読売新聞オンライン

メニュー

ニュース

動画

写真

スポーツ

コラム・連載・解説

発言小町

漫画

教育・受験・就活

調査研究

紙面ビューアー

その他

サービス

読売新聞のメディア

購読のお申し込み

読売新聞オンラインについて

公式SNSアカウント

【コロナ禍の世界】検証 国際保健体制は機能したか

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

POINT
■世界には「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」に備えた法制度、早期警戒網、情報共有の枠組みがある。

■中国・武漢での肺炎流行を最初に検知したのは早期警戒網「オープンソースからの流行病インテリジェンス(EIOS)」だった。

■中国は「国際保健規則(IHR)」の第6条(通報)と第10条(検証)の義務を守らなかった。中国が年末に世界保健機関(WHO)に通報した事実はない。

■WHOやIHRは適切に機能したとは言えず、複数の組織が検証・評価を始めている。どちらも見直しは不可避で実効性確保に向けた改革が求められる。

調査研究本部主任研究員 笹沢教一 

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行が長期化している。「100年に1度」と言われるパンデミック(世界的大流行)に対し、世界保健機関(WHO)を頂点とする国際保健の枠組みはどのように対処したか、公式記録をもとに検証する。新興感染症などに対処する国際体制は今世紀に入って大きく変化した。歴史が浅いこともあって政治家もメディアも認識が十分ではなく、コロナを巡ってはミスリードや誤報も目立つ。発生地の中国やWHOは何をしたのか、制度は適切に機能したのか、それらを解明するうえでも、さらに、秋冬の感染症シーズンを迎え、次の波に備えるうえでも、こうした枠組みへの理解が不可欠である。

三段構えで戦う初のパンデミック

 保健上の緊急事態に備えた国際的な枠組み・制度は次の三つに大別できる。

 一つは、この分野で唯一の国際法である「国際保健規則(IHR)」だ。前身の「国際衛生規則」(1951年)を改称して69年に制定された。SARS(重症急性呼吸器症候群)や高病原性鳥インフルエンザなどの教訓から2005年に抜本改訂され、流行疾患だけでなく自然災害やテロ、有害物質の流出なども含めた「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC(フェイク))」の概念が導入された。

 IHRはPHEICにつながる事象が発生したWHO加盟国に対し、自発的な通報(第6条)や検証(第10条)の義務を課している。この義務が適切に履行されたか否かが今回の初動検証では鍵となる。

 二つ目は、インターネットを利用した早期警戒網だ。先駆けとなったのはカナダ政府がWHOの協力を得て1997年に開設した「地球規模公衆衛生インテリジェンスネットワーク(GPHIN(ジーフィン))」だ。ネット上に流れる多言語の報道やSNSなどの公開情報(オープンソース)を24時間、自動巡回で収集し、緊急事態の端緒をいち早く検出する。SARSの兆候を2002年11月の時点で中国語の情報から検出し、効果を実証した。WHOが世界に警報を発したのは翌年3月だった。

 これを受け、先進7か国(G7)に欧州連合(EU)やメキシコを加えた「世界健康安全保障イニシアチブ(GHSI)」の枠組みや、EUの執行機関・欧州委員会とWHOの共同事業で同様のシステムが開発された。

 17年にWHOがテドロス・アダノム事務局長体制になってからは、これらを統合する形で「オープンソースからの流行病インテリジェンス(EIOS)」として運用されるようになった。今回、WHOが武漢の肺炎クラスターに関する最初の情報をつかんだのはEIOS経由だった。

 三つ目は、今回のようなパンデミックの時に限り、研究成果や症例報告などの論文を未査読で即時に無制限で公開する制度だ。

 学術誌の査読には半年以上かかる。これを待っていたら、現場が発症の仕組みや効果的な治療などの信頼できる最新情報を共有できないまま、流行の拡大を許してしまう。このため、エボラ出血熱が懸案となっていた15年9月、WHOが英ネイチャーなど主要学術誌の4編集部に対して初めて協力を要請、その後、国際医学雑誌編集者委員会が学界全体としてこれを支持する方針を示した。

 この制度の実現には、学術誌だけでなく、ネット上で未査読論文を公開・共有するプレプリント(掲載前)・サーバーや知的財産権上のルール作りなど多分野の協力が必要だった。翌年のジカウイルス感染症流行の際、英医療支援団体ウェルカム・トラストの主導で、プレプリント・サーバーの運営者や製薬会社も賛同を表明し、世界的な体制が形作られた。

 こうして、(1)早期警戒網で兆候を可能な限り早く検知(2)WHOと加盟国はIHRに基づいて対処(3)未査読論文の公開で原因究明や治療法の確立を迅速化――という三段構えの体制が整備された。今回はこれらがそろった環境下で初めて経験するPHEICであり、パンデミックであった。

年末の武漢で何が起きたか

 新型コロナの流行は中国湖北省武漢市で始まった。

 中国当局が後に公式に認めたところでは、遅くとも2019年12月8日には最初の発症者が出ており(注1)、年末に向けて華南海鮮市場の関係者らの間でクラスターが拡大していったことが明らかになっている。29日には、武漢市衛生健康委員会が謎の肺炎に関する専門家チームを編成し、調査を開始している。

 ただ、これらのことはリアルタイムには表に出ていない。当時表に出ていない以上、後付けのつじつま合わせや都合のいい解釈、あるいは捏造(ねつぞう)が行われた可能性すらある。ここはある程度、懐疑的な視点が必要で、即時的に明らかになった出来事と区別して扱う必要がある。

 リアルタイムに明らかになる形で、節目となる動きがあったのは30日からだ。以下、日を追って時系列で示す。ソースの言及が特にない場合、中国(注2)とWHO(注3)の公式時系列表に基づく。

 12月30日午後 中国標準時(CST)30日午後3時10分と同6時50分、武漢衛健委は医療従事者に向けた非公開の「緊急通知」を発令した。

 1回目は、各医療機関に対して午後4時までに同様の肺炎症例が出ていないか報告を求める内容、2回目は、謎の肺炎拡大に備えて救急医療体制などの拡充を指示するものだった。これは当時公表された情報ではなく、医療従事者のみに向けられたもので、この時点では中国政府も武漢当局も対外的に何も公表していない。

 だが、いずれも発令から10~12分という短時間でネット上に通知が流出した。1回目と2回目の流出の間には、新型コロナ流行に早くから警鐘を鳴らし、自身もこの肺炎で亡くなった武漢中心病院の眼科医、李文亮氏も、同僚から聞いた情報としてSNSのウィーチャット(微信)に「7件のSARS症例確認」などと投稿した。李氏はこのことで武漢公安当局から1月3日付で訓戒処分を受けている(注4)。

非国営の新興メディアが特報

 12月31日午前 世界が謎の肺炎発生を知ることになったのは翌日になってからだ。

 第一財経(電子版)はSNSに流出した緊急通知について、武漢衛健委に事実を確認したうえで午前10時16分、「武漢で原因不明の肺炎」とする記事を配信した。見出しの冒頭には特ダネを意味する「独家」が付いている。これに続き、新京報(電子版)が午前10時29分、1回目の緊急通知の流出画像とともに「SARSの(うわさ)がネット上で広まっている」という趣旨の短い第一報を伝え、10時53分には中国当局の確認を取った内容の更新版の記事を配信した。この後、11時3分に21世紀経済報道(電子版)も追随した。

 これら新聞は、新華社などの国営メディアとは異なり、2000年以降に設立された新興勢力で独自の取材による特ダネ記事を売りにしている。この後、11時14、18分にも別の非国営メディアが追随した。

 これに反応したのが、米東部に拠点を置く「国際感染症科学会」のメーリングリスト「ProMED(プロメド)」だった。プロメドは英語にしか対応していないため、登録ユーザーが第一財経と21世紀経済報道の記事を機械翻訳した文書が12時59分に投稿された。

 これらの情報をWHOのEIOSが捕捉する。最初の関連記事を捕捉したのが午前11時18分(注5)。メディアの種別や言語は明かしていない。このあと12時59分配信のプロメドメールも受信した。

 EIOSはジーフィンと接続しており、12時41分にもジーフィンが武漢クラスターに関する情報を検知したことがわかっている。ジーフィン単体の情報は契約者のみに提供され、一般に公開されていないが、筆者がカナダ側に事実を確認した。

 こうしてEIOS経由で武漢の肺炎がPHEICの兆候として検知された。その日のうちにWHOの担当官が内容の評価と分析に着手、北京のWHO国事務所に中国当局と接触し、事実を確認するよう指示した。国事務所は途上国などに設置される。

 注目したいのは、WHOがEIOSに基づく評価分析の判断をしたのが、出所のはっきりしない画像や情報が流出した30日午後ではなく、それらの裏を取った報道がなされた翌日午前だったことだ。

 自動巡回で収集された情報がふるい分けされる過程では、早さだけでなく、信頼性や情報源の種類といった「質」も問われる。SNSに流れる地域レベルの噂なども巡回対象ではあるが、ジーフィンを例にとると、SNSは収集情報の1%にすぎず、8割はニュース配信だ。早期警戒網を支えているのは、職業メディアによる裏付けのある報道なのである。

 12月31日午後 第一財経など非国営メディアの取材に事実を認めた後、武漢衛健委は午後1時38分、公式サイトに広報資料「情況通報」を掲載した。ここで初めて中国は事実を対外的に公表するのである。

 北京のWHO国事務所は、これを閲覧し、午後1時53分に西太平洋地域事務局に通報している。これで、EIOSと合わせ二つのルートを経由して、WHO側に武漢の肺炎クラスターの情報が伝わったことになる。EIOSは本部と地域事務局には接続しているが、国事務所にはつながっていない。

 こうして見ると、EIOSが午前中に情報を検出していたのと比べ、明らかに遅い。逆に言えば、こういうことがあるから早期警戒網が必要なわけだ。

 武漢衛健委の情況通報には、すでに27人の肺炎患者がいて、7人が厳しい病状であることなどが明記されていた。これは中国共産党機関誌・人民日報や中国中央テレビ(CCTV)などの国営メディアも報じ、それを転電する形でロイターやAFP、BBCといった海外メディアも追随した。本紙も北京発の転電記事を出稿し、1月1日付朝刊最終版を除く外電面の短信として掲載された。

 問題は、すでに29日から武漢当局が特別体制で対応を開始していたのに、31日午後に至っても中国側からWHOに自発的に通報した記録がどちらの時系列表にもないことだ。IHR第6条は「自国領域内で発生した事象を評価のうえ、PHEICの可能性があるものについて保健上の措置を含めたすべてを24時間以内にWHOに通報する」と規定している。

 感染症の流行は徐々に事態が拡大していくため、いつを起点とするかが難しい。だが、これだけの事態を自発的に通報できなかったとすれば大きな失態だ。米議会調査局のスーザン・ローレンス調査員(アジア担当)は5月13日付報告書で「中国はIHR第6条で求めたWHOへの通報に前向きではなかったようだ」と指摘した(注6)。

日本には2日に伝わっていた

 1月1日 WHOは中国当局に対して正式に武漢の肺炎クラスターに関する詳細情報の提供と協力を求めた。IHR第10条に基づく「検証」の要請だ。

 WHOは31日のうちに中国当局と緊密な連携を取るよう国事務所に指示したが、正式な接触はこの日になったようだ。第10条も24時間以内の回答(初期反応)を義務付けているが、中国側はこの日回答しなかった。

 これとは別に、WHOはこの日、緊急事態対応の一環として事態管理組織を本部、地域事務局、国事務所の3階層に設置している。事態管理組織は、IHRに基づく法的手続きや病気の監視、リスク・コミュニケーションなどの実働部隊である。

 一つの国や特定の地域に限定される事態では必ずしもすべての階層に組織を配置する必要はなく、3階層にわたる設置は、複数国にまたがるおそれのある事態だとWHO側が見なしたことを意味する。

 1月2日 WHOはこの日改めて中国当局(国家衛生健康委員会)に詳細情報、検証の要請をした。催促である。だが、中国はこの日も回答せず、情報提供したのは翌3日になってからだった。起点がはっきりしている分、年末の第6条違反よりもこちらの違反の方が明白だ。

 IHRには罰則などはなく、義務を果たさなくても中国が制裁を受けるようなことはない。これでは情報隠しや通報遅れもやり放題だ。IHRは見直し必至の情勢にある。今後は実効性を高める措置が求められることだろう。

 2日にはもう一つ気になる動きがあった。

 WHOは、「地球規模感染症に対する警戒と対応ネットワーク」の加盟機関に対し、武漢の肺炎クラスターについて通知している。一般向けではないが、専門家間の情報共有がこの時に始まったことになる。

 WHO主導で2000年に設立されたネットワークには、国連機関のほか、各国の病院や研究機関、非政府組織(NGO)など250団体が参加し、日本からも19の国立医療機関や大学が参加している。これだけの動きが隣国で起きていながら、通知を受けた国内機関からの発信はなかった。

 正月休みの時期ではあったが、厚生労働省や文部科学省などの監督官庁には報告しただろうか。これら省庁はこのことを知っていたのだろうか。この時は武漢の肺炎だったとしても、今となってみれば、歴史的なパンデミックの始まりである。この時点での判断は難しかっただろうが、国内の初動についても詳細な検証が必要だろう。

  

「31日」を巡り入り乱れる情報

 現在明らかになっている公式記録では、中国がWHOに通報した事実は確認できないというのに、「12月31日、中国はWHOに対し、湖北省武漢市で『原因不明の』肺炎のクラスターが確認されたと報告」(注7)「12月31日 中国がWHOに武漢市で原因不明の肺炎が発生していると通報」(注8)といった報道が内外ともにある。表現が慎重な新聞もあるが、検証ものの年表はたいてい各紙こう書いてある。武漢衛健委による30日の非公開の緊急通知を公式発表と混同した報道もある。これが公表された事実であるかのように扱うと、李文亮氏らが告発した意味がなくなり、後続の事実関係が破綻してしまう。

 もっと恐ろしいのは、中国疾病対策センター(CCDC)の英文週報までが「31日、WHOへの通報(notification)がなされた」と書いていることだ(注9)。厚労省は通報と訳すが、notificationには正式な報告の含意があり、6条の原文に明記されている。

 週報は典拠として4文献を示している。うち1本は武漢衛健委の31日付情況通報。もう1本はWHOの1月12日付疾病流行情報。残り2本は中国研究者による論文だった。そのすべてとそれらの引用元まで読んだが、31日に中国側がWHOに通報した事実は記されていない。意味も文脈も違う武漢の情況「通報」や「WHOに伝わった(WHO was informed)」とある箇所を都合良く意訳したのだろう。今度は週報を典拠に「中国は31日にWHOに通報した」という文献が量産されかねない。

 31日を巡っては台湾メール問題もある。時間は不明だが、台湾がこの日に中国からの報道に基づく注意喚起の英文メールをWHOに送っている。これはリアルタイムではなく、4月11日に台湾衛生福利部がメールの画像を公表する形で明らかにした。台湾はメールが「『人から人』の感染の警告だった」と主張し、1月中旬まで「人から人」感染について、「限定的」「明確な証拠はない」としていたWHOの対応遅れを批判した。

 台湾が公表したメール画像には、上部欄外に「12月31日に通報したWHOのIHR窓口への電郵(メール)本文」と繁体字中国語と英語で書かれている。

 これが事実であれば、年末の時点で唯一のIHRに基づく適法な対応ということになるが、あくまでも表題に過ぎず、当時の記録に該当するのは、その下に四角い枠線で囲んで示した本文のみだ。

 そこにはIHRやnotificationの文言もなく、儀礼的な文章を除けば、ごく数行ほど武漢で少なくとも7人が「非定型肺炎」にかかり、患者は隔離され、検体が分析中という報道の要約が書かれている。

記者会見するテドロスWHO事務局長
記者会見するテドロスWHO事務局長

 画像には、送受信の時刻や件名、送信先などの詳細情報が示されておらず、本当にメールなのかもわからない。これで31日に通報した証拠と言えるのか疑問だ。台湾が31日にメールを送ったのは事実だとしても、IHRや通報は後付けのようにも見える。WHO側も通報と認めていない。先に触れたように後になって出てくる情報には慎重な見方が要る。

 WHOはこのところ台湾に対して冷たかった。中国に批判的な蔡英文政権が誕生した後の17年5月の世界保健総会からは、それまで8年にわたり非加盟の台湾にも認めてきたオブザーバー参加を一転して認めなくなった。こうした姿勢は、トランプ米大統領などが主張する「中国寄り」批判の根拠の一つにもなっている。

 メールは、テドロス体制に対する不信、不満の表れと言えるが、情報に乏しい上に疑問点もあり、年末の隠された真実の公表と言うより、米国の批判に乗っかった政治的アピールに映る。

林立する検証、改革の動き

 今回のパンデミック対応に関しては「WHO緊急保健プログラム独立監視諮問委員会」が5月18日に「WHOコロナ対応に関する中間報告」をまとめている。1~4月の初動に限定した評価だが、この中でIHRに関して「加盟国の期待に見合う権限と役割を持てるよう見直すべきだ」と勧告し、WHOの役割と責任、加盟国の義務についても再検討の可能性に言及している。緊急時でも義務が履行されない無責任体制の見直しを求めたと言える。

 くどいようだが、中間報告でも12月31日に関して、「WHOは、武漢での原因不明の肺炎症例に気付いた(became aware of)」と記している。もはやこれは揺るがない事実である。

 WHOは7月9日、「パンデミック準備対応独立パネル」の設置を発表した。5月の世界保健総会で採択された、独立組織によるコロナ対応の検証を求める決議に基づくもので、ヘレン・クラーク元ニュージーランド首相とノーベル平和賞を受賞したエレン・サーリーフ元リベリア大統領という2人の首脳経験者が共同座長を務める。11月に再開される総会で中間報告を行い、来年5月の次期総会に報告書が提出される。

 これとは別に、今回のコロナ対応におけるIHRの課題を検証する「IHR評価委員会」の初会合が9月8、9日に開催された。独立パネルと同様の日程で報告書をまとめる。05年の改訂以降、新型インフルエンザなどで評価委は過去3回設置されている。

 SARS流行時のWHO事務局長で「世界保健危機監視委員会」の共同議長を務めるグロ・ブルントラント元ノルウェー首相は6月19日の記者会見で「弱点をはっきり見た。IHRは改革を必要としている」と言明した。

 この委員会は、国際的な保健課題の対応について監視・提言を行う独立組織で、WHOと世界銀行が18年5月に設立した。9月14日発表の年次報告は、法令順守と体制強化に重点を置く形でIHRを見直すよう加盟国とWHO事務局長に勧告した。

 WHO系の組織だけで常設、新規ともに、もうこれだけある。独立監視諮問委の中間報告は「対応のさなかに評価を行うことはWHOの能力を混乱させる」と、検証組織の林立に懸念を示している。「船頭多くして……」にならないよう願いたい。

 こうした中、G7でもWHOやIHRを巡る検証と改革案を準備しているとの報道が出た(注10)。二重行政的ではあるが、これだけの事態に際して、早期警戒網やGHSIで国際保健を支えてきたG7にも発言権はあるだろう。報道は日本政府の動きをとらえたようだが、すでに世界保健総会の決議がなされ、複数の評価・検証が動き出している中で、G7提案はどう折り合いをつけるのか。米国やカナダなども一言あるはずで先行きは不透明だ。既存の枠組みとG7との思惑のずれから改革の方向性を巡る対立も予想される。

 いずれにせよ、これだけ問題点が露呈した以上、IHRもWHOも改革は不可避だ。早期警戒網は、通報に頼らない試みとして成果は上げたが、制度的な裏付けがない。人口増や気候変動で新興感染症の頻発が懸念される今こそ、新しい技術や知見も取り込み、実効性ある制度にすることが重要だ。

「インフォデミック」に加担しない

 最後になったが、未査読論文の公開について触れておきたい。今は、現場の医師や専門家のために特例的に未査読論文が即時公開されているにすぎず、取り扱いには注意が必要だ。

メドアーカイブ(medRxiv)のトップページは赤文字で注意を呼びかけている。
メドアーカイブ(medRxiv)のトップページは赤文字で注意を呼びかけている。

 「エイズウイルスとの奇妙な類似性」「強感染型」―。突出した見解がまるで新発見のように取り上げられ、これらに言及した論文の差し替えや撤回、修正が相次いだ。効果があるともてはやされながら期待はずれだった治療薬候補がいくつもある。

 多数の未査読論文を掲載し、先導的な役割を果たす大手プレプリント・サーバー「メドアーカイブ」のトップページには赤文字でこう書いてある。

 「注意 プレプリントは査読によって認定されていない予備報告であり、保健指導や臨床の指針として扱ったり、確立された情報として報道したりすべきではない」。この注意を守っていれば避けられた混乱も少なくないはずだ。

 誤情報の拡散は感染症になぞらえて「インフォデミック」と呼ばれている。論文ネタの扱いは普段以上に慎重にすべきだ。インフォデミックの片棒を担ぐことがないようにしたい。

  • (注1)World Health Organization (WHO) (2020) Novel Coronavirus China. Disease outbreak news.     Retrieved July 25, 2020, from
  •     https://www.who.int/csr/don/12-january-2020-novel-coronavirus-china/en/
  • (注2)『新華社』2020年4月6日
  • (注3)WHO (2020) Timeline of WHO’s response to COVID-19. Retrieved June 30, 2020, from
  •     https://www.who.int/news-room/detail/29-06-2020-covidtimeline
  • (注4)国家監委調査組2020年3月19日
  • (注5)WHO (2020) Epidemic Intelligence from Open Sources (EIOS). Retrieved September 11,     2020, from
  •     https://www.who.int/eios
  • (注6)Lawrence, S. (2020) COVID-19 and China: A Chronology of Events (December 2019-    January 2020). Congressional Research Service. R46354. p.5.
  • (注7)AFP BB News 2020, April 16.Retrieved September 11, 2020, from
  •     https://www.afpbb.com/articles/-/3278869
  • (注8)『毎日新聞』2020年6月30日朝刊3頁
  • (注9)CCDC (2020) The Epidemiological Characteristics of an Outbreak of 2019 Novel Coronavirus     Diseases (COVID-19) – China, 2020. CCDC Weekly vol.2 No.8 p.113.
  • (注10)『読売新聞』2020年8月19日朝刊1頁

※この論考は調査研究本部が発行する「読売クオータリー」掲載されたものです。読売クオータリーにはほかにも関連記事や注目の論考を多数収載しています。最新号の内容やバックナンバーは こちら をご覧ください。
無断転載・複製を禁じます
1814527 0 NEWS特集 2021/01/29 08:00:00 2021/02/04 12:35:22 2021/02/04 12:35:22 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/02/20210202-OYT8I50023-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)