱地所など地権者を中心とするエリアマネジメント団体の「大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会」だ。40年を完成時期とし、「時代をリードする国際的なビジネスのまち」、「情報交流・発信のまち」、「新技術やデータを活用するスマートなまち」など九つのビジョンの実現を目指している。

 大丸有の構想は、区域内でデータを利活用する「エリアマネジメントモデル」を確立して、他の地域でも展開可能な街づくりを目指しているのが特徴だ。リアルタイムのデータを収集して可視化・分析することで、エリアが抱える課題や社会ニーズの抽出、解決策とのマッチングが可能になり、エリアの魅力や快適性を高めることができるという。

 将来的には、デジタル空間とリアル空間の大丸有を融合させて、防災・防犯の強化や、周辺で働くオフィスワーカーの健康・快適性の向上なども手掛ける計画だ。

東京・丸の内で行われた自動運転の実証実験。歩行者との併存を目指し、時速6キロ・メートルの低速で走行。
東京・丸の内で行われた自動運転の実証実験。歩行者との併存を目指し、時速6キロ・メートルの低速で走行。

 向こう3年程度は、「実証・実装期」と位置付け、様々な社会実験を通して知見を蓄積する予定で、3月8日から14日にかけて、丸の内地区で自動運転バスの実証実験を行った。

 実験地となった「丸の内仲通り」周辺は、短距離移動の潜在的なニーズがある。ランチの時間帯は、歩行者専用道路となり、自動車の通行は出来ないが、警視庁などの許可を得て、歩行者と自動運転バスの運行が併存できるかどうかを確認した。

 ソフトバンクの子会社で自動運転サービスを手掛ける「ボードリー(BOLDLY)」保有のバスを使用。約350メートルの距離を時速6キロ以下の低速走行で1日5~8往復運行した。試乗した40代の女性会社員は「想像以上にスムーズな走行で、街の景観にも合っていた。高齢者や観光客が周辺を回遊する移動手段に適している」と話した。

 構想の核となる「都市OS(基本ソフトウェア)」についても23年には実装を行い、25年には稼働させる予定だ。交通や人の流れ、物流、社会基盤(インフラ)などのデータと各種統計データをOSに集約し、複数の企業が活用できるデータライブラリーを構築するという。

 協議会の委員長代理を務める三菱地所の黒田和孝氏は「新しい技術が普及するには、技術的・法律的な問題をクリアすると同時に、それを人々が使ってみたいという社会的な受容性が必要だ。『大丸有』を実験の場として継続して使っていくので、周辺で働く方々にも実験に参加してもらい、変化する街の応援団になってほしい」と呼びかけている。

「健幸都市」の挑戦

 デジタル技術やデータを駆使した街づくりは、人口減や高齢化、人手不足などの課題を抱える地方都市とも親和性が高い。

 新潟県中央部に位置する見附市は、のどかな田園地帯が広がる典型的な地方都市だ。

 人口は約4万人で、10年前に比べて約2700人減少した。一方で65歳以上の高齢者の割合は高まり、全体の3割強を占める。何も施策を講じない場合、40年には人口が3万1000人に減少し、高齢者人口は4割に迫るとみられる。

 同市の久住(くすみ)時男市長は「人口が減るのは当たり前だが、住んでいる人の満足度を上げないと、街は活性化しない」と話す。

 そこで同市が2009年から取り組んでいるのが、市民が健康で幸せに暮らせる街づくり「スマートウエルネスシティ=健幸都市」だ。

 公共交通機関の脆弱(ぜいじゃく)な地方都市では、自家用車への依存度が高い。車での移動に慣れ親しんでいる分、近場の移動でも車を使うケースが多くなりがちだ。同市は自家用車保有率が高いエリアほど、糖尿病の発生率が高いという医療データに着目。さらに30~70歳代の市民約700人を対象にアンケートを実施し、運動習慣がなく、健康への関心が薄い層が65%に上ることを突き止めた。

 こうしたデータをもとに、生活習慣病の予防のために厚生労働省が推奨する1日8000~1万歩を市民が日常生活において達成できるよう、「歩いて暮らせるまちづくり」をスローガンに掲げ、12年に市健幸基本条例を制定した。運動をすると、買い物などに使えるポイントを付与したり、運動、医療、福祉などの施設を中心市街地に集積させたりするとともに、歩行者優先の市道やベンチ、遊具などを設け、市民が自発的に歩きたくなる環境を整備した。

 市民の健康増進の柱として期待されるのが、AIによる分析結果を活用した最適な保健指導モデルの採用だ。同市は13年に健康ビッグデータを収集・分析する「健幸クラウドシステム」を導入。市民の8割弱の医療ビッグデータを匿名化して一元化し、市の取り組みの成果を検証・評価してきた。

 19年からは、筑波大と同大発のベンチャー企業「つくばウエルネスリサーチ」などが手掛けるAIシステムに医療ビッグデータなどを提供している。市民の健康データに最新の論文などに基づく研究成果も加味してAIが解析し、浮かび上がった課題に対応した具体的な施策を提案する仕組みだ。

 同市の視線の先にあるのは、市民の健康をサポートして、医療費や介護費などを抑制することだ。同市の75歳以上の後期高齢者1人当たり年間医療費は2017年実績で72万8202円となり、全国平均94万4561円より20万円以上低かった。

スーパーシティ構想

 新型コロナウイルスの感染拡大で、地方創生の取り組みが岐路に立つ中、切り札として政府が推進するのが、スーパーシティ構想である。先端技術の活用と、それを可能にする大胆な規制改革を進め、地域が抱える諸問題の解決を目指す構想だ。

 昨年9月に施行された改正国家戦略特区法で制度化された。スーパーシティに認定された区域については、必要な規制改革が一括処理される。これまで中央省庁の抵抗や縦割り行政の弊害で停滞していた改革が、一気に前進する可能性がある。

 4月16日に受け付けが締め切られ、福島県会津若松市や茨城県つくば市などが名乗りを上げた。政府は専門調査会や国家戦略特区諮問会議などの意見を踏まえて、第1陣として5か所程度を選ぶ方針だ。

 スーパーシティに認定されるには、<1>幅広く生活全般をカバーする先進的な取り組みが行われる<2>2030年の未来の生活を先取りする<3>供給者や技術者目線ではなく、住民の目線でより良い暮らしの実現を図る―という3要素を満たす必要がある。

 具体的には、移動、物流、金融、行政手続き、医療・介護、教育、エネルギー・水、環境・ゴミ、防犯、防災の11項目のうち、五つ以上の領域をカバーする分野横断的な内容でなくてはならない。

 大学や研究機関が集積し、「科学の街」として知られるつくば市は、世界レベルの科学技術を結集して、様々な社会課題を解決する構想を描く。

 同市の案では、外国人が多く住む筑波大周辺、子育て世代が多いつくば駅周辺などで、行政手続き、移動、物流など5分野で先端技術を生かした街づくりを進める計画だ。

 行政手続きでは、投票所に行かなくてもスマートフォンなどを使って投票できるようにする。移動では、個人用の低速移動車による交通サービスを始める。自動運転車をオンデマンド(受注対応)で配車する仕組みも作るという。

 物流では、空の利用権を土地の所有者と売買する仕組みを作り、ドローンによる配送ルートを構築する。無人配達ロボットを使った自動配送も目指す。

 市は計画を推進するため、産業技術総合研究所や国立環境研究所、防災科学技術研究所など市内の研究機関のほか、筑波大、同大発のベンチャーなど県内外51の企業・団体を連携事業者に選定した。

 一方、会津若松市は、ヘルスケア、キャッシュレス、防災、観光、教育など11分野での先進的なサービス提供を掲げている。

 ヘルスケアの目玉施策は「医療機関滞在15分プロジェクト」。スマートフォンを通じて診療予約や事前問診を行い、診療時間に合わせて交通手段も手配することで、待ち時間なく受診できるようにする。決済は自動で完了し、処方薬も自宅へ配送するため、医療機関での滞在時間が約15分で済むという。

 このほか、位置情報を利用した災害時の避難誘導や家族の安否確認、AIを活用して希望の場所で乗り降りできるバスの運行などを盛り込んだ。

グーグルの 蹉跌(さてつ)

 こうした先端都市づくりを進める上で欠かせないのが、住民の理解と協力である。

 その反面教師になりそうなのが、カナダ政府などと米グーグル系会社サイドウォークラボが手を組んだデータ集約型都市の挫折だ。

 2017年にトロント市が公募したウォーターフロント地区の再開発をサイドウォークラボが受託し、ありとあらゆる場所、ヒト、モノの動きをセンサーで感知する世界最先端のデータ都市づくりの構想を発表した。だが、渋滞解消や防犯のために多数の監視カメラなどでデータを集める計画に住民が猛反発。結局、住民との溝は埋まらず、計画は頓挫した。個人の移動データなどを一企業が握ることへの市民の反発は想像以上に強かったようだ。

 大量のデータ収集には個人情報流出などの懸念がつきまとう。防犯カメラやスマートフォンの位置情報で個人の行動が把握されることには、監視社会への流れを警戒する市民も少なくあるまい。

住民対話とデジタル人材

 スーパーシティ制度では、住民への説明や同意を規定している。住民と対話し、十分に理解を得て進めることが肝要だ。

 みずほリサーチアンドテクノロジーズの岡田豊上席主任研究員は「データの利活用と個人情報保護の両立は難しく、どちらかに偏らざるを得ない面がある」と指摘する。一方で、「もし優れた都市のOS)を確立することができれば、海外展開できる可能性も出てくる。街づくりそのものを海外に輸出できるようになれば、日本経済の国際競争力を高める原動力にもなる」と期待を寄せる。

 データやデジタルを街づくりに活用するためには、デジタル人材の存在が欠かせない。だが、日本の専門人材の層は薄い。スイスのビジネススクールIMDがまとめたデジタル競争ランキング(20年)によると、日本は全63か国中27位に低迷している。30年にはITニーズの拡大に対し、約45万人のIT人材不足に陥るとの予測もある。

 菅首相は3月8日の参院予算委員会でデジタル人材の不足を認めた上で「全国各地において教育機関、地域企業、行政を巻き込んだ人材育成のプラットフォームの創設が必要だ。政府としてもしっかり取り組んでいきたい」と述べた。

 コロナ対応で国と地方の財政が逼迫(ひっぱく)し、人口減少で経済の縮小に向き合う日本にとって、データを最大限に生かした効率的な街づくりがこれからの主流になることは間違いない。そのためにも官民が協力して、各地で成功事例を積み上げ、全国に波及させる好循環を作り出すことが求められている。

  • 主な参考文献・資料
  • 日本政策投資銀行ほか(2021年)『ウィズ・コロナにおける地方創生のあり方について』日本政策投資銀行
  • 不動産協会広報誌(2021年)『FORE通巻119号』不動産協会
  • 片山さつき(2020年)『社会課題を克服する未来のまちづくり スーパーシティ』事業構想大学院大学出版部
  • 月刊事業構想10月号(2020年)事業構想大学院大学出版部
  • NRIデジタルエコノミーチーム 此本臣吾監修、森健編著(2020年)『デジタル国富論』東洋経済新報社

※この論考は調査研究本部が発行する「読売クオータリー」掲載されたものです。読売クオータリーにはほかにも関連記事や注目の論考を多数収載しています。最新号の内容やこれまでに掲載された記事・論考の一覧は こちら にまとめています。
無断転載・複製を禁じます
2022267 0 経済・雇用 2021/04/30 10:02:00 2021/04/30 10:02:00 2021/04/30 10:02:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/04/20210430-OYT8I50046-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)