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POINT
■ウイルス性肝炎は国内最大級の感染症だ。肝炎は肝硬変、肝がんへと進むことがある。肝炎対策基本法の施行から10年。対策はまだ不十分だ。

■薬害C型肝炎、集団予防接種によるB型肝炎は、国の政策の誤りが原因だ。埋もれた被害者が多くおり、国は責任を持って対策を取る必要がある。

■肝炎ウイルス検査を受けたことがない人は国民の3~4割いる。検査を受けても結果を見ないで放置している人も。検査の重要性の認識を。

■肝炎ウイルスがどのように感染するのか、なぜ、蔓延したのか、知らない人が多い。病気への理解が、差別や偏見の解消につながる。

調査研究本部主任研究員 坂上博 

 肝炎ウイルスの感染者はC型とB型を合計すると300万人以上に上り、国民の40人に1人に当たるとされる。ウイルス性肝炎は、国内最大級の感染症である。肝炎は放置すると、肝硬変、肝がんへと進行することがある。止血剤として使われた血液製剤などからC型肝炎に感染した薬害肝炎被害、集団予防接種時の注射器の使い回しなどによるB型肝炎被害が社会問題化したことを受け、国は肝炎対策基本法を2010年1月に施行。肝炎の予防や肝炎医療の推進などに着手した。ただ、最近は関心が薄れている。ウイルス性肝炎を巡る現状を報告し、課題を浮き彫りにする。

肝炎ウイルス感染者は300万人以上

 肝炎ウイルスにはA~E型の5種類あり、感染すると発熱や頭痛などの急性症状が起きる。多くの場合は入院して安静にすれば自然治癒する。だが、C型肝炎ウイルス(HCV)とB型肝炎ウイルス(HBV)は排除されず、肝臓に居続けることがある。 HCVは主に血液を介して感染する。感染者数は190万~230万人と推計される。1992年以前は、血液のHCV感染を高感度に調べる方法がなかったことなどから、輸血や血液製剤の投与、注射針の使い回しなどの医療行為で、多くのHCV感染者が生まれたと考えられる。最近では、ピアスの穴あけ、入れ墨(タトゥー)や違法薬物の注射器回し打ちなどで感染するケースがある。現在は、輸血などによって感染することはなく、感染者数は減り続けている。

 一方、HBVは主に血液や体液を介して感染する。感染者数は110万~140万人と推計される。輸血や注射器の使い回し、性交渉、母親から子どもへの感染などによって拡大したと考えられる。現在は、ワクチンの登場で新たな母子感染はほぼ防ぐことができ、感染者数は減少している。

放置すると肝硬変、肝がんに進行も

 肝臓は、(1)体に必要なたんぱく質の合成や栄養の貯蔵(2)有害物質の解毒・分解(3)食べ物の消化に必要な胆汁の合成・分泌―という重要な役割を担っている。肝臓には痛みを感じる神経がないため、自覚症状が表れにくく、「沈黙の臓器」と呼ばれる。

 肝炎ウイルスによって肝臓に慢性的な炎症(慢性肝炎)が起き、それが10年~20年以上続くと、肝細胞が壊れ、その跡に線維(コラーゲンなど)が蓄積し、肝臓が硬くなる。この状態を「肝硬変」という。肝硬変になると、(1)皮膚や白目が黄色くなる「黄だん」(2)おなかに水がたまる「腹水」(3)食道の静脈などに血液がたまったこぶができる「食道静脈瘤」……などの症状が表れる。

 肝硬変を放置すると、肝細胞に遺伝子異常が生じ、「肝がん」となる。慢性肝炎から肝硬変を経由せずに肝がんになる人もいる。

肝がん死亡者は5番目の多さ

 国立がん研究センターなどによると、2017年に肝がんと診断された患者数は、3万9400人(男性2万6576人、女性1万2824人)で、全がんの中で第7位である。18年の死亡者数は2万5925人(男性1万7032人、女性8893人)で、全がん中、肺がん、大腸がん、胃がん、膵臓がんに次いで5番目に多い。

 また、09~11年に肝がんと診断された患者の5年生存率は、男性が36.2%、女性が35.1%で、全がんの64.1%と比べると治療成績は良くない。 肝がんの原因は、54%がHCV、14.5%がHBV、32.5%がその他だ。その他には、肝炎ウイルスとは関係がなく、糖尿病や肥満、高血圧、遺伝的要因などが原因となる「NASH(非アルコール性脂肪肝炎)」が含まれる。NASHは高カロリーの食事、運動不足などが原因で増えており、肝硬変や肝がんに移行するケースがある。

汚染血液製剤でC型肝炎が蔓延

 肝炎ウイルスが蔓延してしまった一因には、危機感が薄く、結果的に国民の命を軽視した国の姿勢がある。それが明るみに出た二つの訴訟がある。

 一つは、「薬害C型肝炎訴訟」だ。 出血しやすい患者らを対象に血液を固まりやすくする「フィブリノゲン製剤」が1964年に、同様の効果がある「第9因子製剤」が72年に承認された。これらの血液製剤は、血液が固まりにくい低フィブリノゲン血症や血友病の治療以外に、出産時の出血、心臓手術などの際の止血剤として、1990年代初頭まで広く使われた。

 これらの血液製剤は不特定多数の人の血液を集めて製造されていたが、その中に、HCVに汚染された血液が混じっていた。そのため、血液製剤を投与された患者が感染してしまった。

 このような危険な血液製剤を製造・販売した製薬企業と、血液製剤の製造を承認した国を相手取り、損害賠償を求める「薬害C型肝炎訴訟」が2002年10月以降、東京や大阪など全国で起こされた。

 各地裁で判決が言い渡されたが、その内容は様々。原告や弁護士らは街頭で被害者全員の一律救済を求めて訴え続けた。2007年12月、福田康夫首相・自民党総裁(当時)が、議員立法による全員一律救済を表明し、08年1月11日、「薬害C型肝炎被害者救済法」が成立。同月15日には、原告団・弁護団と、国との間で基本合意書が締結された。 被害者数は、製薬企業の試算によると、1980年代に約29万人に投与されて、少なくとも1万人がHCVに感染したという。

集団予防接種でB型肝炎に感染

 もう一つが「B型肝炎訴訟」だ。

 日本では戦後間もない1948年、感染症の蔓延を防ぐためにワクチンの予防接種を行うとともに、予防接種による健康被害の迅速な救済を図ることを目的として「予防接種法」が施行された。ジフテリア、百日せき、麻しん(はしか)、風しん、結核などの感染症を対象としたワクチン接種が乳児期~学童期に行われた。

 その際、注射器の針や筒が交換されずに連続使用された。その結果、HBVを持った子どもから、注射器を介して、他の子どもたちに感染が広がった。

 国内外の研究者らが注射器の使い回しの危険性を指摘していたが、集団予防接種の現場では、注射器の交換は徹底されなかった。国が接種を受ける人ごとに取り換えるように指導した1988年まで、事実上、連続使用が放置された。

1950年代の予防注射風景 当時は注射器は使い回しされていた
1950年代の予防注射風景 当時は注射器は使い回しされていた

 札幌市内の患者ら5人が国に損害賠償を求めた訴訟の最高裁判決が06年6月にあり、予防接種と感染の因果関係を認め、国に賠償を命じた。原告らは全国の被害者全員に救済対策を取るよう求めたが、国はこれを拒否したため、08年から全国10地裁で被害者が集団提訴した。

 11年6月、原告団・弁護団と国との間で基本合意が締結された。翌年1月には、被害者へ給付金を支払うための「B型肝炎ウイルス特別措置法」が施行された。厚労省によると、被害者は40万人以上と推計される。

国の責務を明記した肝炎対策基本法

 訴訟で明るみに出た薬害C型肝炎、集団予防接種によるB型肝炎の被害者のほかにも、感染経路が分からない、感染していることさえ自覚していない多くの感染者がいる。既に肝硬変、肝がんに移行し、厳しい闘病生活を送っている患者もいる。国は肝炎対策が喫緊の課題だとして、国や地方公共団体、国民などの責務を明記した「肝炎対策基本法」を2010年1月に施行した。

 法律では、まず、肝炎対策の推進に関する基本的な指針(肝炎対策基本指針)を策定しなければならないと規定。この指針は、厚生労働相が、肝炎患者や医療者らでつくる「肝炎対策推進協議会」に意見を聞いて策定する。指針は、(1)基本的な方向性(2)肝炎予防(3)肝炎検査(4)肝炎医療体制(5)人材育成(6)肝炎の調査研究(7)医薬品の研究開発(8)肝炎の啓発や感染者の人権尊重(9)その他の9項目からなる。

 少なくとも5年ごとに検討し、必要に応じて指針を見直すとされている。11年5月に最初の指針が策定され、16年6月に改正された。来年は、改正が行われる時期だが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて議論が進んでいない。新薬が登場するなど肝炎を取り巻く環境は大きく変化している。感染者・患者が安心して暮らせるよう後押しする改正を行ってほしい。

予防・検査・診療の体制を整備

 肝炎対策基本指針などに基づき、どのような予防・検査・診療体制が整備されているのか、見てみる。

 予防では、0歳児を対象とした「B型肝炎ワクチン」が2016年10月から定期接種となった。定期接種とは、法律に基づいて市区町村が主体となって実施する必要がある接種のことだ。妊婦がHBVの感染者でも、ワクチンと免疫グロブリンの投与で子どもへの感染を防ぐことができる。一方、HCVのワクチンは存在しない。

 B型とC型の肝炎ウイルスに感染しているかどうかを調べる検査は、都道府県や市区町村で無料または一部有料で実施されている。職場での健診や人間ドックのメニューに組み込まれていることもある。

 もし、感染していた場合、健診機関や保健所、診療所などから、「肝疾患専門医療機関」(全国約3200施設)が紹介される。2次医療圏に1か所以上あり、比較的身近な専門医療機関だ。ここでは、専門医らによる診断と治療方針の決定、抗ウイルス治療の適切な実施などができる。

B型肝炎(HB)ワクチン
B型肝炎(HB)ワクチン

 都道府県には原則1か所、肝疾患治療の中心的役割を果たす「肝疾患診療連携拠点病院」(全国約70施設)が設置されている。専門医療機関と連携し、診療上の支援や技術指導などを行う。拠点病院は、医療従事者向けの研修会、市民向けの講演会や相談会なども実施する。さらに、国のナショナルセンター(国立高度専門医療研究センター)である国立国際医療研究センターの「肝炎情報センター」は、拠点病院の連絡会議、医師や看護師らの研修会、肝疾患啓発のための市民公開講座などを開催している。

 治療は近年、急速に進歩している。HCVは抗ウイルス薬を使ってほぼ完全に排除できるようになった。HBVは完全に排除することが難しいため、ウイルスの増殖を抑え、肝硬変や肝がんに進行するのを防ぐ治療が行われる。肝がんも、がんの増殖を長期に抑えることができる新薬が続々登場。早期に発見し、早期に治療を始めれば、肝臓をできるだけ良い状態に維持することができるようになってきた。

薬害C型肝炎、約8割が埋もれたまま

 それでは、肝がんによる死亡者を減らすために、解決しなければならない課題を見ていこう。

 1番目は、「埋もれた肝炎被害者」の問題だ。これには、薬害C型肝炎と集団予防接種によるB型肝炎の二つがある。被害の証明が難しいことなどから、救済や適切な治療につながっていない人が少なからずいるとみられる。

 薬害C型肝炎では、血液製剤(フィブリノゲン製剤あるいは第9因子製剤)を介してHCVに感染した人が損害賠償請求訴訟を起こすことができる。感染した時期は、危険性が高い血液製剤が使われていた1964年頃から94年頃までの間が中心と想定される。薬害C型肝炎被害者救済法に基づく和解が成立すれば、1人あたり1200万~4000万円の給付金が支給される。

 ただし、訴訟の中では、原告側が、該当する製剤の投与を受けたことを証明しなければならない。カルテなどの医療記録に投与の事実が記載されていれば、比較的証明が容易となる。そのような記載がない場合は、投与の際に関わった医療従事者ら(医師・看護師・助産師ら)の証言などが求められる。どのような証拠があれば立証が可能かは、薬害肝炎全国弁護団など専門家に相談した方がよいだろう。

 厚労省は、血液製剤企業から情報を得て、製剤を納入した医療機関リストを作成し、書面や訪問などでカルテ調査を依頼している。しかし、医療機関側は膨大なカルテを調査する人も金もないとして、調査は進んでいない。

 推計で1万人以上の被害者がいるとみられるのに、厚労省の資料によると2018年2月現在、原告になっている感染者数は3251人(うち2310人が和解)にとどまる。7~8割が埋もれたままだ。

カルテ廃棄が壁 5年後に新証拠

 薬害肝炎東京原告団代表の及川綾子さんは双子の出産時に大量に出血し、その後、HCVに感染していることが分かった。

 感染は病院から輸血が原因と聞かされていたが、薬害C型肝炎のニュースを見て、フィブリノゲン製剤を投与されたのではないか、と疑った。病院に問い合わせたが、出産から15年が経過しており、「カルテは残っていない」との回答だった。

 その後、フィブリノゲン製剤が、この病院に納入されたと公表されたので、「私に使われたのではないか」とあらためて聞いても答えは同じ。最初の問い合わせから5年後。病院から突然、「医師個人が書き残していた分娩台帳が見つかり、そこにフィブリノゲン製剤が投与されたと書かれていました」との連絡があった。それが決め手となり、裁判を起こして和解が成立した。及川さんは「カルテがなくても投与を立証できることがある。まずは、薬害肝炎全国弁護団に連絡してみてほしい」と話す。

 被害者に対する給付金請求には期限があるが、2度の延長で、23年1月15日までとなった。

予防接種での感染を証明する大変さ

 もう一つの「埋もれた肝炎被害者」問題が、集団予防接種によるB型肝炎だ。

 集団予防接種によって感染したことが確認されたならば、原告に加わることができ、B型肝炎ウイルス特別措置法により和解が成立すると、1人あたり50万~3600万円の給付金が支給される。

 原告に加わることができる具体的な条件としては(1)HBVに持続感染している(2)満7歳までに集団予防接種を受けたことがある(3)誕生日が1941年7月2日から1988年1月27日までの人(予防接種法による接種が始まった時の子どもの誕生日から、国が注射器を接種ごとに取り換えるように指導した日までの間の国に責任がある期間)(4)母親からHBVに感染した可能性がない(5)幼少期の輸血歴がないなど、他の感染原因による感染した可能性がない…ことを示す必要がある。

 全国B型肝炎訴訟弁護団の小沢年樹弁護士は「母親が既に亡くなっていて検査結果も残っていなかったり、母親の代わりの証明になる年長きょうだいがいなかったりするなど、母子感染を否定できないケースがある。予防接種による感染の可能性があっても、訴訟に持ち込むことができない人が多い」と指摘する。正確な統計はないが、被害者は推計で40万人を超えるとされるにもかかわらず、実際に給付金を請求した人は数万人程度にとどまるとされる。

 小沢弁護士は「他の親族の検査結果や本人のカルテなどの詳しい分析によって認められた事例もある。あきらめないで感染者は全国B型肝炎訴訟弁護団に連絡してほしい」と話す。B型肝炎被害者に対する給付金にも請求期限があるが、22年1月12日に延長された。

 肝炎ウイルスの広がりの一因には、国の血液行政の誤りがある。国は責任を持って、病院のカルテ調査などに取り組み、被害者の掘り起こしを行うべきだ。

検査を受けても結果を見ない人も

 2番目の課題は、国民が必ずしも十分に理解して肝炎ウイルス検査を受けていないことだ。 厚労省の研究班(研究代表者:広島大学大学院疫学・疾病制御学の田中純子教授)によると、肝炎ウイルス検査をこれまでに受けた人の割合(受検率)は2017年度、C型が61.6%、B型が71%で、6年前より、それぞれ約13ポイント向上した。ただし、いまだに3~4割の人が検査を受けたことがないというのは、大きな問題だ。

 検査の受検率には、検査を受けることを認識している「認識受検率」と、認識していなかったが、実は検査を受けていたという「非認識受検率」がある。17年度のC型は認識受検率が18.7%、非認識受検率が42.9%。同じくB型は認識受検率が20.1%、非認識受検率が50.9%で、いずれも、非認識受検率が圧倒的に多い。

 東京都の肝疾患診療連携拠点病院に指定されている武蔵野赤十字病院の泉並木院長は「検査を認識せずに受けた人は、結果を確認しないことが多い。また、職場で受ける健診で肝炎ウイルス検査を受けたと思い込んでいる人がいるが、実は、検査が組み込まれていないケースもある。肝炎ウイルス検査を受けたかどうか、あやふやな人は、ぜひ、検査を受けて結果を確かめてほしい」と訴える。

肝炎治療の地域格差など解消を

 3番目は「どこに住んでいても、同じ水準の治療が受けられるのか」という問題だ。

 肝炎対策基本法は、「国及び地方公共団体は、肝炎患者等がその居住する地域にかかわらず等しくその状態に応じた適切な肝炎医療を受けることができるよう、専門的な肝炎医療の提供等を行う医療機関の整備を図るために必要な施策を講ずるものとする」と明記している。

 国内には、身近な専門医療機関として指定された全国約3200の「肝疾患専門医療機関」があると既に説明した。しかし、厚労省の2018年度調査によると、指定の要件の「専門的な知識を持つ医師による診断と治療方針の決定が可能」を満たしていない医療機関があると回答した都道府県が三つ、同じく「肝がんの高危険群の同定と早期診断が可能」を満たしていない医療機関があると回答した都道府県が五つあった。

 つまり、すべての肝疾患専門医療機関が必ずしも、期待される役割を果たせていないのだ。 また、前出の武蔵野赤十字病院の泉並木院長は「肝臓病治療はここ数年、急激に進歩しており、医師には専門的な知識が求められる。しかしながら、相変わらず、古いタイプの薬を使って、患者を囲い込んでいる医師もいる。年に1回は、かかりつけ医と連携する拠点病院の専門医を受診してほしい」と訴える。

 薬害肝炎東京弁護団の石井麦生弁護士は、地域における肝炎医療の向上に向けて、「拠点病院と自治体が連携する必要がある。拠点病院が知恵を出し、人を出し、自治体が地域に合った肝炎対策計画を作り、実行に移すことが重要だ」と指摘する。

肝がん・重度肝硬変支援制度に課題

厚労相との定期協議後に記者会見する全国B型肝炎訴訟原告団・弁護団(2020年9月4日、厚労省で)
厚労相との定期協議後に記者会見する全国B型肝炎訴訟原告団・弁護団(2020年9月4日、厚労省で)

 4番目は、肝がんや重度肝硬変の患者を対象にした国と都道府県の入院医療費の助成制度に対して、申請が想定の1%ほどしかないという問題だ。

 HCVとHBVに感染した肝炎患者が、肝硬変や肝がんに進行しないように、的確に抗ウイルス治療を受けてもらうための医療費の助成制度がある。世帯年収によって異なるが、月1万円または2万円が自己負担の上限となる(都道府県によって異なる場合もある)。

 一方、既に肝がんや重度肝硬変になった場合の医療費は高額となるのに、助成制度がなかった。そこで国は2018年12月、彼らを対象とした新しい制度を導入した。世帯年収がおおむね370万円未満で、過去1年間で自己負担額が一定額を超えた入院が3回ある場合、4回目以降が助成対象。その月の入院費の自己負担額が1万円または無料になる。

 肝がん治療はこれまで、肝臓を切除したり、がんに栄養を運ぶ肝動脈を塞いでがんを兵糧攻めにする「肝動脈塞栓術」を行ったりと、入院治療が中心だった。

 しかし、肝がんを狙って攻撃する「分子標的薬」という飲み薬などが近年、次々承認され、通院治療で済む場合が多くなり、この入院費助成制度は現状に合わなくなってきた。厚労省は当初、毎月の申請を約7200件と想定していたが、実際には多くても月六十数件にすぎなかった。

 全国B型肝炎訴訟原告団・弁護団は9月4日、加藤勝信厚労相(当時)との定期協議後の記者会見で、この医療費助成制度について、(1)通院治療も対象とする(2)助成対象を「4回目以降」から「3回目以降」に緩和する…などの制度変更が来年4月に行われると明らかにした。同原告団・弁護団など3団体がより良い制度にするために国に要望してきた結果で、国は今度こそ患者本位の制度になるように取り組んでほしい。

肝炎患者への差別や偏見は今も

 最後に「病気の理解を広げる」ことの重要性だ。

 肝臓病患者を支える東京肝臓友の会事務局長の米澤敦子氏は「12年前から電話での相談を受けているが、ウイルス性肝炎感染者への偏見や差別は変わらない。『感染症イコール他人にうつす』という誤ったイメージが伝わり、逆に、状況は今の方が悪くなっている」と嘆く。

 C型やB型の肝炎ウイルスに感染している人と握手したり、食器を共用したり、一緒に入浴したりしても感染しない。日常生活で周囲の人に感染させる可能性は、ほぼ「ゼロ」と言える。それなのに、肝炎ウイルスについての正確な知識が広がっておらず、周囲の無理解が感染者を孤立させている。

 米澤さんのもとに寄せられる悲痛な相談は、途切れることがない。

 HBVに感染する女性は看護師を目指し、看護学校に通っていたが、学校側から「実習の病院が受け入れを拒否する可能性がある」と言われた。「HBV感染者は看護師になれないのか」

 HBVに感染する娘がお見合いの際、身上書に「持病なし」と書き、いよいよ結婚か、という時に「実はHBVの感染者」と伝えたところ、激怒した相手から訴えると言われた。「娘はもう結婚できないのか」と母親。

 米澤さんは「偏見や差別を解消するのは簡単なことではない。地道に正しい情報を国民に伝えていくしかないと思う」と話す。

子どもたちに「いのちの教育」

 「子どもたちに肝炎被害の実情を伝えてほしい」と訴えるのは、集団予防接種でHBVに感染した夫を2015年4月に肝がんで失ったA子さん(岡山県)だ。

 夫は中学卒業後、家計を助けるために大工となった。修業を重ね、年に3軒の木造住宅を建てる棟梁となった。「何年でも待つから家を建ててほしい」と頼まれる夫がA子さんの自慢だった。

 仕事に集中して遅くまで働くと、熱を出して体調を崩すことが、たびたびあった。A子さんの勧めで夫は37歳の時、地元の病院を受診すると、HBV感染による慢性肝炎と診断された。その後、入退院を繰り返すことになった。

 48歳の時に肝がんが見つかった。肝臓切除、肝動脈塞栓術を受けても、そのたびに再発した。58歳で骨に転移したことが判明。夫は初めて涙を流しながら、「女房よ、今までありがとう。苦労をかけてすまんかったな」と謝った。 食事が食べられなくなり、やせていく。亡くなる1週間前の朝。入院中の夫は目を覚まし、「朝が来た。良かった。今の今まで朝が来ることがこんなにうれしいことだとは思わなかったな」と言った。これが会話らしい最後の会話となった。夫は59歳で亡くなった。

 夫は生前、HBV感染の原因は集団予防接種の可能性があると知り、弁護団に問い合わせた。母子感染でないことが分かり、裁判を起こし、和解した。

 「何で自分なんだろう」。そうつぶやいていた夫の姿を思い出すと、A子さんは今も悔し涙が止まらない。「二度と同じような被害が起きないよう、教訓として国民に伝え残してほしい」。その願いがかない、全国B型肝炎訴訟原告団・弁護団と厚労省が今年9月に作った中学生向けの副読本「B型肝炎 いのちの教育」に、A子さんのエピソードが盛り込まれた。

 肝炎・肝硬変・肝がん対策は、国民の命に直結する重要な問題である。国、自治体、医療機関などが連携して効果的な対策を実行するとともに、正しい知識の普及啓発に努める必要がある。一方、国民は自分の命を守り、家族の悲劇を招かないように、肝炎ウイルス検査を受けるという、大切な一歩を踏み出してほしい。

※この論考は調査研究本部が発行する「読売クオータリー」掲載されたものです。読売クオータリーにはほかにも関連記事や注目の論考を多数収載しています。最新号の内容やこれまでに掲載された記事・論考の一覧は こちら にまとめています。
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1901012 0 医療・社会保障 2020/11/01 12:00:00 2020/11/01 12:00:00 2020/11/01 12:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/03/20210310-OYT8I50105-T.jpg?type=thumbnail

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