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「法曹減員政策」は国力を低下させる        

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POINT
■2021年の司法試験合格者は1421人と受験資格などが変更された06年以降で最少となった。合格率は前年より上昇しているが、法科大学院修了者の合格率は全体平均を下回っている。

■法務省・司法試験委員会の判断は、多様な人材を呼び込み、質・量ともに豊かな法曹を養成することを目的にした司法制度改革の精神に反する。

■企業間の国際取引が増え、競争が激化する中、米国、中国、韓国などは国家戦略として法曹の増員を進めている。法曹減員政策が続けば、国際競争の場で日本企業が不利益を被る状況が生まれかねない。

■コロナ禍の長期化で中小企業や国民生活の間に様々な問題が生じている。国民が抱える多種多様な法的な問題に対処するためにも、多様性と質を兼ね備えた法曹のさらなる増員が求められている。

ロースクールと法曹の未来を創る会代表理事 弁護士 久保利英明 

 法務省の司法試験委員会は9月7日、2021年の司法試験合格者(1421人)を発表した。合格者は、法科大学院の修了生の受験が始まった2006年以来最少で、多種多様な能力を持つ法曹を求める社会の期待や要請に逆行している。新型コロナウイルスの感染拡大が長期化し、企業活動や国民生活に様々な影響が生じる中、幅広い法的なニーズに対応するためにも弁護士を中心に法曹人口を拡充していく必要がある。

新制度以来、最少の合格者

司法試験の合格発表で受験番号と記念撮影する受験生ら(2019年9月撮影)。今年はコロナ禍のため昨年に続き掲示での発表は中止となった
司法試験の合格発表で受験番号と記念撮影する受験生ら(2019年9月撮影)。今年はコロナ禍のため昨年に続き掲示での発表は中止となった

 今年の司法試験の結果を見て、法務省が進める「法曹減員政策」に複雑な思いをした人は多かったのではないか。法科大学院を修了するなどして、受験資格を得た3424人が短答式、論文式試験に挑み、最終的に1421人が合格した。だが、合格者数は過去最低だった前年より29人減り、受験者、合格者ともに現行制度がスタートした2006年以降、最少となった。現在の目標とする「合格者1500人」を2年連続で下回っている。

 合格者を抑制していた旧司法試験時代の04年でさえも1483人が合格しており、それを下回るこの2年間の結果は、極めて異常といわざるを得ない。合格率は昨年より2.3ポイント増の41.5%で、初めて4割を超えたが、合格率を引き上げているのは、法科大学院を修了していない予備試験合格者だ。そもそも予備試験は、経済的な理由などで法科大学院に進学できない人向けの「例外的なルート」のはずだが、いまや合格者の4人に1人は予備試験組が占める。その合格率は93.50%に達し、初めて9割を超えた。これに対し、法科大学院修了者の合格率は34.62%にとどまっている。

崩壊の危機に直面する法科大学院

 合格者数で上位20位までの法科大学院で合格率が最も高かった京都大ですら61.62%で、東京大は48.24%と半数の学生が不合格になっている。東大では、予備試験に合格した成績上位層が法科大学院を抜けているため、院生の合格率が下がった可能性があるという。社会人や法学部以外の学部出身者ら多様な知識や経験を持つ人材を迎え入れて、法曹養成を目指すというそもそもの狙いが揺らいでいることは否めない。

 法科大学院は、司法制度改革審議会意見書(2001年)で法曹養成の中核を成すプロフェッショナル・スクールと位置づけられ、2004年にスタートした。意見書は、法曹人口の拡大のため、「平成22年(10年)ころには新司法試験合格者数の年間3000人達成を目指す。おおむね平成30年(18年)ころまでには、実働法曹人口は5万人規模へ」という目標を掲げた。

 制度発足当初は大学側の関心も高く、最終的に74校が名乗りを上げ、初年度は4万人を超える受験者が集まった。筆者が設立に関わり、教授を務めた大宮法科大学院の夜間コースには、医師やアナウンサー、プログラマー、商社マン、公認会計士、Jリーグ関係者など様々な経験を持つ社会人や、法学の学習経験のない学生(未修者)が多く含まれていた。こうした人材が加わることで、法曹界のダイバーシティー(多様性)が進み、法律専門家の視点に偏りがちだった「日本の司法が変わる」と期待されていた。

 ところが、ふたを開けてみると想定外の事態が生じた。「修了者の70~80%が合格する」と見込まれていた司法試験の合格率が低迷を続けたのだ。初めて法学既修者と未修者が受験した07年の合格率は40%にとどまり、14年には約22.58%まで落ち込んだ。未修者の合格率はさらに低く、12.08%しかなかった。

 2~3年の間、数百万円の学費を投じて法科大学院を修了しても、合格率が20%に満たないのでは、法律を初めて学ぶ社会人が職を投げうって法科大学院を目指すはずはない。74校あった法科大学院は現在、35校に減少した。「地方からも法曹を」という願いもむなしく、多くの地方大学が撤退したことは残念でならない。

法科大学院の法廷教室での模擬裁判授業の様子。合格率の低迷で志願者が減り、多くの法科大学院が姿を消した(2008年12月、大宮法科大学院で)
法科大学院の法廷教室での模擬裁判授業の様子。合格率の低迷で志願者が減り、多くの法科大学院が姿を消した(2008年12月、大宮法科大学院で)

合格者の減少に歯止めかからず

 13年まで2000人を超えていた司法試験合格者が減少したのは、法務省や司法試験委員会が 恣意(しい) 的に合格者を操作してきたためだ。政府の法曹養成制度改革推進会議は2015年6月、当初年3000人としていた新規法曹人口を「1500人程度」に下方修正した。その背景には一部の弁護士会やメディアが「新規弁護士登録者の就職難」を大々的にアピールしてきたことがある。

 職業としての法曹に対するネガティブな情報が 錯綜(さくそう) した結果、20年度の法科大学院の受験者は7369人とピーク時の5分の1以下に激減、入学者も1711人にとどまった。16年度以降は入学者が2000人を割り込む異常事態が続いている。

 ちなみに「ロースクールと法曹の未来を創る会」が調査したところ、就職難は根拠のないデマで、むしろ個人や地方の法律事務所では採用難になっているほどだ。このような“逆風”の中、法科大学院は、「司法試験の合格率を上げなければならない」というプレッシャーにもさらされている。一発勝負に近い司法試験という「点」の結果で、法科大学院の「実績」が判断されるため、どうしても受験対策に注力せざるを得ない。結果的に、法曹倫理や臨床法学など、実務では必要だが、試験科目ではないプログラムは軽視され、院生は本腰を入れて履修する機会を奪われているのではないか。

本来の趣旨から逸脱した予備試験

 一方、予備試験は、経済的な理由で法科大学院に通えない人たちの救済措置といった本来の趣旨から逸脱して、予備校に学費(高速料金)を払って、司法試験合格までのプロセスと時間を短縮する「高速道路」として活用されているのが実情だ。予備試験は、知識偏重の旧司法試験の延長線上にあり、難関の予備試験を突破した者が、司法試験でほとんど合格するというのは自明の理だ。予備試験はあくまでも「点」の試験であり、2~3年かけて行われる法科大学院のプロセス教育に代えられるようなものではない。予備試験合格者と法科大学院修了者を同じ土俵で競争させようとするのがそもそも間違っているのだ。

 例外的ルートとして設けた予備試験で400人以上が合格していけば、わざわざ法科大学院に行く人はいなくなってしまうだろう。法科大学院に行っても、実務家として必要な知識やスキルを学べず、司法試験の受験対策的な教育しか受けられないなら、予備校に通うのと変わらない。

 法科大学院でじっくり法曹を育てるには、予備試験を本来の姿である限定的な救済ルートに戻す必要がある。経済的な事情がある人などの救済を除き、司法試験は法科大学院を経由しないと受験できないようにするのだ。

多様性に逆行する法曹コース

 2020年度からスタートした法学部の「法曹コース」も、予備試験への人材流出の対策として、法科大学院の志望者を確保するための 弥縫(びぼう) 策に過ぎず、早急に廃止すべきだ。

 「法曹コース」は、予備試験に流れる学生を法科大学院に呼び込むために、高校を卒業したばかりの人に5年間法律を勉強させて司法試験の受験資格を与えようとするもので、「多種多様で人間性豊かな法曹を増やそう」という司法制度改革の理念にはほど遠い。

 法律以外の専門知識やビジネス経験もなく、試験勉強に明け暮れただけの多様性のない法曹が増えるだけではないだろうか。しかも、司法試験の在学中受験を解禁し、法科大学院に入学後1年程度で司法試験を受験できるようになったため、法科大学院でじっくり腰を据えて勉強する人はますます減ってしまうだろう。

試験の抜本的見直し急務

 これまで見てきたように、制度に問題点が生まれ、改まらない大きな原因は、旧態依然とした司法試験の内容そのものにあるといわざるを得ない。司法試験に合格するため、受験生は相変わらず大量の判例・学説の暗記を強いられる。実務上、書面はパソコンで書くことがほとんどなのに、短時間で解答を筆記させる方式のままだ。新司法試験になって、かつてに比べれば、実務につながる良問が見られるようになったものの、試験中に判例などの参照ができないため、結局、受験生は暗記・詰め込み型の勉強をしないと合格できない。

 せっかく法科大学院が「プロセス」重視の教育課程を用意しても、そのような授業に真面目に取り組む時間がないのは極めて残念なことだ。

 これを解消するには、修了者の7~8割程度が合格するような制度に変えなければならない。法務省や司法試験委員会は、法科大学院での体系的なプロセス教育の成果を試せる試験内容にただちに改めるべきだ。

司法戦争に「不戦敗」の懸念

 国際化の進展により、国境を越えた紛争が増加する中、政府は、国際仲裁や紛争の解決に日本の司法制度の活用を促す政策を進めている(注)。

 しかし、司法試験の合格者数を抑制することは、そうした動きと逆行する。仮に日本が仲裁制度の改革を進めても、国際仲裁を担う人材の供給とセットにしなければ意味がない。

 日本が「法曹人口の抑制策」を取り続けている間、弁護士大国・米国の20年の弁護士数は133万人に達した。前年より7万人近く増えている。米国では、実に日本の「50年分」の弁護士を毎年、世に送り出しているのだ。

 米国と並ぶ、世界の超大国となりつつある中国も、国家戦略として弁護士の増員計画に取り組んでいる。今年3月の中国司法省の会見によると、弁護士数は現在52万人で、ビジネスなどの渉外案件に携わる弁護士だけでも1万2000人に上るという。

 これに対して、日本は、国内で渉外案件を専業にしている弁護士は、多く見積もっても1000人か2000人程度だろう。日本は、国内総生産(GDP)で中国に抜かれたとはいえ、米中に続く世界第3位の経済大国なのに、である。

 グローバルに展開する日本企業は、米中などの国際企業との競争にさらされていると同時に、世界各国の規制当局の監督下に置かれている。企業だけでなく、国も様々な場面でトラブルに直面することが増えている。

 その例は、国際司法裁判所の調査捕鯨に関する判断や、18年の韓国の最高裁判所が下した徴用工判決、19年に世界貿易機関(WTO)が出した韓国による水産物輸入措置への判断、欧州連合(EU)の欧州委員会がEU競争法(独占禁止法)に違反したとして三菱UFJ銀行に科した巨額の制裁金など、枚挙にいとまがない。

 世界経済の最前線は、各国が自国の利益を求めて覇権を争う「司法戦争」の渦中にある。こうした事態に対応するには、語学力や国際機関のルール、海外の法制度に精通した弁護士が大勢必要だ。米中両国が「司法の国際戦争」を闘う弁護士を量産している。毎年1500人程度の弁護士すら送り出せない状況が続けば、日本は明らかに兵力不足で「戦わずして敗北」してしまうだろう。

中国・韓国の法曹戦略

2019年1月に東京で開かれた公開シンポジウム
2019年1月に東京で開かれた公開シンポジウム

 こうした問題に危機感を持ち、2019年1月、ロースクールと法曹の未来を創る会では中国と韓国の法科大学院の教授を東京に招き、公開シンポジウム「国際法務戦略から見た法曹養成――中国、韓国に後れる日本」を開催した。

 中国人民大学法学院の韓大元教授によると、中国は経済のグローバル化に対応し、リーガル(法律)市場サービスを国際化する方針を掲げ、弁護士の国際競争力を高める取り組みに余念がないという。中国の司法試験では、国際法関連の試験科目として国際法、国際私法、国際経済法が導入されており、毎年2万人の新規法曹を生み出している。

 韓国は、法科大学院の整備では日本よりも後発だが、プロセスを重視した教育に加え、日本を上回る約1600人の合格者(人口を考慮すると日本の約3600人に相当)を出している。入学時も法学部出身者以外の学生が一定割合になるよう門戸を開放し、国の政策として将来、国際社会で活躍できる弁護士を育成しているという。

 韓国は日本の法曹養成の「失敗」を学んで、制度設計に生かしており、中国も国家戦略として、日々、法曹養成に取り組み、弁護士数でも日本をはるかに上回る増員を実現している。日本は中韓の取り組みを直視し、法曹養成戦略を抜本的に練り直す必要がある。

国民生活への対応

 国民の目線から見ても、弁護士不足は明らかだろう。複雑化する社会経済の中で、弁護士が必要とされる分野は無数にある。新型コロナウイルスの感染の長期化などで社会的な格差が拡大する中、シングルマザーや子ども、若者の貧困、マイノリティーの人権問題など、法律や労働契約などで弁護士が必要とされる分野は多岐にわたる。しかし、こうした分野で活動する専門弁護士は、まだまだ少ない。大企業に限らず、多くの中小・零細企業が国際取引に関与する機会も増えているが、大手の渉外事務所以外で国際案件を取り扱える弁護士は、ほとんどいない。また、日本は、コロナワクチンの入手で他の先進国に後れをとり、約束したはずのワクチンの入手が遅れたりしていたが、こうした点も、国際法務に精通し、行政組織の中で政策立案や交渉に携わる弁護士が圧倒的に不足していることが影響しているのではないか。

 以上のように、国民の弁護士に対するニーズは、間違いなく存在している。法科大学院制度のもとで、多様なバックグラウンドをもつ弁護士が一定数、輩出され、社会の様々な分野で活躍していることは評価できるが、その数は、圧倒的に足りない。国民にとって、弁護士が増えて困ることはないし、実際、いまだかつて日本が弁護士の供給過多に陥ったことなどない。

 菅義偉首相が自民党総裁選への不出馬を表明し、近く新政権が誕生することになる。次期政権には、法曹養成に加え、司法を国家戦略として捉える問題意識を持ってほしい。

(注)https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/minjikaikaku/dai3/honbun.pdf

プロフィル
久保利英明氏( くぼり・ひであき
 1944年生まれ。67年司法試験合格。68年東大法学部卒。司法修習を経て、71年に弁護士登録。2001年度第二東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長。04年から15年3月まで大宮法科大学院教授、15年から21年3月まで桐蔭法科大学院教授。著書に『志は高く 目線は低く』(財界研究所)、『弁護士たった3万5000人で法治国家ですか』(ILS出版)、『久保利英明ロースクール講義』(日経BP社)など多数。

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使い方
2370666 0 教育 2021/09/16 11:45:00 2021/09/17 15:57:35 2021/09/17 15:57:35 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/09/20210915-OYT8I50047-T.jpg?type=thumbnail

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