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【講演】高齢化と労働、社会保障 清家篤氏

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 政府の社会保障制度改革国民会議会長を務めた清家篤・慶応義塾長は2013年10月7日、東京・内幸町の帝国ホテルで開かれた読売国際経済懇話会(YIES)で講演した。「読売クオータリー」2014冬号に掲載された講演「高齢化と労働、社会保障」の詳しい内容を紹介する。

清家 篤氏 (せいけ・あつし)1954年東京生まれ。78年慶應義塾大学経済学部卒業。93年博士(商学)。92年から慶大商学部教授。2007年商学部長。09年から慶應義塾長。12年11月から13年8月まで政府の社会保障制度改革国民会議会長を務めた。専門は労働経済学。著書に「生涯現役社会の条件」「雇用再生」など。

 労働や社会保障の問題を考える際に、最も大きく、かつ長期的で確実な影響を与えるのが人口の高齢化です。日本の人口高齢化は世界に類を見ないものです。まずこれを三つの側面から説明したいと思います。

高く、速く、深い日本の高齢化

 一つは、高齢化の水準が非常に高いということです。

 8月に総務省統計局が出した人口推計の速報値によると、日本の人口に占める65歳以上の高齢者の割合がほぼ25%と人口の4分の1になりましたが、この高齢人口比率は世界でもっとも高い水準です。しかもこれは単なる通過点です。今年生まれた赤ちゃんが成人する2030年代前半には人口の3分の1を超え、さらに2050年代半ば、今年大学を卒業した学生などが高齢者になるころには人口の5分の2になります。その時点までずっと、日本の高齢人口比率は世界最高水準を維持し続けます。

 二つ目は高齢化のスピードが速いということです。高齢化の速度は通常、65歳以上の高齢人口比率が7%を超えた時点から14%を超えるまでにかかる年数で測ります。

7%を超えた社会は高齢化社会(エイジング・ソサエティー)、14%を超えると高齢社会(エイジド・ソサエティー)と呼ばれることがあります。

 日本は大阪万博が開かれた1970年に7%を超えて高齢化社会となり、1994年に14%を超え高齢社会になりました。その間、24年です。この期間が長かった国の一つにフランスがあります。19世紀後半に7%になってから20世紀後半に14%を超すまで、114年かかりました。その4分の1以下だった日本では、フランスの4倍以上のスピードで高齢化が進んだことになります。

 ちなみに、フランスが最初に少子化への問題意識を持ったのが1870年、普仏戦争でプロシアに負けたときと言われています。このころドイツとフランスの人口が逆転しました。そのころからフランスは少子化対策を立て、やっと第2次大戦後になって出生率が回復しはじめ、最近では出生率が2を回復しています。少子化対策は非常に長いプロセスを要することがわかります。

 日本の高齢化の3番目の特徴は、高齢化の程度が非常に深いことです。高齢者の中に占める、さらに高齢の人の比率がより高くなっていくということです。今、日本の65歳以上の人口をみると、65~74歳の前期高齢者と75歳以上の後期高齢者がほぼ1対1の比率になっています。ところが、団塊の世代が全て75歳以上になる2025年には、高齢人口比率がほぼ30%となる中で、その内訳はほぼ2対3で75歳以上の方が多くなります。さらに2055年には、65~74歳約13%に対して、75歳以上が2倍の約26%になります。人口の4人に1人以上を75歳以上が占めることになります。つまり圧倒的に後期高齢者の多い高齢社会となるのです。高い、速い、深い、この3点を日本の高齢化のものすごさを示す特徴として押さえておきたいと思います。

 この高齢化によって、労働、そして社会保障は大きく変わってきます。2025年と今を比較してみましょう。

 今は15~64歳の生産年齢人口が約7900万人に対して、65歳以上の人口が約3200万人です。働く意思を持つ労働力人口は、生産年齢人口の約75%の5900万人強で、これと65歳以上のうちの約2割の600万人強を合計して、ほぼ6600万人になります。

 2025年には生産年齢人口が約7100万人に減る一方、高齢人口が約3700万人へと増えます。働く意思を持つ人の割合が今と同じとすれば、労働力人口は合計で6000万人強の水準まで減ります。今後12年間で500万人を超える労働力人口が減ることになります。

 社会保障給付は高齢者の増加につれて増えます。現在の社会保障給付は年間約110兆円ですが、今のままでいくと、2025年には約150兆円へと36%増加します。内訳をみると、年金が54兆円から60兆円へ、医療が35兆円から54兆円へ、介護が8兆円から大きく増えて約20兆円へ、子育て支援が5兆円から6兆円へ、その他が7兆円から9兆円へという増え方です。

 この間にGDP(国内総生産)は約480兆円から、経済が順調に成長した場合の公式推計で約610兆円へ27%増えますが、経済の伸びよりも速いペースで社会保障給付が伸びていくことになります。社会保障の持続可能性が問われるのも無理からぬことです。

 しかし、労働力人口の減少や社会保障給付の増大には、我々は対処できますし、対処しなければいけません。対処できるという理由は、高齢化は予測可能な変化だからです。為替レートや経済成長率などと違って、人口はかなり確実に予測できるものです。ではどう対処したらいいのか。ポイントを三つ申し上げます。

 一つは高齢化の水準あるいはスピードを抑え、高齢化をもう少しマイルドにするということです。高齢化は長寿化と少子化によって起きています。長寿化を逆に戻してはいけませんが、少子化は少子化対策で出生率を回復させられれば、ある程度改善することができます。

 今、日本の出生率は1.41で、ボトムの1.26から少し改善してきましたが、出生率は2ないと人口規模は維持できません。日本で出生率が2を割り込み始めたのは1970年代後半です。そのときにしっかり対処していれば、ここまで少子化は進まなかったかもしれません。失われた40年とも言えるかもしれません。

 もちろん、それなりの理由はあったと思います。当時は人口政策というと、戦争中の「産めよ殖やせよ」というイメージが残っていましたから、それに抵抗感がありました。逆に今は、ゼロ歳児保育を拡充しようとすると、「子どもは母親が育てるものだ」「日本の家族を壊すのか」といった批判が出たりします。日本の少子化対策はそうした左右のイデオロギーによって停滞させられていた部分もあると思います。

 子どもを産み育てたいのにその条件に恵まれない人たちを支援する政策は、出産を強制する政策ではありえません。個人の選択肢を広げる、あるいは選択を可能にする政策ですから、もっと進められてよいものです。

 二つ目に、少なくとも今から4分の1世紀ぐらいは、生産年齢人口の減少を前提に考えなければいけないということです。出生率が仮に回復しても、赤ちゃんが経済社会に貢献するのは20年後、25年後です。しかし生産年齢人口が減っても労働力率を高めていけば、労働力人口を維持する、あるいは少なくとも減り方を抑えることは可能です。労働力率を高める余地がある女性と高齢者の就労促進が二つ目の解決策となります。

 しかし、それでも労働力人口の減少は避けられないかもしれません。その中で社会保障制度の持続可能性を維持していくには、社会保障制度の改革も必要になります。これが三つ目のとるべき対応策です。

巨額の機会費用が生む結婚しない女性

 少子化対策は、女性の就労を促進して労働力率を高める政策と実は同じものです。少子化が進んだ最大の要因は、女性の仕事と子育てが両立しにくいことにあります。少し経済学的な分析をさせていただきます。

 出生率が2を割り込みはじめた1970年代後半は石油危機を克服し、日本経済の黄金期が始まった時期でした。世界に冠たる失業率の低さ、成長率の高さが実現する中で女性の活躍の場も広がりました。1986年には男女雇用機会均等法も施行され、現在もまだ男女格差はあるとはいえ、女性の賃金も上昇しました。

 いろいろな前提を置いた推計ですが、大卒女性の生涯所得は現在、約2億4000万円、ざっと2.5億円です。就職して10年で仕事をやめ、結婚、子育てのために専業主婦になったとします。最初の10年で稼げる所得はたかだか5000万円ぐらいでしょう。そこで仕事をやめると約2億円は放棄所得になります。経済学用語で言えば機会費用、オポチュニティー・コストです。

 女性の賃金が高くなる中で、女性が結婚、出産をするとキャリアを捨てなければいけないという社会構造が残っていると、その機会費用の高さのために、結婚をしない、あるいは子どもをつくらないという選択が経済合理的な行動となります。

 実際、日本で出生率が下がっている理由には、結婚した夫婦がつくる子どもの数が少し減っていることもありますが、最大の理由は結婚しない人が増えていることです。未婚率の上昇が出生率の極端な低下を招いています。

 したがって、出生率を高める方策は、女性が結婚や子育てとキャリアを両立できるようにし、機会費用を2億円も払わないで済む仕組みを整えるということに尽きます。子育て支援を強力に進めなければいけません。

 子育て支援が遅れていた理由は恒久財源がなかったからでもあります。どんな経済ショックがあろうと、年金や医療は社会保険制度でしっかり収入が確保され、給付も約束されているので、給付は一貫して増えています。子育て支援は保険制度ではないため、経済が悪くなると削られたり、先延ばしされたりして、抑え込まれてきました。恒久財源の確保が非常に大切です。

 そこで今回、税と社会保障の一体改革で、新しい消費税財源のうち7000億円を子育て支援のために使う恒久財源として確保しました。さらにこれを1兆円にするのが望ましいとしています。それによって、保育サービスを受けられない待機児童をできるだけ早くゼロにし、女性の機会贅用を下げていくことが大切です。

 働き方の改革も必須です。これは決して女性だけの問題ではありません。むしろ男性の働き方が変わらなければなりません。男性も家事や育児に参画することによって、家事や育児の負担が分担されるようになれば、女性も男性も仕事と両立できます。

 それには、極端な長時間労働をなくすと同時に、子育てに必要な時間が柔軟にとれるようにしなければなりません。子育て中の女性に、「子どもの熱でまた帰るの?」といった目をむけがちな職場の風土も改めていかなければいけません。

 もう一つの課題が、労働力人口を増やすために高齢者の労働力率を高めることです。社会保障給付の約6割は社会保険、残りの4割は公費が負担していますが、公費は税収では到底足りません。足りない分は国債でまかなわれており、その結果日本の公的債務残高は1000兆円を超えています。このままではますます若い世代、そして将来世代の負担が増えてしまいます。

 それを避けるには特に年をとった人たちにも、もう少し経済社会を支える側で負担をしてもらうことが大切です。働く意思と能力のある人ができるだけ長く働き続けられる生涯現役社会をつくっていく必要があります。

 この点で日本には、ほかの国に比べて有利な点があります。高齢者の就労意欲が非常に高いことです。60~64歳の男性の労働力率は75%を超えています。日本に次ぐのはアメリカ、イギリスというアングロサクソンの国で60%程度、ヨーロッパ大陸はずっと低く、ドイツで40%台、フランスなどでは20%程度です。

 これは政策的な成功と失敗を反映してもいます。日本は一貫して、高齢者の就労を促す政策をとってきました。一方、ヨーロッパの多くの国々では1970年代後半から90年代初めにかけて、経済が非常に厳しくなり、若者の失業率が急上昇しました。そこで、それらの国では若者の雇用機会を増やそうと、高齢者の引退を促す政策をとりました。フランスは年金の支給開始年齢を引き下げ、ドイツやイギリスは、障害年金などを気前良く給付する方針をとりました。ヨーロッパではもともと早期引退志向が強かったこともあり、先に述べたような高齢者の労働力率の劇的な低下を招く事態になりました。しかしそれで若者の失業が減ることはなかったのです。

オンリーワンの中小企業は生涯現役型

 日本の問題は、高齢者の就労意欲が高いのに、65歳まで定年を引き上げている会社がまだ少ないことです。年金の支給開始年齢が段階的に65歳に上がるのに従って、65歳まで雇用を延長することは法律で決まっています。しかし、定年は60歳のまま据え置き、65歳まで再雇用という形でもよいことになっています。

 定年を一気に65歳に引き上げるのは難しいかもしれませんが、年金の支給開始年齢に合わせて定年の年齢も段階的に65歳に引き上げていくことが、社会のシステムの整合性という観点からも必要だと思います。

 「それは乱暴だ」と言われる経営者の方も多いのですが、私は半ば冗談ですが、「65歳の社長さんや70歳の会長さんも多いではありませんか。普通のサラリーマンは65歳では無理だが経営者は大丈夫となれば、『経営者の仕事はそんな楽なのか』となりませんか」と申しあげています。経営者の仕事はけっして楽なものではないでしょう。激務の経営者が60代で務まるのなら、普通のサラリーマンの仕事も60代で務まるはずです。

 もちろん、経営者の方がそう言うのには根拠があります。ネックは年功的な賃金、処遇体系です。年齢や勤続年数とともに賃金や職位が上がっていく仕組みのまま定年を延長すれば、企業にとってコストが高くなってしまいます。若いころはともかく、40代、50代の賃金はもっとフラットにすることを労使で相談しながら、定年を65歳に引き上げていくのが適切だと思います。

 私は、できれば定年は65歳より上にさらに引き上げるほうがよいと考えています。今65歳の日本人の平均余命は男性で19年、女性で24年あります。40年間現役で過ごして20年間引退生活というのでは、引退期間が長過ぎます。日本では、おそらく70歳ぐらいまで引退年齢を引き上げていくことができるし、また、そうしていくことが望ましいと思います。

 そう考えたときに期待したいのが中小企業です。中小企業には定年制度がない会社が多くあり、定年があっても弾力的に運用して、働く意思と能力のある人には定年後も働き続けてもらう会社も少なくありません。

 中小企業にそれが可能なのは、年功賃金のカーブが大企業ほど急勾配ではないからです。大企業では40代、50代でも賃金が上昇し続けますが、中小企業では一人前になった後、40代、50代の賃金カープがかなりフラットになってきます。ベテランを雇っても、大企業ほどコスト高にならない賃金制度になっているわけです。また、中小企業は人数が少ないので、課長や部長も第一線で実務をこなし収益に貢献しています。

 地方にはオンリーワンの競争力を持つ中小企業がたくさんあります。そういう会社は押しなべて生涯現役の仕組みをとっています。こういう仕組みを大企業ももう少し学んでいく必要があるのではないかと思います。

高齢者医療は地域完結型に

安倍首相(右)に社会保障制度改革国民会議の報告書を提出する清家会長(2013年8月6日)
安倍首相(右)に社会保障制度改革国民会議の報告書を提出する清家会長(2013年8月6日)

 さて、もう一つ大きな課題の社会保障制度改革ですが、子育て支援か医療か介護か年金かでそれぞれ改革の視点が基本的に違います。ひとくくりにはできません。

 子育て支援は少な過ぎました。現在の110兆円の社会保障給付の88%は、年金、医療、介護に使われ、子育て支援に使われているのはわずか5%です。子育て支援は将来の社会保障制度を支えることにもつながります。子育て支援の制度的な恒久財源を確保し、社会保障制度の中でのウエートをもっと高める必要があります。

 一方、年金と医療、介護は伸びを抑えていかなければいけませんが、年金と医療・介護は決定的に違います。年金の問題は比較的単純な線形の問題です。これに対して医療、介護はより複雑な非線形の問題です。

 年金の給付は2013年の54兆円から2025年には60兆円へ、約11%増えます。これは高齢人口の増加にほぼ比例しています。

 これに対して医療、介護の合計は2013年の44兆円から2025年には74兆円に約70%増え、高齢人口の伸びを上回ります。これは医療や介護のサービスを多く受ける可能性の高い75歳以上といったより高齢の人の比重が増すからです。また、医療技術の向上で医療の質が高まれば、医療行為1件当たりの価格が高くなります。その結果、医療、介護の支出は幾何級数的に膨張します。

 もう一つの違いは、年金はお金を集めてお金を給付する仕組みで、基本的にお金の問題で完結します。一方、医療や介護には医師や看護師、ヘルパーといった人たちが介在します。この人たちのやる気をどう引き出すか、合意をどう得るかといった点を含めて、医療、介護制度の改革は、変数も方程式も多い複雑なものになります。

 そこで、社会保障制度改革国民会議の報告書の各論の章立ては、何よりも大事な少子化対策を最初に、その次に、より複雑で問題が難しい医療、介護の改革を、そして、比較的筋道を立てやすく、しかもかなりの程度まで問題が解決されている年金は最後に持ってきました。

 もっとも緊急度が高いのは、子ども・子育て支援です。人口対策、少子化対策は一刻も早く始めなければいけません。遅くなればなるほどお母さんになる人口が減ってきますから、たとえ出生率が2に回復しても、人口はもう回復できないということになります。

医療、介護は、給付の伸びを抑制すると同時に、それを受ける国民の利便性、あるいは生活の質の向上を図ることが大切です。給付の抑制で生活の質が下がってしまうのでは、何のための社会保障かとなります。

 そこで我々は、特に医療のあり方を20世紀型から21世紀型に変えていこうと提言しています。20世紀型は病院完結型です。壮年期までぐらいの人が急性の病気になったら臓器別の診療科で集中的に治療を受け、病気が治ったら社会に復帰していきます。その結果として寿命が延びました。

 21世紀には高齢患者の比率が高まります。高齢者の病気は必ずしも完治するわけではなく、病状を改善することが大切になります。その結果として寿命が延びるというより、高齢者の生活の質が向上する。そういう医療が21世紀型になります。しかも、年をとってくると、いろいろなところが悪くなりやすくなります。今日は整形外科、明日は消化器内科、あさっては眼科と、複数の診療科を訪ね回り、それぞれで山のように薬をもらうのでは、患者の生活の質が低下してしまいかねません。

 特に高齢者医療については、かかりつけ医、総合診療医を整備し、その医師が患者の健康状態を総合的にみたうえで、必要に応じて診療科を紹介する仕粗みが求められます。必ずしも病院で治すのではなく、近所のかかりつけ医に通いながら治していく地域完結型の医療に変えていくことが必要だと提案しています。

 年金財政については2004年の制度改正で基本的には解決済みという理解もできます。将来の厚生年金の保険料率の上限を18.3%、国民年金の保険料は2004年価格で1万6900円までと決め、その枠の中で給付額をマクロ経済スライドという仕組みで調整することになりました。調整とは実は1人当たり給付の実質価値を下げることです。

 年金給付は通常、物価スライド制で、物価が1%上昇すると年金給付も1%上昇しますが、マクロ経済スライド制による調整が行われると、物価が1%上昇しても年金は例えば0.1%しか増えません。0.9%ポイント、年金の実質額を下げる形で給付を抑制します。保険料収入が減れば自動的に調整を厳しくします。これで基本的には年金財政がバランスすることになりました。

 幸か不幸かデフレが続いたため、マクロ経済スライドが発動されませんでしたが、物価が上昇していけば発動されてきます。今後はデフレ下でもマクロ経済スライドで調整することが望ましいと我々の報告書は書いています。それで給付は抑制されていきます。

 ただ、マクロ経済スライドが機能すると、引退生活は少し厳しくなります。年0.9%でも11年続けば年金の実質価値が1割下がってしまいます。給付額を削ることによって年金の財政的持続可能性が高まりますが、本当にそれでいいのかという疑問はありえます。中・長期的には年金の支給開始年齢をもう少し引き上げて、マクロ経済スライドの利かせ方をもっと緩くすることを考えていく必要もあると思います。

社会保障制度改革国民会議(2013年8月5日)
社会保障制度改革国民会議(2013年8月5日)

企業内の人材育成も不可欠

 労働力人口が減り、労働時間も短くしていく中で日本の経済社会を維持するには、時間当たりの生産性、特に付加価値生産性を高めなければなりません。日本人が国際的に高い所得を維持するには、労働者の賃金が高くても利益が出る、付加価値の高い物やサービスを生み出していく必要があります。そうでないと、日本国内に雇用機会は残っていきません。一人一人の労働者の能力と賃金を高めてこそ、社会保陸の持続可能性も高まります。

 その点で、私ども学校の役割と、同時に、企業の中でどう人を育て、育てた人間をどう活用していくかが重要になります。付加価値生産性は企業が自らの競争力を高めることでしか向上しません。オンリーワンの競争力は、よそから引っ張ってきた人材だけではつくれません。

 今、日本の社会、財政の持続可能性が問われています。そのもとは高齢化ですが、高齢化は寿命の延びによって進みました。長寿化には年金や医療、介護の充実が大きく貢献しています。日本を世界に冠たる豊かな長寿社会にした社会保障制度、あるいは日本のシステムを、将来の世代にどう伝えるかが大切な課題です。

 これから社会保障の負担が増える中で人口は減っていき、1人当たりの負担はうなぎのぼりに増えます。負担を減らすのは無理にしても、少しでも伸びを抑える必要があります。社会保障制度改革で今の世代には負担増になる措置がとられても、将来の世代の負担軽減につながることを、ぜひご理解いただきたいと思います。

 私どもの大学の創立者の福澤諭吉は、「学者は国の奴雁である」と言っております。

雁の群れが一心にえさをついばんでいるとき、必ずその中に1羽だけ首を高く揚げて周囲を見渡し、難に備える番をする雁がいる。これを奴雁と言うそうです。学者はその役割を果たさなければいけない。人々が目先の利益に追われているときに一人遠くを見据えて、過去をしっかりと学び、現状を冷静に分析し、将来のために何がよいかを論じなければいけないと説いています。

 福澤の言葉にもう一つ「公智」があります。物事の軽重大小をきちんと見きわめる公的な知恵を言います。多くの物事はしばしばトレードオフ、二律背反の関係にあります。その中でぎりぎりの選択をどうするか。社会保障制度改革は、まさにその連続です。その判断は、福澤が科学という意味で使った実学、すなわち論理的、実証的な分析にもとづかねばなりません。奴雁の視点を持ちながら、実学に基づいて、公智を働かせることで、豊かで活力のある高齢社会を作っていきたいものです。

※この論考は調査研究本部が発行する「読売クオータリー」掲載されたものです。読売クオータリーにはほかにも関連記事や注目の論考を多数収載しています。最新号の内容やこれまでに掲載された記事・論考の一覧は こちら にまとめています。
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1900784 0 医療・社会保障 2020/10/01 12:00:00 2020/10/01 12:00:00 2020/10/01 12:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/03/20210310-OYT8I50083-T.jpg?type=thumbnail

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